第五の怪異 魔王様VS猿夢

「クハハハハ! 桃缶である!」

「美味しいね? 魔王様!」

「こら二人とも、それはカリラちゃんのお見舞いの品でしょ!」

 

 本日、凛子、魔王様、空汰の三人は大学病院に来ている。

 メリーさんは今回の依頼に関して力になれないと家で泣く泣く留守番する事になっているのだ。そもそも病院という場所は本来目には見えない者が大勢いる場所ではあるが、今回の怪異の名前を聞いた時、メリーさんは相性が恐ろしく悪い為、力になれないという理由。


 カリラちゃん、日本人の父とフランス人の母を持つ、空汰の同級生。向こうの昇給に合わせて学年を上げている為、実際は一つ年下という事になる。

 空汰が前にお見舞いに来た時にカリラちゃんに空汰が相談されたお話。


 怖い夢を見る。


 お見舞いの品を勝手に食べている魔王様と空汰を注意しながら凛子はカリラちゃんにお話を聞く事にしたのだ。

 

「カリラちゃん、弟。空汰から聞いたんだけど、怖い夢を見るの? それはどんな怖い夢なのかな?」

 

 カリラからは怪異特有の雰囲気を感じない。凛子は病院という空間が彼女を不安にさせているだけじゃないかと思っていたが……魔王様の一言。

 

「この娘、何かに見染められておるな。ゴースト? 違うな、死神でもない……クハハハハ! 分からん!」

 

 凛子や空汰に感じない何かを魔王様が言い当てる。カリラちゃんは両親に相談しても信じてくれなかったのに、空汰に相談して、カリラちゃんの言う事を聞いてくれる人が来てくれた事でゆっくりと話し出した。

 

「駅にいる夢を見たの、そこでお猿さんの顔がついた遊園地にありそうな電車に乗ったの」

 

 その電車には顔色の悪い男女が乗っており、不気味な声で“出発進行“と声がした、カリラちゃんは後ろから3番目の席に座っていると、

 

“次わぁ、活けづくりぃ、活けづくりぃ“

 

 と耳に残る声で聞こえてくる。後ろを見ると「ぎゃあああ!」という悲鳴、一番後ろの席に座っていた男性は刃物を持った小人のような何かにその刃物でズタズタに切り裂かれ、魚の活けづくりのように内臓も飛び散り、悲惨な光景、すぐ後ろで座っている女性は何事もないように座っていて、カリラちゃんは怖い。怖いとただ思っていた。

 そしてアナウンス。

 

“次わぁ、えぐりだしぃ、えぐりだしぃ“

 

 後ろに座っている女性の所に先程と同じ小人が現れ、次はグレープフルーツを食べるようなギザギザのスプーンで女性の目を抉り出した。女性はあまりの激痛にこの世の者と思えない大声で喚き、そして絶命したのだという。

 ここまでくるとカリラちゃんは泣いて助けて助けと祈っていた。

 しかしまたしてもアナウンス。

 

“次は挽肉ぅ、挽肉ぅ“

 

 と、先ほどの小人が何やら小さな機械を持ってカリラちゃんの膝の上に座っている。これは何か恐ろしい事をされるんだ! そう思った時、カリラちゃんは目を覚まして、おねしょを漏らしていた。

 同級生の前でおねしょをしたと言う事を恥ずかしいだろうに、今にも泣きそうになりながらカリラちゃんは続きを話す。

 

「それから……数日後、また同じ夢を見たの」

 

 その夢はえぐり出しから始まっていた。前回とは違う女性が小人の襲われ、またあのアナウンス。

 

“次は挽肉ぅ、挽肉ぅ“

 

 この夢でもカリラちゃんはおねしょをして目覚める事になるのだが……目を覚ます前にはっきりとした声でこう聞こえた。

 

“また逃げるんですかぁ〜? 次に来た時が最後ですよぉ〜“

 

 と、そしてカリラちゃんが入院している間にこの病院では三名の患者が亡くなったという。病院である以上、人が亡くなる事はそう珍しくはない。珍しくはないが……骨折で入院していた女性が心臓麻痺で亡くなっていると言う事実は説明が中々難しいお話ではあった。

 カリラちゃんは盲腸、手術を明日に控えている。

 

「怖くて、眠れないのぉ!」

 

 泣き出してしまったカリラちゃんの頭を魔王様が撫でる。カリラちゃんは魔王様を見ると、いつも通りの笑顔の魔王様。この笑顔は不思議と安心できる。

 

「クハハハ! 桃缶、うまし! 夢の中でのみ暴れる者。ナイトメアの類であろうか? それとも魔術師か? 良い! カリラよ。余の家来となれ! 余は家来を大事にする故、そのナイトメアや魔術師も余の家来とするか破壊しよう!」

「うん! 私なる! 魔王様の家来!」

 

 とそんな約束をしてしまったけど大丈夫かなと凛子は思っていたが、翌日。

 カリラちゃんの手術の日、まさかの魔王様と凛子はカリラの手術に立ち会っていた。

 何故か?

 

「ま、魔王様! なんで白衣着てるんですか?」

「クハハハハ! 一度“どらまぁ“のように手術室に入って本物を見たかったのだ! 余は失敗せぬからなぁ! さぁ、医者達よ手術を開始すると良い!」

「はい魔王様、ではオペを開始します」

 

 魔王様のなんらかの力で、医者と看護師は魔王様と凛子がいる事を自然に思っている。カリラちゃんの全身麻酔の前に魔王様がカリラちゃんの手を握る。

 

「凛子も握ると良い! カリラの夢に入る」

「えっ? そんなこと出来るんですか?」

「クハハハハ! 余に不可能はない!」

 

 今までカリラちゃんの話を誰も大人達は信じなかった。

 そんな中、どこの呪術結社にも、怪異にも属さない異世界の魔王様、すなわち、規格外の存在が現れた。例えばこの魔王様。群れを愛し、自分を愛す者を愛し、美味しいご飯が大好き、異世界ならではの魔法の力と規格外のスキル諸々が魔王様の武器だ。


 ザナルガランの闇魔界の御方・アズリエル。またの名を、魔王様。

 

 とかくだらない事を考えていると凛子は気がつくと駅のホームにいた。横を見るとそこには魔王様。

 そして魔王様と手を繋いでいるカリラちゃんの姿。

 

「魔王様、来てくれたの!」

「クハハハ! 余が参った!」

 

 本当に夢の中に入ってしまった事に驚きを隠せない。凛子はお札を確認するが入っていない。現実世界の持ち物と夢の中はイコールではないらしい。

 そう思っていると、汽笛。

 カリラちゃんの言っていたお猿さんの電車が到着した。夢とは思えないリアルな空気、質感。カリラちゃんの夢の話と同じく一番後ろから三番目に座ろうとしたカリラちゃんと凛子の手を魔王様は引く。

 

「クハハハ! 余はここがいいぞ! ちこう寄る事を許す!」

 

 一番後ろの席に座って景色を楽しむ魔王様。今にも怖くて泣きそうなカリラちゃんを魔王様は膝の上に乗せた。

 

「クハハハ! カリラよ。目が覚めた後、何を食いたいか? この凛子はなんでも美味いものを作れる故、申してみよ!」

「魔王様、なんでもじゃないですよぅ!」

 

 そんな掛け合いの中、クスクスと微笑んだカリラちゃんが言った料理名に凛子は怯んだ。

 

「ブルーチーズとアーティーチョークのキッシュかな」

 

 何それ? どういう食べ物? と凛子が思っていると「うむ! ではそれを凛子に作ってもらおう!」ととんでもない約束をしてしまうので凛子は後程スマホで調べてみるかと苦笑していたらアナウンスが流れた。

 

“次わぁ、活けづくりぃ、活けづくりぃ“

 

 来る! 


 怯えるカリラちゃんに身構える凛子。二人とは違い今もニコニコとしている魔王様。そこに刃物を持った小人が現れた。小人達はその刃物で襲いかかる。

 が……凛子にもカリラちゃんにも、当然魔王様にもその刃物は通らなかった。何度も何度も刺そうとするが、小人達は困惑する。

 

「えっと……魔王様、これは?」

「くーはっはっは! このどこかインプに似ておる連中、余の家来になるか? それとも夢と共に闇魔界に還るか選ぶといい」

 

 魔王様の問いかけに反応せずに小人達は壊れた機械のように何度も何度も活けづくりを行おうとしている。それに魔王様は「他にこいつらの首魁がおるな」と小人達は気にもかけずにふぁーあと欠伸をしていた。

 気がつくと小人達は消え、次のアナウンス。

 

“次わぁ、えぐりだしぃ、えぐりだしぃ“

 

 ギザギザのスプーンを持った小人達が執拗に三人の目をくり抜こうと敢行するが、これももちろん成功しない。再び小人達が消えるとカリラちゃんの言っていたアナウンス。

 

“次は挽肉ぅ、挽肉ぅ“

 

「凛子よ。挽肉とはハンバーグを作るやつではないか?」

「そうですよ!」

「クハハハハ! カリラよ! 余は聰明であろう?」

「うん! 魔王様、素敵!」

「クハハハ! そうかそうか! 余は素敵である!」

 

 車内の和やかな雰囲気の中、挽肉を作る為の粉砕機のような物を持った小人達が一生懸命に凛子達を挽肉にしようとしているがこれもまた通らない。

 魔王様はキョロキョロして、

 

「“べんとぉ“や“あいすくりぃむ“とかの販売はこんのか?」

 

 魔王様が車内販売がないかと暇になってきている事を安易に口にした時、ついにカリラちゃんの夢にない最後のアナウンスが流れた。

 

“次わぁ、終点。圧縮ぅ! 圧縮ぅ!“

 

 お猿さんの電車がどこかに停車した。それは終着駅なのか、格納庫なのか、何もなくあたりも真っ暗な場所。そして異変に気づいたのはメキメキと車内が変な音が鳴る。電車が潰されているのだ。まさに圧縮して中にいる凛子達を潰そうとしている。

 

「魔王様ぁ怖い!」

「ちょっと魔王様、ヤバいですよ?」

「クハハハ! 慌てるな! 余の腹心の暴獣王ディダロスは言っておったぞ? 魔王たる者、何があっても慌てない! 貴様らに特別に暴獣王ディダロスの言っておった“お・は・こ“の極意を教えてやろう! 一度しか言わぬぞ! よく聞け!」

 

 お・怒らずに常に笑顔でいる!

 は・破壊は計画的に美しく!

 こ・殺す時は徹底的に一発一発殺意を込めて!

 

「火事の時の“おはし“みたいですね」

 

 近い話を小学校の頃に避難訓練で凛子も学んだなと思う。

 そんな話をしていると電車は完全に圧縮されてぺしゃんこに、凛子とカリラちゃんは魔王様の力なのか、圧縮された電車の中でも何事もなく潰れていない。

 

「これって今どういう状態なんですか?」

「うん、全然痛くないよ」

「くーはっはっはー! 夢が痛いわけがなかろう? カリラの夢を余の夢の中に引き込んだ。この夢の中ではカリラも凛子も最強である! して、カリラにこの夢を見せた下郎? 聞こえておるのであろう? 魔術師か、呪術師と言った所か? 余の家来となるか、このまま夢と共に果てるか選ぶといい」

 

“呪詛返しか? 答えは逃げるよ“

 

「さようか、お・は・この“は“であるな! 破壊は計画的に美しく。余の至高の死の呪い。ジェネシック・カーズド! 肩に死神を憑依させてやった。鎌の刺青があるであろう?」

 

“は…………なんだこれ“

 

「一日に少しずつその鎌は貴様の心臓に向けて振り下ろされる。100日後、貴様は死の激痛に苦しみ闇魔界に還る。余の家来、それをカリラをいじめた贖罪の時間とするがいい! クハハハハハ! では起きるとするか?」

 

 この夢は誰がなんの目的で行なっていたのか凛子には分からないが、呪殺による物だったらしい。誰かを呪うという事は本来術者の中では禁じられている。そして呪術の中でも最も難しいとされる呪詛返し、魔王様は呪詛返しどころか、呪殺師に夢の中から魔王らしい死の呪いをかけた。


 映画のタイトルになりそうな100日後に死ぬ呪殺師はこの世界の何処かにいるのだろうが、凛子には知る由もなかった。

 ただただ、魔王様やべぇなと再認識して、

 

 カリラちゃんの手術は無事成功。ガスが出て退院したその日にカリラちゃんご所望の“ブルーチーズとアーティーチョーク“のキッシュを凛子は作って待っていた。

 アーティーチョークなる物が野菜で、ザーサイに似た食べ物である事をこの日初めて知った。

 ガーリーな服に身を包んだカリラちゃんは、お母さんと一緒に凛子と空汰の家にやってきて魔王様が出迎える。

 

「クハハハ! よく来たカリラよ! そしてカリラの母君であるな! 入るといい!」

「ママ! この人が魔王様! 私、魔王様のお嫁さんになるの!」

 

 老若男女、誰からも愛されてしまう固有スキル・超カリスマ。

 そんな物を持っているんじゃないかと、カリラちゃんを見て嫉妬の目をしている空汰とメリーさんを見ながら凛子はブルーチーズとアーティーチョークのキッシュを切り分けて運んだ。

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