魔王様対人工精霊研究所最終兵器 終わり

「どうかね? ラースのとめどない怒り、身をもって知れたかな? それとももう滅んでしまうかね? 魔王くん」

 

 安全な場所から巴雄大は魔王様にそう拡声器を持って尋ねる。ラースの強烈な一撃を受けて魔王様は背中から噴出した炎が止まっても動かない。ラースは距離を取ると、魔王様に向かって火炎弾を連射した。既にトドメのフェイズに入ろうとしているラース。巴雄大も所詮は天然自然の怪異などこの程度かと諦めていたが、火炎弾の煙がおさまったとき、魔王様は怪訝そうな顔をして無傷で立っていた。

 

「ラースよ。貴様に問おう。貴様、確かにこの世界に余がやってきた中では一番素質を感じる。が、逆に貴様には全く興味が沸かぬ。何故か? 余も全てを知るわけではない。故に余に教授せよ。貴様の望みは何か?」

 

 ラースは滅ぼしたと思った魔王様が無傷でピンピンしている事から目を大きく見開いて、突進した。そんなラースの手を魔王様は掴む。力比べをするつもりなんだろう。

 

「貴様、一体何に怒っている? このような場所に閉じ込められている事か? いや、違うな? 貴様の怒り、巨大な怒りなのに空っぽである。余はそのような憎悪を知らぬ。貴様の言葉で答えてみよ?」

 

 そう言ってラースの力を無理やりねじ伏せ、倒す。ラースは起き上がると、さらに怒り狂い。魔王様に強烈な炎を吐いた。神の炎と呼ばれたそれ、魔王様としても評価に値する熱量と威力。それでも尚魔王様の表情は曇っている。

 

「答えぬか? それとも答えられぬか? かつて、貴様に似たような者と余は戦った事がある。あれはいつであったか……禁忌の術を用いて、勇者を生み出そうとした錬金術師がいた時であるな。まさに先ほどの男と同じだ」

 

 ラースは自らすらも焦がす炎を身に纏った。人工精霊研究所最強生物ラースのそれは……

 

「いかん! ラースやめろ! それは対・神を想定した決戦状態。すぐに解除しなさい!」

 

 一瞬ラースは声のする方を向いたように見えたが、再び魔王様を見て、歯を食いしばると炎の威力がます

 

「それほどまでに魔王くんは強力だというのか? いいだろう。ラースよ。お前の全てを持って魔王くんを葬りデータを取るんだ。魔王くん、ラースは神の炎その物となり、眼前の敵を焼き尽くす。君はこの研究所最強生物によって認められたのだよ! 誇るといい。そして、さようならだ」

 

 魔王様はそんな巴雄大の声は届かない。目の前のラースの状態を見て、ふむと頷く。かつてラースと同じような者と戦った事がある。それらは魔王様をして強いと思わしめる程、が……何一つ楽しくはなかった。

 

「なるほど、アレに似ているのか、擬似勇者。しかし、アレに比べるとラースよ。貴様の力は凌駕しているな」

 

 魔王様の声に呼応するように炎に包まれたラースは魔王様に強烈な炎を放つ。そしてそのまま魔王様にラッシュをかけた。徹底的に神の炎で焼き尽くし、この炎の檻の中から出さない。自らが自壊する事すら厭わないラースの最強戦技。

 

 ラース・オブ・ジ・ゴット

 

 神の怒りと巴雄大が名付けたその力、瞬間的にラースの脅威を神話級にまで引き上げると計測していた。受肉している者であれば身体が持たず、精神体であろうとも逃げられない戒めの炎。

 その圧倒的な熱量は推定神に届くと巴雄大が計測した力。そんな力は研究施設のトレーニングルームを余裕で破壊し始めていた。

 巴雄大は少しばかり後悔していた。予測していたよりも魔王様は強力だった、しかし、それ故に魔王様を手に入れる事ができなかった。ラースの限界を引き出してしまった。魔王様クラスの素体を手に入れるのは骨だなと、

 

 炎が止んだ後、おそらく魔王様はまだ生存しているだろう。だが、体組織を既に維持する事はできず。手遅れだろう。そしてどうやってラースを止めるか、小悪魔三姉妹を失う事になるかもしれない。まぁ、いい。ラースは神に匹敵しうる存在だという証明ができた。

 

「ふむ、中々いい力であった。が、この程度の炎。神の力には到底足りぬぞ?」

「!!!!!」

「?????」

 

 魔王様はマントに包まり、そしてニコニコと笑ったまま、両手を上げ、それを下ろした。轟轟としたラースの赤い炎を魔王様は黒い炎で塗り替えた。黒い炎、それがなんなのか、巴雄大は測定しようとしたが、辞めた。

 

「あの炎、炎じゃない。あの魔王くんは一体何者なんだ?」

 

 魔王様はラースを見下ろす。自分よりも小さい身体で自分によくここまでついてきたラースに敬意を払い頭を撫でた。

 

「貴様、心がないのであるな? 貴様は怒りでのみ動いている。実に歪んだ者である。ようやく気に入った。して聞こう。余の家来となるか? それとも、余の手で闇魔界に還るか選ぶといい」

 

 心のないラースに選択権はない。そもそも心がないのだ。選べるハズがない。ラースにあるのはとめどない怒り、何をしてもどう足掻いでもなくならない強烈な怒り。

 怒り、怒り、怒り。なんに怒っているのかもラースには分からない。しかし、それしか知らないのだ。怒るということしか生きる意味を知らない。ラースはその実何も持っていない、何もない空っぽな、中身のない亡骸のような存在だった。が、そんなラースは目の前に魔王様に怒りを覚えた。

 

 初めて、なんで怒っているのか分からないラースの中で、この魔王様を焼き尽くせない事に大きな怒りを覚えた。もう先ほどと同等の炎は出せない。それでもこの魔王様を焼きたい。

 身体が崩れても構わない。明日もいらない。ただ魔王様を焼ければそれでいい。再び炎を纏った。それに魔王様は笑う。

 

「良い。それを選ぶか、実に気に入った」

 

 魔王様はラースの首を掴むと持ち上げる。巴雄大は何が起きているのか目視と数値による演算から考えた。

 そして分かった事。魔王様には少なくとも巴雄大が知っている人智を遥かに超えているという事。人工精霊研究所最強戦力である憤怒のラース。彼女の力を持ってして、魔王様という謎の怪異相手に、傷一つつける事ができなかった。その事実は確実だったのだ。

 目の前で奇跡が起きていた。炎で朽ちるはずのラースの身体が保たれ、炎もきえ、魔王様に首を掴まれたまま、静かにラースは寝息を立てていた。

 

「雄大よ。もう安全であろうこちらに来るといい」

 

 今、魔王様の前に行けば何をされるか分からない。が、逃げる事もできないだろう。巴雄大は堂々と魔王様の元へと向かう。殺させるにしても死ぬにしてもそのあり方という物は選ぶべきである。それも自分が目指し、望んでいた存在に処されるのであれば願ってもない。

 

「素晴らしい、魔王くん。君は神なのか?」

「余は神ではない。家来達は闇魔界の御方、あるいは魔王様と呼ぶ。そして余は神をも喰らうぞ」

 

 巴雄大は感動した。これだ。これこそが人間の求める極致、いや命の終極点。これ以上は存在しない。そんな物を目の当たりにすれば今までの巴雄大の研究は全て意味をなさない。神をも超える領域にいる存在、それが魔王様という物なのだろう。その手にかかり生を全うできるのであればそれは巴雄大の全人生をかけた答えとも言える。

 

「魔王くん、君の望む物は何かね?」

「余であるか? チョコレートパフェであるな!」

「ちょ? それは?」

「余の好きな物であろう? この前、凛子と空汰、そしてメリーのやつとふぁみれすにて食したのだが、これは驚いた。余をあそこまで驚かせた食い物は初めてである。知らぬか? このような摩訶不思議な入れ物に入り、アイスクリームとチョコレート、サクサクのお菓子などが乗っておる! 貴様にも喰わせてやりたいものよな。して雄大よ。ラースの奴を寝かせてやるといい。身体は余が治した。目覚めた時、余の家来として仕わせる」

「殺したのでは?」

「殺すわけがなかろう? 余の家来になるとかかってきたではないか? クハハハハハハ! 余は勇敢な者が好きである! 稽古をつけてやったまでよ」

 

 最初から、魔王様は人工精霊研究所最強のラースと戦ってすらいなかった。もはや、巴雄大の人生をかけた研究すらなんの意味もなさなかったという事。

 あと15分少々で、小悪魔三姉妹が火乃兄空汰を拉致し、人質として戻ってくる。そんな小悪魔三姉妹を追って他の連中もこの人工精霊研究所へと向かっている。

 

 と、巴雄大のパソコンにメールが届いたのだが、もうそういうレベルではなく感動に打ちひしがれている巴雄大は魔王様に敬礼。

 

「魔王くん、チョコレートパフェでも食べながら、君の話を聞かせてはくれまいか? あぁ、ラースの事はあとで回復用のカプセルにでも入れておこう。なんなら私も君の家来になっても構わん!」

 

 そう言う巴雄大に魔王様はニコニコと笑顔になる。そう、魔王様は寛大な心を持っているのだ。家来になるという相手には有無を言わさず了承する。

 

「良い! はよぅ、チョコレートパフェを用意するといい」

「少し待つといい。ユーマーイーツで頼むとしよう。その内、空汰少年もここにやってくる。調査によると二人はゲームが好きなんだったね? この研究所は最新ゲームも揃っているからね!」

 

 その言葉を聞いて魔王様はさらに笑顔になる。空汰と毎日ゲームをプレイしている魔王様はゲームが好きなのだ。それを空汰と一緒に遊べるとなれば楽しくないわけがない。

 

「クハハハハハハ! 気に入った巴雄大よ! 貴様の家にて空汰とゲーム合宿であるぞ!」

 

 そう、もう既に決着がついた人工精霊研究所にて、何も知らない両陣営による熾烈を極めた戦いが始まろうとしていたが、メールを一切見ていない巴雄大はそれを知る由もなく、魔王様も自分の元の世界の話に花を咲かせているので、当然誰も止める者がいない。

 そんな人工精霊研究所に、空汰と小悪魔三姉妹は到着した。

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