第十一の怪異 魔王様とアクロバティックサラサラ
その日は土曜日のお昼に何を食べようかという話になっていた。凛子が残り物でチャーハンを作るので、カップ麺か何かをスーパーに空汰とメリーさんで買いに行こうかというそんな時、凛子達の家に、少しガラの悪そうな、よく言えばお洒落な恰好をした十代から二十代の男子が3人尋ねてきた。
「あの、相談事があるんですけど」
三人からは怪異の雰囲気はしない。お祓いが希望かなと凛子は玄関で話を聞く事にしようとしたら、魔王様がやってきた。
「おぉ! 貴様ら、ショーゴにカイにヨシフミであったか? くははは! この前の晩に面白い舞を余に見せてくれたな!」
「あ! マオの兄さん! この家の人だったんすね!」
「えっと、魔王様知り合いですか?」
多分二言目に言う言葉は決まってこうだと凛子は知っていたがあえて聞いてみた。いつも通りニコニコとして魔王様は、
「こやつらは余の家来である! くははははは! して、凛子と空汰の家に何用か? くはは中に入るといい。靴は脱いで揃えて後ろを向けるのが風情であるぞ」
落語や俳句の老人会に顔を出す魔王様はわりとお年を召した方に教えてもらうマナーを守る傾向にある。魔王である自分が礼儀がなっていないと家来たちに示しがつかないからという話を以前凛子は聞いたなと思う。
三人を客間に通してお茶を出すと斜め上の相談がやってきた。
「あの、マオの兄さんに凛子の姉さんは、アクロバティックサラサラって知ってますか?」
「いやぁ、何それ? 全然知らないです」
「くははははは! 知らん!」
どうやら最近現れた都市伝説の怪異らしい。ビルとビルの間を飛び越える事ができる超身体能力を持った赤いワンピースを着た女性の怪異。目が合うとさらわれてしまうというのだ。
「誰かお友達が浚われてしまったんですか?」
「あー、ちがくて」
そう、それは月が黄砂で赤く見える夜だったという。三人はダンスをする為にいつもの閉店した商店街の中に向かったのだという。そこで、ふと赤い月を見つめていると、ビルとビルを飛び越える赤いドレスを来た綺麗な長い黒髪の女性を見たという。それがアクロバティックサラサラという怪異である事を知ったのは翌日、なんでも目が合うと執拗においかけてきて浚われるのだという。
それから、三人はアクロバティックサラサラを見つける度に追いかけては声援を送りっていた。
「ん? なんか私の考えていた感じとちょっと違いますね」
そしてスマホを向け、アクロバティックサラサラの追っかけをする三人。ある時、ばったりとアクロバティックサラサラが現れなくなったのだという。それで三人は心配になって凛子の家を訪ねた。
「もしかしたら、悪霊みたいにやっつけられちゃったと思うと俺たち、夜も眠れなくて……」
凛子はまさかの展開に驚愕した。この三人はアクロバティックサラサラという怪異の虜になっているのだ。呪われているわけでもなく自らの意志で……しかし、おかしい。
「普通は怪異はこうやって祭り上げられると凄い力を持つんだけどな……もしかしたら本当に玲奈ちゃんとか強い術者に祓われちゃったのかな?」
スマホで凛子は玲奈に連絡を取った。ここ最近、アクロバテックサラサラという怪異を討伐したかどうか? それに対して玲奈はそんな依頼は受けていないというメッセを返してきた。さらに討伐対象にその怪異は入っていない事も追記。
「どうしようか魔王様?」
「くはははは! 貴様ら、確か“やきにくや”で働いておったな? それを余達に食させる事でその“あくろばてっくさらさら”に関して余が探してきてやろう! くははは! 面白い舞をするのであれば家来にするのも良かろう」
「「「おねしゃす!」」」
という事で依頼を受けた凛子は魔王様と、そしてやたらとお洒落をしているメリーさんの三人で夜中の街を闊歩している。
「おまわりさんに補導されないかな?」
「大丈夫よ。もしそうなったら私がなんとかしてあげるわ」
途中でコンビニに寄り暖かい飲み物を購入してアクロバティックサラサラが出没する付近を探していると、凛子はゾクっとした寒気。何かがいる。見上げるといけない、それに見初められる。されど、今回はそれを探しに来たのだ。
「凛子、無理に見なくていいわ。いたわ。あれがアクロバティックサラサラ? なんというか雑な名前ね。魔王様、追いかけましょうか?」
「くははははは! 余がいこう」
ふわりと魔王様は浮かび上がり、ビルの上に、その向かい側にアクロバティックサラサラの姿。それは魔王様と見つめあうと、魔王様に向かってきた。都市伝説系怪異の習性。魔王様を捕まえようとしたアクロバティックサラサラだったが、逆に魔王様に手首を掴まれ、さしずめダンスでも踊るように二人は絡み合う。そんな様子を見てメリーさんは、
「きぃいいいい! なんなのあの怪異! 魔王様にエスコートしてもらえるなんて……ずるい!」
どれだけ力を入れても抵抗しようよとも魔王様の力の前にはひとたまりもない。抗っているのにメリーさんからすればイチャイチャしているようにしか見えない。そんなメリーさんを見ていると和むなぁと思った凛子は、アクロバティックサラサラが抵抗を止めて、魔王様に抱えられて降りてくるので話を聞いてみる事にした。
「あの、アクロバティックサラサラさん。こんな手荒な真似をしてごめんなさい。貴女の事を気になっている人たちがいまして、それを今日はお伝えにきました」
アクロバティックサラサラにあの三人の事を話す凛子、その際、彼女と目が合ってしまった。というか顔を凝視してしまった。
「うわっ! すっごい美人」
「あ、あんまり見ないでください……私は、私から……」
見つめるのは得意だが、見つめられるのは得意ではないと語る。これは可愛い。女の凛子がそう思うのだ。どうやって手入れすればこんな綺麗な髪になるのか、聞いてみたいくらいだと思っているとアクロバティックサラサラは話し出した。
「あの人たち、赤く光る棒のような物を持って私の事を追いかけるので……怖くて……」
「あぁ、サイリウムですね。あれは推し活に使う道具なんですけど、あの光が苦手なんですか?」
凛子がそう尋ねるとアクロバティックサラサラはコクンと頷いた。その補足としてメリーさんが凛子に教えてくれる。
「赤い光は私達怪異全般苦手なものよ。要するにあの人間たちは良かれと思ってやってた事が、この怪異を追い払う事になっていたって事ね」
それはなんとも悲しい結果だなと思うと、凛子はアクロバティックサラサラにあの三人について聞いてみる事にした。彼らの事が嫌いかどうかという一番大きな点。もし、嫌いなのであれば彼らのやっている事はストーカーに近い行為に他ならない。そうであれば相手は怪異とはいえ女性、そこは凛子がしっかりとあのダンサー3人に注意を促そうと思っていたが、
「あーやって認知してくれる事は……とても嬉しいです……私達都市伝説の怪異は忘れ去られるとその存在が失われてしまいますから……」
人々に仇なす怪異となる場合もあるが、アクロバティックサラサラにしてもメリーさんにしても生み出したのは人間の噂から、原因は人間である以上それらが見える凛子としてはなんともいえない気持ちになる。
「じゃ、じゃあアクロバテイックサラサラさん、どんな色のサイリウムなら怖くないですか? 私があの三人に言って赤いサイリウムを使わないようにしてみます」
「む、紫とか……」
「分かりました。そういえばアクロバティックサラサラさんは怪異として人間を襲ったりするんですか?」
「そんな恐ろしい事はしません! もちろん、認知してもらう為に脅かしたりはしますけど……」
これに関しては妖怪や悪霊と根本的に違う部分と言える。認知される事を目的として存在している都市伝説系怪異。その大先輩としてのメリーさんは呆れてため息をついていると魔王様がアクロバティックサラサラに話しかけた。
「くはははは! 貴様、ダンスを踊る連中に好かれておる! 人気のある者は余は好きである。貴様、余の家来になる気はないか? 余の家来となれば消える心配も無かろう」
魔王様のいつもの家来勧誘。いつも通りなんだが、メリーさんは美人のアクロバティックサラサラが家来になる事が腑に落ちない。恨めしそうにしているメリーさんを見て魔王様が微笑むのでメリーさんもすぐに笑顔に変わる。アクロバティックサラサラもかなりの高位怪異である魔王様の眷属になるという事は言う通り消滅する心配はなくなる。恐る恐るメリーさんの表情を伺いながら、
「あのぉ、その」
「良かったじゃない! 私と一緒で魔王様の家来になれるんだから! でも魔王様の家来としての序列は私の方が上なんだからね!」
お局様、もといメリーさんの赦しが出た事で、アクロバティックサラサラは魔王様の眷属入りする事ができる。怪異とは思えない眩しい笑顔を見せてアクロバティックサラサラは頭を下げた。
「これから宜しくお願いします! 魔王様、凛子様、メリー先輩!」
凛子の説明で、ダンサーの3人は赤いサイリウムを使う事はなくなり、代わりに紫色のサイリウムで応援、時折アクロバティックサラサラは彼らに手を振る事もあり、徐々に噂をききつけたファン達が続々と集まっているとか、凛子はこの新しい都市伝説の怪異、アクロバティックサラサラの生まれた経緯を調べてみたが、どうもしっくりくるような物はなかった。
それまでの経緯の話を学校のランチタイムで玲奈に話した時、玲奈は購買で購入したサンドイッチにかぶりつきながら、
「あれじゃん? 昔々、口裂け女ってのが社会現象になるくらい流行ったって話じゃん? 怪異の教科書にも出てくるやつ。それの今版じゃね? 怪異っていつの世もその姿や内容を変えて存在してんじゃんか? 名前もちょっとコミカルになってるしウケるぅ!」
なんだかなぁと腑に落ちない気持ちでいた凛子だったが、一番玲奈が語る説が可能性が高そうだなと思って、本日ちょっと味付けに自信のあるそぼろ弁当に箸をつけた。
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