空汰と人工精霊、小悪魔少女・嫌悪のヘイト

「空汰くぅん、ここで大人しく待っててちょうだいね? ドクターの目的は魔王様だからぁ」

「魔王様が来たらお前たちなんかやっつけてもらうんだ!」

「キャハハハハ! 空汰くん。可愛い! 脅威級の式神なら私達に勝てると思ってるんだー! でもー、私達、その魔王様より強いからぁ。ヘイト、しっかり空汰くんの事見張ってなさいよ! あの雑魚怪異とか、雑魚霊能力者がこっちに向かってるらしいから、迎撃してくるわ! ドクターは全然連絡がつかないし、どうせラースの機嫌でも取ってるんでしょ?」

「……」

「じゃあ、お願いね。ヘイト。ドクターから連絡があれば私とペインちゃんが怪異と霊能力者の試験体を提供できるって伝えておいて頂戴」

「……」

 

 青いセミロングの少女、ヘイトは二人の言葉に対して反応しない。

 そして、ドクターは魔王様とお茶をしばいていて三人が帰ってきた連絡とか全然気づいていなかった。

 

「うっ、うっ……魔王様、お姉ちゃん、メリーさん」

 

 一人になって泣き出した空汰をじーっと見つめるヘイト。「なくな……どこかが痛いのか? 薬がいるか?」先ほどずっと押し黙っていたヘイト、辿々しいが優しい言葉を空汰にかけてくれる。

 

「お家に帰りたい」

「…………それは、お菓子を食べるか? ジュースもあるぞ?」

 

 ガサゴソとヘイトはそこら中を探して、ビスケットと果物のジュースを空汰に渡すヘイト。それを受け取って、空汰は大泣きした。

 

「おっ、おぉお、なくな。お家……帰ろう。私が帰してやる」

「お姉ちゃんは……」

「ヘイトだ」

「ヘイトお姉ちゃんは、さっきの二人の仲間じゃないの?」

「違う。あんな奴ら大嫌いだ。私は博士に生かされた。元々死ぬはずの私にワーウルフの体と力を移植して、こんな化け物の姿だ」

 

 動物、狼らしい耳と尻尾が生えている。ヘイトはかなりの美人、そして空汰からしても今のヘイトの姿は、


「ヘイトお姉ちゃんは、すっごく可愛いよ!」

「かわいい……? この醜い姿が? よし、お前」

「僕は空汰」

「そうか、空汰。じゃあ行こう。今ならこの研究所から抜け出せる」

「ヘイトお姉ちゃん、そんな事して怒られないの?」

「知らない」

 

 怒られる怒られないの話じゃない。ヘイトは考えていた。恐らく、この人工精霊研究所を裏切れば、吸血鬼のペイン、サイボーグのテリブルは当然、他の試験体や人工精霊研究所最強の人工精霊ラースをも敵に回す事になるだろう。

 だが、どうでも良かった。今、ヘイトにとって重要な事は空汰と共にいる事。

 手を差し出すと空汰はヘイトの手を握る。

 

「んんっ!」

「ヘイトお姉ちゃん?」

 

 今までにないなんとも心地よい気持ち。今まで、ドクターに言われる通り、任務を遂行していつか自分より強い怪異に殺される事ばかり考えていたヘイトが、今生きようとした。

 しかし、裏切りを人工精霊研究所は許さない。既にヘイトの裏切りをコンピューターは確認し、侵入者迎撃用の人工精霊の試験体達がヘイト達を襲う。

 その数。三十。

 

 人型をしているが、意思も感情もない悪くいえば失敗作達。それを機械制御で操っている。対人殺戮兵器。

 

「ヘイトお姉ちゃん!」

「空汰、私から離れるな。これでも私は人工精霊研究所。対怪異殺戮兵器。ラースやテリブル程じゃないが、それでもペインと並んでNo.3の力を持つ。こんな雑魚共。相手にならない」

 

 その言葉の通り、ヘイトは一撃で試験体を粉々にして見せた。襲いかかる試験体を次々に破壊していく。相手が雑魚だとヘイトは油断していた。内の一体が空汰を襲おうと、

 

「空汰!」

 

 間に合わないと思った時、空汰の中から怪異の少女。アイが飛び出し、試験体をバラバラに解体した。

 

「空汰くん大丈夫かい?」

「アイちゃん!」

「空汰くんごめんよ! 流石にあの三人相手にボクがでたところで、一瞬で消滅させられるから静かにしてたけど、この程度の怪異ならボクでもやっつけられるよ」

 

 空汰が感動してアイをギュッと抱きしめていると、それをあまり面白くなさそうな顔でじーっと見つめるヘイト。

 

「空汰、それ何? 殺すの?」

「ヘイトお姉ちゃんダメだよ! アイちゃんは僕の友達で、魔王様の家来なんだから!」

「ともだちぃ? 何それ?」

 

 じーっとアイをヘイトは見つめ、「まぁいい。空汰が殺すなって言うなら殺さない」と空汰の手を引くのでアイが「空汰くんの怪異たらし」と独り言を聞こえるように聞かせる。

 

「なぁにそれぇ!」

 

 と空汰に笑顔が戻った時、

 

「空汰、下がっていろ。下等怪異。空汰を守れ、厄介のに見つかった」

「厄介なの?」

「空汰くん、狼女のいう通り、ボクから離れないで」

 

 機械の身体を持った試験体。銃器や刃物を持っている。そして先ほどの試験体より少しばかり人間らしさがある。

 

「おや? これはこれは、研究所小悪魔三姉妹のヘイト様ではないですか? お出かけですか?」

「……」

 

 ヘイトは答えない。代わりに今しゃべった試験体に拳を向けた。全部で五体。それらは同時にヘイトに向けて銃器を放った。

 

 ズガガガガガガ!

 ズガガガガガガ!

 

 空汰に被弾しないようにそれら全てをヘイトが受ける。弾切れなのか、銃撃が止む。

 

「裏切り者の小悪魔三姉妹ヘイトを殺れば! 我らソルジャー級が研究所の次の幹部に……あ? 俺の体を俺が見上げている?」

 

 ソルジャー級と呼ばれたサイボーグタイプの試験体、それらは銃によって立ち込めた煙の中、青い光がゆらめくのを見た。

 それが、ヘイトの光る瞳だと知った時は全てはスクラップとなる。

 嫌悪の小悪魔少女・ヘイト。

 

「お前たちは嫌いだ」

「あぁ、ヘイト様……貴女は血塗られる程に美しい……」

「……」


 五体全てを破壊したヘイトは膝をついた。本来回避できた銃撃を全てその身に受けた。案外、終わるのは早いものだなとヘイトは思った。今まで無茶をしたつもりだったが、今回は生命を軽々と奪う銃弾を全て受ける。

 

「ふん、生きようとした代償というやつか……悪党らしい死に方だ」

「ヘイトお姉ちゃん!」

「空汰くん、この狼女はもうダメだよ」

「ダメじゃないよ! ヘイトお姉ちゃんはアイちゃんやメリーさんみたいないい怪異なんだよ。アイちゃん、なんとかできない?」

 

 アイは、うーん。うーんと考えて、そしてめちゃくちゃ言いたくない事だけど、ヘイトを救えそうな提案をしてみた。

 

「魔王様の眷属。家来になれば怪異の格が跳ね上がると思う。あと……空汰くんの霊力を分けてあげれば……」

「分けてあげる! 全部あげるから、ヘイトお姉ちゃん、死なないで!」

「やめておけ……そんなことをしても気休めだ」

「それでも、魔王様に会えれば助かるからぁ!」

 

 泣きじゃくる空汰をみてヘイトは空汰の頭を撫でる。「分かった」恐らく持ってあと数時間。もし戦闘なんてすれば次はないだろう。

 だが、それでも空汰に笑っていてほしかった。もう生きようとは思わない。この空汰を元の場所に戻してやろう。

 これは自分のワガママだ。

 何もしてこなかった。何かを成し得る事もできない自分が何かをしようと初めて考えた。ただそれだけ。

 

「下等怪異。私が戦えるのはあと一回だけだ。それもペイン以上の奴が出てきたら間違いなく終わる。お前にも出口を教えておく」

 

 ヘイトからこの研究所の事を共有されたアイは呆れる。真っ直ぐに正面突破しようとしていたヘイト。迂回し、敵に遭遇しないように回避しながら進めばいい。戦闘は必要最低限に抑える事もできただろう。

 ヘイトは相当、いや……かなり頭が悪い。

 

「狼女、君。これからはボクに従ってもらいますよ。空汰くんを危険な目に合わせると魔王様に何されるか分からないだからね。全く……」

「……分かった。お前に任せる。下等怪異」

「っ! 下等怪異ってのやめてくれませんか? これでもAI様。アイって名前あるんですから」

「分かった。アイ」

 

 それからどんな些細なトラップも戦闘も回避しながら、三人は研究所から脱出するルートを進む。そして、普段誰も使用しない地下訓練ルーム。そこを抜ければ、最短でこの研究所を抜けられるエレベーターに……

 巨大な扉。

 それに向けて、ヘイトは拳を向けて扉を破壊した。警報ブザーがなる。あとは走り抜けるだけ!

 

「おや、ヘイトじゃないか、帰っていたのだな?」

 

 終わった。

 なぜかドクターがいる。そして眠っているようだが、人工精霊研究所最強生物のラースもいる。一番最悪の展開。

 

「アイ、空汰を連れて走れ、1分持つか分からない、私の全存在を燃やして……」

 

 やばい。

 何がヤバいのか理解できない。それを見てはいけない気がする。ラースを初めて見た時ですらこんな気持ちになった事がない。

 死ぬ。

 

「空汰を……守る」

 

 ヘイトは本能が逃げ出せというのをやめて、その危険な何かに立ち向かおうとした。自分と融合した人工精霊の力を燃やし尽くせば少しは時間稼ぎに、

 

「おおおお! オーバー・ヘイトオーラ!」 

「くははははは! 貴様は誰だ? そして、空汰! アイではないか!」

「魔王さまぁ! あのね? 僕ね! ここに連れてこさせられたんだけど、ヘイトお姉ちゃんに助けてもらったんだ!」

「ほぉ、貴様。余の家来の空汰をよく守った。褒めて遣わす」

「そうか……お前が魔王様か、私はもう長くない。空汰を任せる。お前ほどの者なら私も憂がない」

「魔王様! ヘイトお姉ちゃんを助けて! お願い!」

 

 空汰が魔王様にしがみついてそう言うので、魔王様は「ふむ」と頷くと、ニコニコと笑い。

 

「ならば余の家来となるか? さすれば助けてやろう。選ぶといい。そのまま露と共に果てるか、余の家来となりて、空汰と余とゲームをしておやつを食べるか」

「空汰と一緒がいい! お前の家来になる」

「クハハハハハ! 懸命である!」

 

 消えかけていた存在力が戻っていく、今まではとは違う。とんでもない力が流れ込んできた。今なら、ラースを倒してここから脱出する事もできる。

 その為にはドクターを……

 

「話は終わったかい? 空汰くんの分もそちらの可愛らしい怪異くんの分も、ヘイト、君の分もチョコレートパフェを頼んであげよう! さぁ、最新ゲームもたくさんあるし! 魔王くんと一緒にこっちでお話をしよう」

 

 そんな事も知らずに、恐怖の小悪魔少女テリブルと苦痛の小悪魔少女ペインがまたまた状況を知らずに空汰を救出しにきた玲奈とメリーさんがぶつかることになる。

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