人工精霊研究所編

魔王様組VS人工精霊 ①

 魔王様という存在によりこの町の怪異達はある程度の棲み分けを行なっていた。火乃兄家の関係者と関わらなければ大きな被害はないし、討伐対象にされた際は抵抗せずに魔王様の家来になればそれでいい。

 しかし、魔王様という異物の混入は良くない者達を呼び寄せる事になる。それは魔王様が家で留守番をしていて、空汰とメリーさんがスーパーに本日のおやつを買いに行っていた時、

 

 三人組の少女達が近寄ってくる。歳の頃は十二、三才の空汰くらいの女の子、十四、五才くらいの凛子くらいの年齢の女の子、そしてもう一人は一八歳、あるいは成人しているかもしれない。メリーさんはそれらが明らかにまともじゃないと分かると、

 

「空汰、私の後ろに隠れてなさい。こいつら、ヤバいわ。感じた事のない何かね。魔王様に連絡して」

 

 そう言って、メリーさんはスマホを空汰に渡すと空汰は電話をかける。少女達の中で一番の年上らしい女性。スタイル良くバーテンダーのような格好、ショートカットの金髪は同性にもモテそうだ。

 

「貴方、火乃兄空汰くんねぇ? お姉さん達と楽しいところに行かない?」

「はぁ? 空汰が行くわけないでしょ! 今から私たちは魔王様と再放送の刑事ドラマを見ておやつを食べる至福の時間なのよ」

「てめーには聞いてねーんだよ! ザコ怪異が」

 

 口を挟んだのは一番年齢が低い少女。100年生きたメリーさんをザコ怪異と言った。メリーさんが怪異であると知っている。それにメリーさんは念力で排除しようとした時、

 

「うっ……」

 

 メリーさんの首を掴む三人目の少女、青い、肩までの髪、他二人と違い、寡黙で無表情なれど何かにイラついているようにも感じる。

 

「ヘイトちゃん、その怪異はいらないわ、そこで消滅させてあげなさい」

「ざまぁ! ザコ怪異」

 

 青い髪の少女はヘイトと呼ばれた。ヘイトはメリーさんの首を掴んでただただ睨みつけている。「な、なんなのコイツ」。人間のようで、怪異のよう。今までの怪異とは明らかに違う何か。

 

「メリーさん」

 

 逃げなさいという声が出せない。空汰の前に幼い少女と年長の少女が、

 

「さぁ、空汰くんいきましょう」

「アタシ達と一緒の方が楽しいよー」

「や、やだぁ」

 

 空汰が連れて行かれるというそんな時、空汰を守ように水の壁が出現する。その瞬間、人間とは思えない反応で空汰を拉致しようとした二人が離れる。

 魔王様の家来の中でも恐らくは最強の術者、水城玲奈。

 

「メリーさん、これどういう状態? つーかこの人等知り合い?」

「なわけないでしょ。アンタの方が知ってんじゃないの? 人間なのか、怪異なのか全然分からないわ……でも強い。私を楽勝で倒せるアンタが来てくれて正直助かったわ」

 

 しししと笑いながら印を切る。そして自身の式神を召喚。「水狼!」ギャルのスクールバックから折りたたみの錫杖を取り出すとそれを構える。

 

「一応、これで三対三だけど、メリーさんどれか相手できそうなのいる?」

「はっきり言って、どれも無理よ。だから……あの一番強そうなのとやるわ」

 

 そう言ってメリーさんが指差した年長の女性、指を指されて瞳孔を開く。そんな様子に年少の少女が笑って、

「テリブル、アンタご指名みたいよ。あの雑魚怪異に、じゃあ私あの子を殺ーろぉ!」

「ペインちゃん、死体。残しちゃダメよ。ヘイト、貴女は空汰君を連れて帰りなさい!」

「……」

 

 ヘイトと呼ばれた狼の少女は黙って空汰の元へ、「行かせるわけねーから! 水狼!」と玲奈が式神に指示を出す。水の狼は牙をヘイトに向けるが、ヘイトは水狼を見もせずに、「この子供を連れて行くだけだろう」と水狼を殴り飛ばして消滅させた。

 

「は? 水狼が……」

「プププ、あんな雑魚式神程度で私たちを殺せるわけないじゃん。雑魚術者のおねーちゃん。次はおねーちゃんだよ」

 

 そう言った瞬間、ペインと呼ばれた少女に牙が生える。そして背中からは翼、付け爪かと思えるような長く鋭い爪。姿が変わると、ペインは「ばぁ!」と言って突っ込んできた。それに玲奈は結界術を張る。が、「無駄無駄ぁ!」と玲奈の術を無理やり破って襲いかかってきた。

 

「ちょ、君は人間? それとも怪異なの?」

「人工精霊、って言ってもわかんないよねー! つまんない術とかってのを一族で後生大事にしてたんでしょ? ウケるー!」

「あんたらの目的は何?」

「お姉ちゃん達がマオー様って言ってる奴」

 

 魔王様狙い。それを聞いて玲奈は自然に笑いが溢れた。それにペインは当然反応する。

 

「何笑ってんのお姉ちゃん?」

「もしかして魔王様の家来になりにきたっつー事?」

「は? 先生がマオー様ってのが実験動物として欲しいからおびき寄せにきたの。そこの空汰くんを連れて行ければ向こうから来るって面倒な仕事中なの、私達三人ならそのマオー様の四肢をもいで連れて行く事だってできるのに」

「あなた達三人が? 無理無理、魔王様を相手にするなんて馬鹿げてるっつーの! 当然、ウチにもね! 悪鬼羅刹を滅する水神に願う!」

 

 玲奈は呪力を練り込みペインの周りに水の壁を作っていく。それにペインは目の色を変えた。「私を結界に閉じ込めるつもり? そんなの壊してあげる!」と玲奈とペインはお互いの術を放ちあった。

 

「局所結界・水陣!」

「ブラッディ・ソード!」

 

 玲奈とペインの攻防は、玲奈に軍配が上がるハズだった。玲奈はペイン一人であれば玲奈の事を舐めているペインを結界で縛り切る事も可能だった。が、ここにはペイン以外に二人いる。空汰の腕を掴んでいる狼の少女、ヘイトが割って入った。

 玲奈の結界術を無理やり殴り壊したのだ。霊能力者である玲奈が霊力で作った壁を物理的に殴り壊す。そんな事ができるのは玲奈の知る限り、魔王様くらいしかいない。

 

「マ?」

「ペイン、遊ぶな。早く帰る」

「はぁ? ヘイト、私がいつ遊んでるって? でも別に一対一じゃないんだよね。お姉ちゃんごめんね。ヘイトはコミュ障だけど効率厨だから、ニ対一になっちゃったね?」

「ずるくね?」

 

 玲奈は結界どころか水狼を一撃で倒してしまうヘイトという少女を止める手立てはない。ペインは遊び癖があるが故に隙をつくことができる。が、ヘイトという少女にはそういった癖がない。

 

「ずるいと思うなら、私を力でねじ伏せてみろ」

 

 それが玲奈が聞いた最後の言葉、その後に気を失ってしまった。それから数時間後、気がついた時、

 

「玲奈ちゃん大丈夫? 気がついた?」

「ちゃんヒノ?」

 

 目の前には凛子、そしてここは火之兄家、自分が敗れたという事。出し惜しみしなければ少なくとも……「ごめん、ちゃんヒノ」と空汰を守れなかった事を謝っていると、「大丈夫。空汰も状況を分かってたみたいだから」と凛子が答える。「えっ?」と聞き返した時、隣に寝ているメリーさんの損傷が激しい。されどメリーさんは淡々と「私がテリブルとかいう女に消滅させかけられてた時、空汰が止めてくれたのよ。代わりに自分が連れていかれる事を承諾して。バカよあの子、ほんと……私なんかの為に」

 

「メリーさん、空汰からすれば、もちろん私もメリーさんを家族だと思ってるから空汰の判断を私は褒めてあげたいです。あと、狙いが魔王様ですからね。わざわざ居場所も教えてくれてたみたいですし」

「ちゃんヒノ、魔王様は?」

「空汰を迎えに行きましたね」

 

 その言葉を聞いてメリーさんが「私も行くわ、魔王様にもしもの事はないけど、あの三人を同時に相手にすると魔王様でも骨が折れるでしょう」と起き上がる。それに玲奈も「あのペインとか言う子にはウチも個人的にリベンジしてーし、ウチも行くよ」と起き上がるので、凛子も頷く。

 

「今日はおでんだから、みんなで一緒に迎えにいこっか」

「ちょっと凛子、アンタが来たら足手まといだから留守番してなさい」

「うん、今回ばかりはちゃんヒノ、守りながらとかは無理だし」

 

 人工精霊と名乗った彼女らの強さは半端じゃなかった。凛子はその力を見ていないので、

 

「でも魔王様いるし」

「手長、足長より強い怪異よ」

「それってメリーさん魔王様と比べてどのくらい弱いんですか?」

 

 凛子は誰よりも魔王様の無双っぷりを見てきている。もはや伝説的怪異手長・足長より強いとか言われても魔王様相手であれば対して変わらない程度の怪異という認識しかなかった。それにメリーさんも玲奈も怒るわけでもなく冷静になっていく、なぜなら、自分たちの物差しで魔王様を測れるわけがない。

 

「そうね、凛子の言う通りだわ。魔王様の手を煩わせる前に、あのテリブルを撃滅するわ」

「ちゃんヒノ、サンキュー! ちょっと周りが見えてなかったかも」


 凛子は笑うとリュックにお菓子と水筒を入れて「じゃあ行きましょうか? 招待状があるんでこの住所に行けば、空汰にも魔王様にも会えるだろうし」

 

 凛子の手には黒い招待状、魔王アズリエル様と書かれている。招待先は、人工精霊研究所。

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