第十の怪異 魔王様VS生き人形
それは魔王様が空汰とコンビニにオヤツを買いに行った時のお話。魔王様、空汰、そして凛子とメリーさんの分のアイスを購入して残ったお釣りでパピコをシェアしながら歩いていると公園で着物を着た女の子がシクシクと泣いている。
そして、空汰には霊力がある。それ故にそれがよくない者であると瞬時に気づいた。凛子に言われている事。変な物には近づかない。見えていないフリをする、すぐにその場から立ち去る事。
なんだけど、魔王様は……
「貴様、何を泣いておる? お菓子でも落としたか? くははははは!」
「あのね? 探し物をしているの、一緒に探してくれる?」
「良い! 余が手伝ってやろう! 空汰、貴様も来るといい!」
すぐに近づいていく。そしてあの着物の女の子の狙いは多分、自分だと空汰は感じ取っている。すると空汰のポケットの中からしゅるりと元・AI様。現在……空汰と同い年くらいの女の子の姿に変わる。
「アイちゃん」
「空汰くん、あれはヤバい奴だよ。魔王様もなんで手招きしてるのよ! ボクの近くを離れちゃダメだからね? 空汰くんに何かあったら魔王様に消し炭にされるのはボクなんだから!」
アイと手を繋ぎながら魔王様と和服の少女のところに近寄る。
パチン! 怪異の結界の中に入ってしまった……でも全く怖くないなと思うのは手を繋いでいてくれるアイと笑顔の魔王様がいるからだろう。
「して、貴様の探している物とは何か? 申してみよ」
「それは……」
俯く和服の少女、そして顔を上げた時、この世の物とは思えない恐ろしい形相となって、空汰に向かってこう叫んだ。
「おまえのたましぃいいだぁあああああ! うあっ」
魔王様の首根っこをひっぱられて恐ろしい形相のまま可愛い声を上げた少女。じたばたと暴れるが魔王様の力から逃れる事はできない。
「なんなのよもぅ! 強い術者? そんな美味しそうな霊力の子供を撒き餌にして恥ずかしくないの?」
「くははははは! 余であるか? 余は魔王である。そして、奴は余の家来の空汰、そして空汰を守らせている家来のアイである」
名前を呼ばれてアイは空汰の手を握ったまま片手で胸に手を当てて魔王様への服従の意志を見せる。
「何言ってるんのよ! えぇ? 三人中二人も怪異なの? なんで人間と一緒にいるのよ? あー分かったわ! 先に取り憑いているのね? だったら私も混ぜて頂戴よ! その子の霊力、蜂蜜みたいに美味しそうなんだもの」
「そこそこ名のある怪異とお見受けします。確かに空汰くんの霊力は、めっちゃ美味しいです。でもやめておいた方がいいですよ。空汰くんは魔王様のお気に入りです。貴女、存在消えますよ?」
アイの忠告を聞いて和服の少女はケタケタケタと笑う。本来ならホラーな状況なんだろうが、魔王様に首根っこを掴まれているのでどうも面白い状況にしか見えない。
少女は人形の姿になる。それも少女と同じサイズの……
「教えてあげるわ。私は人形系怪異の中でも五本の指には入る400年に及ぶ、呪いの生人形よ! この髪は当然、この身体に使われている物にも多くの人間の身体が使われている。江戸時代におかしな人形師がいたのよ。今思えばあの人も何かに取り憑かれていたのかもしれないわね」
AI様だったアイは産まれてまだ間もない怪異。400年という歴史はとても重く、その時間は怪異の強さに比例する事も知っている。しかし、一体何千年、あるいは万の単位で生きているであろう魔王様を前にするとどうしても霞んで見えるなと思っていた。
「恐怖でおかしくなった人間は数知れず。取り憑いた人間の生気を吸って、霊力のある子ならそれを吸って私はより強くて大きな怪異になるのよ! フン!」
「ほぅ、で? 貴様の行きつく先は何か? 申してみよ」
暴れても魔王様から逃れられない人形の怪異は、冷静さだけは失わないようにその滑稽な状態で澄ました顔で言った。
「人間の目を、臓器を、脳を取り出して私は人間になるの!」
「くはははは! バカ者めが! なれるわけなかろう。貴様はドールではないか! 同じドールでもメリーのように利口ではないのだな! が、その愚かさ、気に入った!」
ハラハラしている空汰の横でアイは魔王様辛辣だなぁと思いながら見守っていた。
「なによ! なによ! なによ! 少しだけ私よりも強いからって調子にのって! アンタなんかもっと沢山の人間をとり殺して力をつけたら取り込んでやるんだからぁ!」
面倒くさい彼女みたいになっている人形の怪異に対して魔王様はニコニコと笑う。そんな魔王様を見ていると人形の怪異は目を剃らず。
「ほんとなんなのよ離しなさいよ!」
「貴様、余の家来になぬか? 人間にはなれぬが、余が身体を用意してやっても構わんぞ? そのくらい余の力を持ってすれば容易いからなっ!」
そんな事を言ってしまう魔王様、かつて最澄という高名な僧が秘術として人間を生み出すという呪術を使ったと言われているが、今現在生命を生み出すという事は科学的にも呪術的にも誰も到達していない。
「確かホムンクルスとかいう技であったか?」
「……本当に出来るの? アンタに」
「うむ!」
「身体って言っても醜い化け物じゃないのよ! とても美して、綺麗で可愛くて、もう誰が見てもうらやむような姿よ!」
「くははははは! それは余の姿ではないか!」
「アンタどういう頭してるのよ! じゃなくて絶世の美女よ!」
「ニケとかヴィーナスとかいう連中であったか? まぁ、余には興味がないがな」
「あんたホモなの? じゃなくて人間の男の子はべらせて、さてはショタコンね!」
なんか凄いどうでもいい話になってきたのでアイは家に帰りたいなと段々思い始めていた。でもまぁ、ケラケラと笑っている空汰がいるのでこれはこれでいいかと手を繋いだところから少しだけ漏れ出ている空汰の霊力を一人楽しんでいた。
「じゃあいいわ! アンタの眷属になってあげるわよ! だからさっさと身体を作って頂戴な!」
「良かろう!」
魔王様の力が発現する。低級怪異のアイでは皆目見当がつかないが恐らくそれは神の領域の超常現象。周囲の植物等を少しずつ使い人形の怪異に身体を作る魔王様。
生み出したのは先ほどの少女と寸分狂いない姿。
「くはははははは! 見よう見まねであったが中々の出来栄えであるな! 貴様に名前を余が与えてやろう! そうだな。貴様はパピコだ」
「パピコ。ハイカラでいいじゃない! それにしてもアンタ、じゃなくて魔王様。やるじゃない! 私の想う最高の姿にしてくれたのね! いいわ、家来って何をするの? 人間をとり殺したらいいのかしら?」
「くはははは! 余を楽しませるといい! それと、空汰よ他になにかあるか? 発言を許す!」
魔王様がそう言うので、元空汰の命を狙っていたハズのアイは空汰の耳元で「悪い事とか人の命とか奪わないように言っておいた方がいいよ。パピコさん、結構ヤバめの怪異だからね」と言われたので、
「あの、パピコちゃん。これから誰かを襲ったりとか傷つけたりとかしちゃダメだから。それを守ってもらって」
「はぁ? なんで私がそんな事、約束しなきゃダメなのよ!」
が、そんな言い分は通るわけもなく、魔王様によってパピコの耳にピアスがつけられる。それに中々気に入った様子でいるパピコに魔王様はこういった。
「空汰の言った事をきけぬと、その耳につけた魔道具より貴様の身体は自壊する呪いをかけた! くはははは!」
「な、なんてもんつけてくれたのよ! 外しなさいよ! ま、魔王様ぁ!」
「ならぬ! 余はこの街を好いておる! 人間も中々悪くはない故な」
町内でも老若男女問わず大人気の魔王様、凛子や空汰をはるかに超えるコミュ力であらゆる所に知り合いがいる。そんな魔王様に逆らえない事を知るとパピコは媚びる相手がだれかをすぐに察知した。
「空汰ぁくぅーん! ねぇ、魔王様少しいぢわるじゃない? ねぇ」
空いている側の空汰の腕に自分の腕を絡めてくっついて甘える。その瞬間、空汰の霊力が微弱ながら流れてきてあまりの気持ちの良さに絶頂しかけたパピコ。
「どうしたのパピコちゃん」
「そうですよ。空汰くんから離れてよパピコさん」
「低級怪異の癖に私に何か文句あるわけ?」
空汰を取り合っているようにも見えるその光景に魔王様はニコニコと笑っていると、空汰は魔王様の元に走ってその手を握る。
「僕、魔王様と一緒に帰るのがいい」
「くははは! 良き! では帰るとしよう。本日はお刺身だと凛子が言っておったな! 余はあの刺身醤油とワサビが大好きである!」
「えぇ! 僕ワサビ苦手」
「くはははは! 余をつーんとさせる中々に手ごわきやつである」
「魔王様、アイス大丈夫かな? 溶けてない?」
空汰の心配をよそに魔王様はカチコチに凍っているビニール袋を見せる。ここに寄り道した時から既に凍らせていた事に空汰は安堵する。
この後、パピコを連れて帰るとメリーさんが一体コンビニに行っている間に何があったのか小一時間空汰は問いただされ、凛子は凛子で、近所の人から空汰が女の子を両手に花でモテていた話を聞いて、またまた冷やかす事になり、その年で浮気はダメよとか、言われるがちんぷんかんぷんだった。
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