第九の怪異 魔王様VSギャル妖滅士、水城玲奈 後編

「この辺りでよくない?」

「くはははは! 構わんぞ!」


 腹立たしい。この笑顔が、この余裕が、子供の頃から玲奈は大して努力をせずになんでもできた。勉強、運動、芸術、そして妖滅の術の数々。水城の麒麟児、天稟の妖滅士として、そんな玲奈が初めて感じた壁。

 怪異を滅する為に鍛えた身体能力、これを別のスポーツに代用でもしようものならすぐに国体選手に選ばれるだろうし、オリンピックの金メダルに手が届くかもしれない。目立つのは好きだ、だけど、そのスポーツを目的とした練習じゃない訓練でそれらスポーツを行うのはなんだかフェアじゃない。魔王様を名乗る怪異の後ろを取り地面に楔。さらに右側。正面、左側と楔を打ち込む。


「オン! これ、ガチで痛いやつだから! 歯食いしばった方がいいよ。妖滅局所結界・始の型! 圧界!」

「ほぉ、空間系の魔法であるな! よい!」


 その空間ごと、怪異を圧縮し滅する術。錫杖を構え玲奈は自分の力を練りこんでいく。前後左右全てに同じ力加減で対象を押し潰していく。呪縛霊など特定の場所に住み着く相手であればその効果は絶大。この前も、長年廃墟に住み着いた子供の悪霊をこの術で消滅させるにいたった。この魔王様相手では結界を貼っていてもてんで役に立っていないようにすら思える。


 実体を持つ怪異である魔王様になら空間制圧は効果抜群だと思っていた玲奈だったが、くははと笑う魔王様を見ているとどうやら違うらしい。


「てか火之兄家で何してんの? マヂ、ウチの式神になるつもりはない?」

「凛子達の家でであるか? まず食事が美味い! 凛子の作る食事は逸品である! 余の城にいる料理長よりも遥か美味いぞ? 貴様」

「玲奈だっつーの!」

「玲奈も一度くるといい! 本日はお好み焼きである! 知っておるか? ソースの上でかつおぶしなる美味き木の皮のような物が躍るのである!」


 少年のようにお好み焼きを説明してくれる魔王様。日本人なら一度は少なくとも食べた事があるお好み焼きをそんなに一生懸命に説明されても反応に困るところだが、それ以上に玲奈が反応に困ったのは……結界から普通に魔王様が出てきた事。今の玲奈の力でこの魔王様を抑えられる術はない。先ほどの結界術よりいくつか強い物は使えるが、この魔王様を確実に仕留めるにはもはや手段を選んではいられない。


「マヂむかつく。呼ぶつもりなかったんだけど、すんなりウチの式神にならなかったアンタが悪いんだし、どうなってもしらねーから! 水城のご神体にして、暴風雨の申し子・水竜王。出番じゃん? 薙ぎ払え!」


 ついに出してしまった。今まで水竜王を呼んだ事は二回。一族の妖滅士達と共に山神を名乗る悪鬼を滅した時、そして最初は低級の怪異に脅かされて泣いてしまった幼少期。いずれも怪異が起こす以上の被害を周囲に与えるに至った。まとも制御できない式神、なんせ神という領域に足を踏み入れている者が水竜王。呼び出した水竜王は真っ青な竜。魔王様を見下ろしている。水を得た魚のように空を自由に飛び回りその巨体をうねらせていた。


「ほう、シーサーペントの類であるか? 珍しい。して? その者と共に余の家来になるか? くはははは!」


 笑う魔王様に向かって水竜王は咆哮した。玲奈はこの一方的に行われるであろう魔王様の消滅後にどのように水竜王をなだめるかを考えていた。魔王様に目掛けて水竜王は突撃、魔王様は大きな口をあける水竜王に対して、


「くはははは! 貴様、中々の強さである! 気に入った。その荒々しい気性に免じて少し、相手になってやろう」


 ドンと魔王様は水竜王を弾いた。


「は? 何今の……」


 実体を持たない水竜王が魔王様に霊的な干渉は可能だとしても魔王様が物理的に強力な霊体である水竜王に攻撃をする事なんて不可能に近い。というか不可能だ。これは今までの妖滅士達の残した情報や経験からでもはっきりしている。

 もし、今まで千年以上かけて築き上げてきた物がなんの意味もなさない相手がこの魔王様なのだとしたら……玲奈にできる事は何もない。


「ありえない、ありえない! ありえないっつーの! 水竜王! 遊んでんな! さっさとその怪異を叩き潰せっての!」


 魔王様に叩かれた水竜王は魔王様を睨みつけて、大きく口を開けると次は突撃ではなく、霊力の波動を魔王様に向けて放った。これは山一つを削る程の力、玲奈でももう止められない水竜王が本気で暴れ出した。今まではどうしよう。どうやって水竜王を止めようと思った物だが、今回に限ってはこれほど安心できる事はない。理解の及ばない怪異はこれで消えてなくなっ…………


「ほぅ、ドラゴンブレスか? クハハハハ! が、少しぬるいな! ドラゴンブレストはこうするのではないか? すぅ」


 魔王様は胸いっぱいに息を吸い込むとふぅと吐き出した。霊力? 妖力? いや、何かが違う。そんな力がレーザーのように水竜王を撃ち抜いた。ゆっくりと大きな首をがらんと落として、水竜王がその巨体を沈めた。そんな馬鹿な、言葉も出ない。水城家、最強の式神があっけなく何がなんだか分からない怪異の前にやられた。


「あんたほんと何? こんな怪異、誰が止められんのよ……」

「余か? 先ほども言ったが余は魔王である! 闇魔界の御方と家来達は言う。魔王アズリエルである! クハハハハ!」


 魔王、どういう怪異なのか皆目検討がつかない。日本ではない大陸やその他怪異なんだろう。玲奈は生き残るという事をやめた。


「いいよ。最後まで付き合ったげる。ウチの最大最強のとっておき!」


 ビリビリビリとスカートを破く、動きやすいようにそして腕につけていたシュシュで髪をまとめる。錫杖に渾身の霊力を込めて、


「ほぅ、少しばかり良い殺気であるな? クハハハ!」

「とことんまでやろうぜ! 魔王! 水神に願う……」


 水の流れを邪魔する物がいる。

 形無き無限の力、今一つとなりて悪鬼羅刹を撃つ大津波とならん!


 現在、玲奈が使える最大の妖滅術。


「妖滅局所結界・水螺旋!」


 先ほどの水圧で締め上げる結界とは違い次はチェーンソーのように対象を削り消滅させる大業。これなら流石の魔王様といえどもなんらかの痛痒を与えられると玲奈は考えていた。考えていたのだが、魔王様はというと、


「おぉ! これは先ほどよりも心地よい“まっさざじき“であるな! クハハハ! もう少し強くできぬか?」


 火之兄家から広い場所に連れ出した理由、玲奈的には様々な術を使う為、なんなら切り札の水竜王を呼び出せる広さが必要だった。

 かたや、魔王様はマッサージ機代わりに狭い空間内では強さの加減を上げられないからここまでついてきた。全くブレていない。

 そして玲奈も分かっていた。自分の妖滅師としてのプライドが先行していたが、この魔王様からは強烈なプレッシャーを感じても悪霊や妖怪、都市伝説等が特有に持つ悪意や害意のような物は最初から感じなかった。


「まじ降参かも、教えてよ魔王様」

「ほぅ! 余に何かを教わりたいか? クハハハハ! 許す、申してみよ! 凛子の得意料理か?」

「ちゃんヒノの得意料理も気になるけど、魔王様は何が目的でここにいんの? それだけの力があって、どうしてその……言っちゃアレだけどちゃんヒノの式神やっての?」


 取り憑いているというわけでもない。なんなら、火之兄家の姉弟は共に魔王様と共存しているように見える。そこに隷属の関係すらも感じない。

 あまりにも異質と言えた。


「余の目的であるか? クハハハハハ! 勇者を屠る事、あるいは勇者に屠られる事であるな! が、凛子にこの世界に召喚され中々に面白い連中がいる事を知った。“かいい“と呼んでおるな! 連中を家来にし、この街の人間も家来にする! クハハハハ! 余は魔王であるからな!」

「家来にしてどうすんの?」


 一貫してこの魔王様の目的が分からない。あるいは、魔王様を称える者を増やし、魔王様は神の頂きに上がろうとしているのではないか? 時々力を持った怪異でそういう考えに至る者もいるのだ。


「クハハハハ! 家来は可愛がって守ってやらねばな! それ以外にも家来と食べる食事、オヤツ中々に興が深い! 余のこの世界での1の家来と2の家来である凛子と空汰とは毎日食事をとり、二人が休みの時には“どぉぶつえん“に行き、“ハンバーグ“を食べたり、“えいがぁ“に行ったりするな! あれは中々面白かった。余は騒がしい事が好きである! 貴様はどうだ?」


 普通すぎる。ちょっとしたパリピ感があるが、この魔王様の行動理念に関してはっきりと言える事があった。それを確信した玲奈はスマホを取り出して水城家に電話を入れる。


「もしもし、玲奈だけど、うん。あーその件ででんわー。火之兄家にまがみのみこと? んなのいなかったし、というかウチ、超迷惑かけたっぽいんだけど? 強烈な怪異? あー。あれね。怪異じゃねーっつーの! 魔王様、誰って? えぇ? そんなんウチのかれぴに今度なる人っつーか? じゃあ切るね」


 電話を切ると玲奈は両手を上げた。人生初の敗北と言っていい。但し、悪い気がしないのは何故だろう。


「水竜王、ごめんね。戻って」


 魔王様を見つめて笑う。すると魔王様もニコニコしていてギザギザした歯を見せて笑う。怪異だという色眼鏡で見ていた頃から思っていた事、魔王様はあまりにも綺麗だ。そしてあまりにも寛大な心を持ち、そして恐るべき力を持っている。


「あれじゃん! 魔王様、ウチ魔王様のこと好きかも」

「クハハハハ! 余は皆に愛されているからな! 貴様も余の家来になる気になったか?」

「うん、そうすっかな?」

「さようか! ならば来るといい! 本日の夕食を共にしようではないか!」


 玲奈は魔王様の横に並ぶと魔王様の頬にキスをした。「魔王様、家来っつーか、恋人候補でよろ!」


 火之家に帰ったら凛子達に謝罪しないとなとか思いつつも、暮れる空の下を魔王様と二人っきりで歩いているのになんだか得した気分になる玲奈は魔王様の腕を組んでみる。照れるわけでもなく、ニコニコと笑いながら変わらず帰路につく魔王様に玲奈は、完全に落ちたなと苦笑した。


 


 

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