メリーさんと人工精霊・苦痛のペイン
完全に完敗したメリーさんと玲奈は、凛子と共にバスに乗り、魔王様が先に向かったという住所へ向かう。途中から登山となり、そして頂上付近にある普段は隠されている入り口。
「広域結界が貼ってあんじゃん! それも、外国やら日本やらの複数の術式が使ってあるし、まぁウチに壊せない事もないんだけどね! オン!」
凛子には到底使えないような結界破りの呪法を使って入り口をこじ開けるとそこから一行は人工精霊研究所へと侵入。人工精霊と対面したことがない凛子だけが冷静でいる理由。
「もう魔王様が先に来てるなら色々片付いてるかもしれないよね」
「魔王様の手を煩わせないようにする為にきたんでしょ! バカね凛子」
「魔王様が全部終わらせててくれればそれはそれでいいんだけど、ちょっと、人工精霊って娘達に個人的に借りがあるっつーか?」
玲奈とメリーさんのリベンジ、リターンマッチの意味合いもあり、人工精霊研究所に入るや否や、
「メリーさん、ちゃんヒノの事、お願いできたりする?」
「は? 守りながらとか無理よ。アンタの式神で守護しなさいよ」
「しゃーないな。じゃあ一緒に……つーか向こうから来てくれたみたいだけど?」
バッサバッサと翼を羽ばたかせながら愛くるしい顔をした小悪魔少女ペインがやってきた。
「可愛い」
凛子が自然に漏れた言葉。
「ありがとうお姉ちゃん! じゃあお礼にここでみーんな試験体にしてあ・げ・る!」
「玲奈、行きなさい。ここは私がこの小娘をお仕置きしてあげるわ。凛子の事、お願いできるかしら?」
「メリーさん……分かったよ。いくよちゃんヒノ、多分今から総力戦になるから!」
「そうかなぁ? メリーさん気をつけてね。怪我させちゃダメだよ」
「はぁ? 無理に決まってんでしょ!」
凛子には怪異特有の害意をペインという少女から感じなかった。人間相応の悪意のような物はありそうだが……
玲奈と凛子がその場から離れた事でメリーさんはペインに向けて、中指を立てた。
それを見たペインは愛くるしい顔を歪める。
「はぁ? 何それ? 雑魚怪異の分際で」
「来なさい! 遊んであげるわ! 人間の成り損ない! これでズタズタにしてあげる」
瓦礫を超能力で浮かばせてペインに放つ。
そんな瓦礫をペインは手をかかげるだけで受け止めるがその表情は怒りに満ちていた。
先ほどの人間の成り損ないという言葉はペインを激怒させるに足りうる言葉だった。ブチギレたペインはメリーさんに向かって真っ赤な針を飛ばす。
それは……
「人間の血? アンタ血を飲む怪異なの?」
「飲むわけないじゃん。あんなクソ不味い物。血を操れるのよ! この血は試験体の血。ラースかヘイトあたりが暴れて殺したんじゃない? そこら中に転がってたから私が再利用してあげてるわけ? こーんな使い方もできるんだからぁ!」
大量の血が集まり、槍になる。とんでもない能力。有限とはいえ、こんな力を持った怪異や霊能力者をメリーさんは知らない。完全に防戦一方のメリーさんを楽しそうに攻めて立てるペイン。悔しいが、自分よりも上位の怪異。半分人間でありながら百年生きた怪異であるメリーさんを超える怪異を生み出せる技術。パワーバランスが今後ひっくり返るだろうとそう思いながらもメリーさんは必勝の作戦を考えてきた。
「その程度? 人間の成り損ない。それじゃあ調伏されてあげないわ。なんせ私は魔王様の愛の下僕。魔王様より賜った。ギフト。今こそ見せてあげる」
「は? さっき見たでしょ? 怪異の力はドクターが研究し、解明してるの。私たちは無効化できる装置持ってるから!」
そう言って懐中時計のような物を見せるが、それにフッと笑う。
メリーさんは自身が身にまとう妖力ではなく……魔王様の家来になった事で流れ込んできた力を練り込む。
「実戦で使うのは初めてだから、死んでから後悔しないでよ? 根源の力・炎。集まりて灼熱の礫となせ!」
ファイヤーボール!
「炎の術、そんな物。ドクターのゴーストジャマーを! 熱い、熱い! なんで突破してくるのよその炎ぉお」
妖力、霊力とは違った力の源、純粋な炎でもないそれは、魔法というこの世界では理論すら解明できないであろう未知の力。
それをメリーさんは放った。
あまりにも怪異を舐めていたペインは自身がその名前に関する痛みを全身に受けた。
「あっ、あっ、あぁあああああ!」
「すっごい威力。きっと魔王様の必殺技ね。愛を感じるわ!」
ちなみに魔王様の元の世界では人間の子供でも扱える初級攻撃魔法である。そんな事はメリーさんはもとよりペインも知らない。目の前の雑魚がいきなり脅威に変わった。
それに、
「認めない! 認めない! 認めなぁい! こんな痛いのは私じゃなくて私以外が受けるべきだ! 痛い、熱い、くそっ、クソォお! ブラットイーター!」
手に持っている槍、飛び道具として使った血をペインは取り込む。身体の修復、そして憎悪の瞳でメリーさんを見つめる。
「雑魚が雑魚が雑魚がぁああ! 絶対に殺す。殺してやる!」
メリーさんに目掛けてペインは構えるわけでも準備をするわけでもなく、滑空して突っ込んできた。腕を刃物に変えて、メリーさんを一撃で粉砕するだけの力を込めて。
おそらくメリーさんに止められる力ではなく、ファイアーボールを放つ時間もない。それでもメリーさんは冷静に、上品に、
「パピコ、アンタの出番よ」
「チッ、同じ人形の怪異、それも百年程度しか生きていない者の言う事を聞くのは癪だけど、お前達はやっちゃいけない事をしてくれたわ。空汰くんを拉致するとか、何様? 頭を冷やしなぁさい!」
ペインは何が起きたのか分からなかった。気がつけば自分が地面に突っ伏している。そしてメリーさんの隣に、和服をきた強烈な気配を放つ怪異。
「もしかして……魔王様って奴?」
「はっ? ふふふっ、メリー。この半端な娘、頭おかしくなったのかしら?」
「さぁ、でもパピコ。貴女クラスの怪異なら、この成り損ないとやりあえるって事でしょ?」
違う。それを聞いてペインは死を覚悟した。このパピコと呼ばれた怪異。おそらく、自分達の中で最も強いテリブルに匹敵するだろう。
そして倒せるとすれば、研究所最強人工精霊ラースただ一人。
「殺しなさい。アンタ達、そういう怪異でしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「パピコ。空汰に言われたんじゃないの? 悪い事はダメって、殺しは御法度よ。ペインだっけ? 案内なさい。空汰を攫った場所へ」
これはペインからすれば暁光だった。この怪異を同時に殲滅できる者。人工精霊研究所最強試験体・憤怒のラース。彼女の元へ連れていけばとりあえず二人の処分はできる。
「いいわ。ついてらっしゃい」
どこまで言っても怪異は馬鹿だなとペインはほくそ笑んだ。これでなんとか自分は助かるしメンツも保たれる。傷を癒して、テリブルと合流。残りの侵入者を皆殺しにすれば終わり。
自分をここまで追い込んだ怪異達が蹂躙され、消滅させられる様はさぞかし胸がすく思いだろうと、顔がニヤけるのが止まらない。
ラースとドクターは地下訓練場にいる。ここからそう遠くない。最短の距離を使い、二人を地獄の門へと誘導する。
「ここよ。この中にあの人間の男の子はいるわ」
「開けなさい」
チッ、ペインは扉を開ける。開けると共に、全力でメリーさんとパピコから離れる。ドクターの元へ。後ろから殺気を帯びた二人が駆け出した。
まずい!
「ドクター! 大変よ! 怪異の侵入者が」
「空汰!」
「あーん、魔王さまぁ! 寂しかったですぅ!」
「????」
おかしい。なんだこのテンションはとペインは思って振り返ると、そこには攫ったハズの空汰が見知らぬ美形の男性の膝の上に乗ってチョコレートパフェを食べている。というか、同じ小悪魔少女のヘイトもなぜかいてモッモツモッとチョコレートパフェを食べている状況。
「は? 何これ?」
「おぉ、ペインお前も来たか。紅茶とお菓子でも飲んで休みなさい!」
「ドクター、魔王様ってのは?」
「はははは! 魔王くんか、あちらだ! 我が、人工精霊研究所最強のラースですら彼の前ではまるで歯が立たない。よって私は魔王くんの家来になった。今まで通り研究は続けるが、よもや最強人工精霊なんぞ魔王くんを見てしまうと、人間の到達できない領域だと気付かされたよ」
「ちょっと、ドクター……テリブルが暴れてるわよ」
何も知らない小悪魔少女達もまたちょっとしたとばっちりをうけ、玲奈、凛子の元へ、研究所No.2。恐怖のテリブルが近づいているのに、なんだか凄いぼやっとした空気が流れていた。
「メリーさん、パピコちゃん! 一緒にゲームやろうよ!」
「空汰、私もする」
「うん、ヘイトお姉ちゃんもやろー」
「仕方ないわねぇ、どんなゲームよ」
「空汰きゅんがするならやっちゃおうかな?」
いつから、人工精霊研究所は託児場になったのか、ぺたんとペインはその場に座り込んだ。
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