第三の怪異 魔王様VS手長足長 前編
本日は魔王様と空汰が楽しみにしていたピクニックの日。目的地は動物園。お弁当と300円分のオヤツを持って行こうと思っていたんだけど。
降水確率0%のハズなのに大雨、外を見て残念そうにしている空汰に魔王様が頭を撫でると、
「クハハハハ! そんな寂しい顔をするでない! 余がこの雨を屠ってやろう! クハハハハハ!」
「魔王様、それはダメです! 天気を操っちゃダメなんです」
術者の中での禁忌。天候を操る事。なんでなのかまでは凛子も分からないんだけど、それは術ではなく神の奇跡や魔法の領域、というか魔王様は魔法が使えるから可能なんだろうけど……
「はぁ? 凛子、アンタ魔王様が空を晴れさせてくださるというのだから黙って見てなさいよ! チンケな力しかないくせに」
「メリーさん、だからなんかヤバいから天候変えちゃダメなんでしょ?」
凛子と同い年くらいの年齢の海外の女の子……風の怪異。メリーさん。魔王様の家来になり、必然的に凛子の式神になって凛子の家に住み着いてる。
「でも、僕も魔王様とメリーさんとお姉ちゃんと動物園行きたかった……」
「凛子! 空汰だってこう言ってるじゃない!」
魔王様と仲良しな空汰を味方につけようとするメリーさん、ここは家長代理である凛子がなんとかしないと。
「今日は雨だから動物園は今度にしましょう。動物園は逃げないから今日はみんなで映画でも観に行こうよ! 空汰が観たいって言ってたアニメのやつ」
それを聞いて空汰は目が輝き始める。うん、とりあえずこれでよしとおもったとき魔王様が、
「映画とはなんだ? クハハハ!」
「魔王様、映画は凄いんだよ! すっごい大きな画面で」
「テレビよりもか?」
「テレビなんか比べ物にならないくらいおっきいんだ!」
「ほう! メリー、貴様は知っているか?」
「僭越ながら我が君。映画は何度か観た事があります」
あるんだメリーさん……魔王様ものり気なので今日は映画でポップコーンだな。と……か思ってると、想像通りに厄介ごとが舞い込んでくる。
「すみませーん! 助けてください!」
あからさまに嫌な顔をする空汰とメリーさん。とは言え、助けを求める人を放ってはおけない。
魔王様は……
「凛子、下々の者が助けを求めておるぞ! クハハハ、空汰。メリー。余達も行くぞ! その後に“えぃがぁ“とやらに参る」
魔王様の言葉を聞くと、メリーさんは当然。「はぁい! 魔王様ぁ!」てな感じで、空汰も「うん! やっちゃえ魔王様!」とノリノリなので、今回の依頼者を凛子達は家の中に通した。
お茶を出して話を聞くと、
「すみません、お休みの日に……」
「いえいえ、見たところ学生さんですか?」
「一覧台学園の二年生です。羽鳥路(はとりみち)と言います」
「先輩なんですね。私、一年生の火之兄凛子です。向こうが弟の空汰と、メリーさんに魔王様です」
「……変わったご家族なんですね」
「あはは、まぁそんなところです。ところでご相談内容は?」
「この箱を見ていただけますか?」
それは和紙みたいな紙でできた箱。綺麗な模様だけど破れちゃってる。それを見たメリーさんは、
「何かを封じてあった物ね。それもとんでもない何かを、それだけ凄い結界術が張ってあったみたい。嫌な感じね。時々いるのよね。凛子とは違って人間の癖にとんでもない力を持った術者」
と説明してくれるので、路さんがこの箱がなんなのか話してくれた。かつて会津のあたりで雲を集めて雨や洪水を引き起こす二組の凶悪な天狗の怪異。手長と足長、天候を操る禁忌と言う度を超えた行いに見かねた術者・弘法太師は手長と足長をうまく騙し、小箱に封じたのだと言う。
「この前、お爺ちゃんが亡くなった時に、片付けをしている最中。この箱を親戚が落として壊しちゃったの。その瞬間凄い突風が吹き荒れて、それから……今の大雨が始まっちゃったんだと思うんです」
「要するにこの雨は手長、足長っていう怪異の仕業なんですね。でもどうやって見つければ」
そう困っていると、空汰が魔王様を見て「魔王様どこにいるか分からないの?」と尋ねるので、魔王様は笑顔で「クハハハ! 分からん!」と答え、悲しそうな顔をした空汰にため息をつくとメリーさんが、
「空汰、魔王様の手を煩わせないで! この雨、妖気を帯びているなら、それを強く感じられるところにその手長、足長とかいう私と魔王様のデートを邪魔した愚かな怪異がいるわ!」
いつの間にかメリーさんと魔王様のデートという事になっている事は誰もつっ込まない。
メリーさんの言う通り、妖気を感じる方向を凛子と空汰、それにメリーさんで探す。空汰には魔王様、メリーさんには路さんを連れ、最低限自分を守れる凛子は一人で、
凛子は市民グラウンドの近くで、心音が高鳴るくらい強烈な妖気を感じ取った。テケテケ以上、今まで出会った怪異の中ではあの牛鬼に匹敵するくらい……凛子はグループ通話で見つけた事を連絡する。
凛子は怪異が逃げないように市民グラウンドに結界を……
「ナニシテル?」
この世の者の声とは思えない声が凛子の頭上から聞こえてくる。恐る恐る見上げると、そこには手の異常なくらい長い巨人。これが手長なんだろう。凛子はお札を手長に向けて放つ。
「退魔! 火炎札!」
凛子直筆のお札。低級の怪異ならそこから退散させる事はできるけど、手長は低級じゃなかった。
凛子の火炎札を受けても、
「イタクモ、カユクモネェ! ムスメ、ヨワイガチカラアルニンゲン。クッテクウカイニフクシュウシチャル」
「きゃあああ!」
逃げようとしたけど、すぐに長い手で捕まってしまった凛子。
怖い。怖い、怖い。
手長は大きな口を開けて凛子を食べようとしている。
「助けてぇ! 魔王様ぁ!」
「ダレモタスケニナンカコネェ」
手長が凛子を離した。
大きく開けた口の中に凛子が落ちて、食べられる。そう思った時、青い光が走った。凛子は思いっきり閉じていた目を開けると、そこには魔王様の顔。凛子をお姫様でも抱きしめるように抱え、
「クハハハハ! 凛子よ! 勝手に食われるとは何事か!」
「ま、魔王様ぁああ! 怖かったよぉお!」
「クハハハハ! さっさと“えいがぁ“に行こうではないか!」
凛子を地面に下ろすと「空汰と共に離れていると良い」と魔王様と一緒に来ていた空汰の元へ凛子は駆けていく。
そんな二人を見ると満面の笑顔の魔王様は手長と対峙する。
「クハハハ! 巨人種であるか! 無駄に手が長い! 面白し!」
「オレノエサ、ヨコドリシタナ?」
「貴様、餌と申したか? 余の可愛い家来、凛子を餌とな? クハハハ!」
「ニンゲン、ミンナクウ。オレノエサダァアアアア!」
慟哭した手長、怒っているんだ。獲物だった凛子を奪われて、それも凄い力を感じる怪異。魔王様大丈夫かなと思う凛子。長い両手で掴まれちゃった。
「ほぉ、ひょろ長い割に中々の力である! 面白し! が、余の配下にはまだまだ力の強い者は沢山いるぞ! 無論、余程ではないがな」
手長の力を魔王様は無理やり押し返してる。いつも通りの笑顔。そして魔王様はそのまま手長を地面に叩きつけた。
「クハハハハ! 余は強い。無敵である! なんせ勇者を屠る者であるからな! 貴様、余の家来となるか、それとも滅ぶか選ぶと良い! 余の心は寛大である!」
ゆっくりと起き上がった手長は空に向けて手を掲げた。段々と暗くなる頭上。雷雲が集まってきて、長い手を魔王様に向けると、
ピカっ! 周囲が目を開けられない程に光った。そう思った時、魔王様に稲妻が落ちた。
ゴロゴロゴロ、ドーン! と凛子と空汰が危ないと思った魔王様は凛子たちに何らかの力を使って守ってくれる。
「お姉ちゃん、魔王様が……嘘だよね? 魔王様、死なないよね?」
「……魔王様は……でもあんな純粋な雷の力なんて」
純粋な雷を受けて平気でいられるなんてありえない。天候を操る怪異、魔王様の事だから死んでないとは思うけど……
「オレニタテツイタバツダ! カミナリオトセバドイツモオワリ」
手長のおどろおどろしい声が聞こえる。ズンズンとその影が凛子たちの前まで迫ってくる。凛子は空汰を抱きしめる。
「クハハハハ! 貴様、雷系の魔法を使うのか! が、余を滅するには、闇魔界にはこの程度の光では届かぬぞ?」
魔王様が先ほど落ちたであろう雷のエネルギーを手の中に遊ばせて笑っている。空汰に笑顔が戻る。きっと、多分。凛子も笑顔になったんだろう。
「「魔王様ぁああ!」」
凛子達は魔王様を呼ぶと魔王様は凛子たちに気づき、笑顔を見せてくれる。いつも笑っている魔王様。
「良い余興である。カレーを食べながらでも見たら面白かったであろう。がしかしだ。余に楯突いた罪、このどんよりとした空よりも重い。余も雷の魔法を見せてやろう! 闇魔界の稲妻は少々凶暴であるぞ? ディアボリック・サンダー」
「ナ……ナンダ……ソノチカラ」
嗚呼、駄目だ。
凛子は手長如きに魔王様がやられるなんてどうして思ってしまったんだろうと思う。
格が違いすぎる。
凛子たちを守ってくれる魔王様だというのに、凛子は、呆然と口を開けて自分が滅びる事を受け入れ、立ち尽くしている手長と同じ気持ちでそこにいた。
「滅ぶがいい! して、闇魔界に生まれれば次こそ余の家来になるといい! くーはっはっはー!」
その閃光、いや烈光とも呼べる雷の力は、天候を操る危険な怪異。下手すれば術者十人以上で対処にあたる妖怪、あるいは神仙に近い手長を跡形もなく消し飛ばした。
そこの強烈な妖気を残している事が、手長という怪異が確かに先ほどまでここにいた事を証明していた。
「クハハハハ! 雷の魔法など、実に四百年ぶりである!」
「魔王様!」
空汰が魔王様の元に走っていき、飛びつく。そんな空汰を魔王様は受け止めて、「クハハハハ! 余の寵愛を受けるとは空汰よ。憂い奴め、魔王城では我を求めてあらゆる家来達がやってきたものである! 愉快愉快、して凛子よ。まだ雨が止まぬぞ?」はてと魔王様が笑いながらどんよりとした空を眺めている。
そう手長を倒したのに、雨は止まない。
凛子のスマホが着信した。相手は路さんからだった。
「凛子さん! メリーさんが……メリーさんがぁ!」
そう、この怪異はもう一匹いたのだ。
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