気配(ペットロスを経験した方へ)

藤田アルシオーネ

気配(ペットロスを経験した方へ)

 ペットロスについて少し。

 と言っても重たい内容ではなく、涙を誘う場面は皆無なのでご安心ください。


 まずここで書いていくことは私及び家族が体感したことで、極めて個人的あるいは個別家庭的なことだが、ペットロスを経験した読者の方の中にも、あるいは同じような経験をお持ちの人がいるのかどうかが知りたくて書くことにしました。


 先代のボストンテリアの女の子、リニーが生後3か月の頃、私と両親の親子三人が暮らす家に家族のひとりとして加わり、以降13年間、私たちと生活を共にした。

 ボステリにしては地味な性格で、あまり家から出たがらず、散歩に連れて出てもリードなしでついてきて、途中でキビスを返して一人とっとと帰路につくような子だった。

 ただ、玄関からピンポーンが聞こえると凄い勢いで走りだして「どちらさんですかー」と吠えて訊ねる癖はあった。

 来客があると地味に喜ぶタイプ。飛びついたり舐めついたりするでもなく、お客さんの座っている隣りににじり寄ってくっついて寝るのが彼女なりの歓迎の仕方。

 手のかからないお利口さんの娘だった。

 2010年3月、惜しくも私たちと時を異にすることに。


 彼女がいなくなってしばらくたったある日、親戚が用事で我が家に来ていた時のこと。

 居間に私と両親、それに親戚の4人が座って会話をしていると、部屋のカーテンがゆるりと動いている。

 エアコンは運転していないし、冬だったので窓も開けていない。すき間風は入ってこないから空気の動きで揺れたとは考えられない。

 ストーブがついていたので、それから発生する上昇流が回ったとも考えられるが、であればストーブと反対側にあるそのカーテンは下降流にさらされるので、上から下方向に揺れが伝わるだろう。そんな動きではなく、横になびくようなうねり。

 今もそうだが、うちはずっとストーブ派。冬場の在宅中は常時ストーブがついている。ストーブ稼働中にそれが元でカーテンが揺れたことはこれまでない。

 誰かがカーテンに触れて揺れているとその場にいた人間はみな思ったに違いない。

 親戚は状況がわからないので別として、家人3人は

 「リニーだ」

 と思った。思っただけではなく口に出して言った。

 前に書いた通り、お客さんが来ると喜んで仲間に入りたがったので、この時も多分そんな気持ちで、彼女の姿が見えない私たちに存在を示したのかもしれない。


 うちは家族全員、オカルトや心霊現象に懐疑的であるが、この時は疑うことなくリニーの気配を認識した。



 リニーが見えない存在になって三か月後、知り合いの勧めで新しい家族を迎えることにした。

 同じボストンテリアで、もうすぐ1歳の誕生日を迎える男の子。マイルスと名付ける。

 リニーとは正反対の性格で元気過多、来た当初は何をしでかすかわからないため、しばらくの間、家人不在時は土間でお留守番の憂き目を見た。


 その日、私以外は留守で母屋には誰もいない。私の部屋は別棟の二階にあり、どうしても終わらせなければならない仕事があって、母屋の留守番はマイルスに任された。留守番と言うより居留守番が正確な役割だったかもしれない。

 とにかくひとりで玄関を守っているマイルスは畳には上がれない状況。

 夏だったので二階の部屋の窓は全開にしており、誰か外来者があれば音が聞こえる。

 二階でパソコン作業をしていると、母屋の縁側と思われるあたりから「カツッカツッカツッ」と犬か猫が板の間を中速で歩くような爪音が聞こえた。

 マイルスがどうにかして土間から上がり、家の中を物色していると思い、慌てて下に降りてみると彼はちゃんと土間に居て「どうしたん?」みたいな顔で私を見上げている。

 縁側や各部屋を見回ってみてもノラ猫が上がりこんだ形跡はない。

 現在も住んでいるこの家には、その当時も含めてこれまで一度も猫が侵入したことはない。

 一度だけ隣りの家にいたパグの子が走りこんできて、猛ダッシュで家中を走り回って出て行ったことはあるが、この頃にはパグ男くんはもういなかった。

 ではあの音はなんだったのだろう。家人が留守をいいことに、リニーが久しぶりに家の中を自由に駆けまわっていたのかもしれない。これは私の聞いた「気配」である。

 あまりにリアルな音だったので、実際は猫、たぬき、イタチなど本物の動物だったかもしれないが、猫はともかく、真昼間にたぬきは出てこないしイタチが人家に入ってくることもまずない。台所荒らしの被害も確認できなかった。永遠の謎だ。


 最後は今年の一月に見送ることになったマイルスの気配。

 彼がいなくなって二か月くらいたった頃、私は夜中にインスタントラーメンを作っていた。

 ラーメンスープの袋を開封する前、開けた時に上の方に残ったパウダーがこぼれ落ちないよう、かならず袋の上の方をつまんで振って、パウダーが開封口より下にいくようにする。

 その時もパウダー袋をいつものように振り始めると「アン、アン」とかすれた声がした。

 振るのを止めて耳をすましたが何も聞こえない。そして再度振り始めるとまた「アン、アン」と今度は確実に聞こえた。

 ワンちゃんと生活したことがある人ならわかると思うが「何? それ何?」と興味を示す際、ワンちゃんはいつもと違う「見せて見せて」みたいな鳴き方をする。その時聞こえたのがちょうどマイルスのその声と同じような鳴き声だった。

 食べることをしなくてもよくなったものの、やはり気になったのかもしれない。

 最近は気配を消しているが、リニーもマイルスも実体はなくなったものの、私たちには認識できない形で存在し続けているのだろうか。

 リニー以前にも、うちには何人もいっしょに暮したワンちゃんたちがいたので、そんな子たちの何人かは今もうちに居てくれているかもしれない。

 しかし、彼ら彼女らには私たちが見えても、こちらからは見ることができないので、無視されていると感じているのであろうか。そうであるなら心苦しい。

 今度会えるとすれば、それは私があの子たちと同じ非実体となる存在になった時であろう。

 もしこの世とオサラバしても、あの子たちがいる別の世があるとすれば、少し心休まることではある。


 途中で書いたようにオカルトにはまったく興味を持っていないが、しかしそういった存在はいないと否定するわけではない。

 見えないものを否定してしまうのは客観的ではないと最近思うようになった。

 検証不可能な物理の理論と同じで、観測できないからこの理論は間違っているとは言えないのと同じだ。

 今日はこれ以上書かないが、一度だけ説明付けできない奇妙な体験をしたことがあるし、つい先日は深夜にも関わらず、家のすぐ横の真っ暗な農道で女性が歌っている声を聞いた。

 まあこれは生きたお姉さんだったかもしれないが、同じフレーズを会話するくらいの大きさの声で何度も歌い回していた。

 怖いという感覚はなかったが、生きていてもそうではなくても、誰もいそうにない場所だからと言って誰にも聞かれていないと思い込むのはキケンだ。この時はたまたま私に聞かれてしまい、そのことを今こうやってエッセイのネタにされている。

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