謁見

 外から見たローハイムの王城というものは、まさしく、当時王国が誇っていた石工技術の粋を集めた巨大建築物であった。

 建物を構成する石材の一つ一つが、明らかに選び抜かれた代物であり……。

 それらが、複雑かつ規則的に組み合わさり、城としての形を保っている様には、感嘆の息しか出てこない。


 王都をぐるりと囲う大城壁も、市街の建物や石畳なども見事なものであったが……。

 ここは、その集大成……。

 石の都と呼ばれるに相応しい地の中心で、その象徴としてそびえ立っているのだ。


 ならば、当然こう思う。

 きっと、場内も石に囲まれた空間となっているのだろう……と。

 リーナの単純なその推測は、しかし、大いに裏切られることとなった。

 王家直轄の騎士たちに先導されて歩いた内部は、絢爛豪華の一言だったのである。


 金メッキなどを惜しみなく活用した床も壁も、輝きで目が焼かれんばかりであり……。

 柱には、腕利きの職人によるのだろう彫刻が隙間なく彫られており、一つ一つが、訪れた者を飽きさせない。

 各部屋は、それぞれ趣向を凝らしたのだろう絵画やタペストリーで飾り立てられており……。

 特に、精霊神を讃える内容のものが多いことから、王家の信仰心というものを垣間見られた。


 この城は、確かに国の中心地として、象徴的な役割を背負っている。

 しかしながら、ここへ住まう王族の立場から見れば、また別の役割があるに違いない。

 すなわち――財。

 この王城は、調度の一つ一つに至るまで……王家が長年かけて集積してきた財産の固まりなのであった。


 見る者を萎縮させるほどの、圧倒的な財の数々……。

 それを極めているのが、国王ローハイム十六世が座す玉座の間である。

 巨大な天井は、それそのものが、精霊神による創世を描いた宗教絵画となっており……。

 床は植物を描いたモザイク仕立てで、これは、王国の繁栄を祈願してのものであると思えた。

 天井から吊るされるシャンデリアも、実に巨大で、これに灯すためのろうそく代だけでも、庶民からすれば途方もない額となるであろう。


「フロレント辺境伯の娘リーナよ……」


 これもまた、ふんだんに金メッキの使われた玉座へ腰かけた王が、重々しく口を開く。

 実際にこの目で見たローハイム十六世という人物は、年老いていながら、それを感じさせぬ迫力の宿った人物だ。

 長い髪も髭も、全てが白く染まり、肌からは色艶が失せている。

 しかしながら、全身から放たれる圧力は、この巨大な空間の隅々にまで行き渡るほどであり、眼光の鋭さもまた、猛禽類のそれを想起させた。


 息子たる王子たちの内、三人までも失い、せっかく得ていた孫たちもまた、ことごとくが死に絶えた老人……。

 その事実を、一切感じさせない傑物。

 揺るぎというものが一切ないその姿を見れば、紛れもなく、この人物こそローハイム王国そのものなのだと、納得できるのである。


「王家の一員となるべく、遠路はるばるここまで来てくれたこと……まずは、礼を言おう。

 わしは……王家は、喜んでお主を歓迎し、また、一族として迎え入れよう」


「過分なお言葉、感謝致します」


 持参したドレスに身を包んだリーナは、深くこうべを垂れながら、そう返答した。

 王城へ到着してから、ろくな身支度の時間も与えられずに、この謁見である。

 ただ早く会いたいから、などという理由でこの王が謁見しにくることを命じるはずもなく、そこには、短時間かつ不十分な準備で、どこまでリーナが対応できるか見ようという意図が感じられた。


 こちらとしては、完璧にそれへ応えたつもりだ。

 結い上げた薄桃色の髪は、完璧な整いぶりであり……。

 生家から持参したドレスは、十五歳という年齢の少女に宿る瑞々しさとやわらかさを、極限まで引き立てる仕立てである。

 これで失望を買うようならば、そもそも、自分に王家の末席へ加えてもらう価値などなかったのだと、そう思う他にあるまい。


「そう、固くならずとも良い」


 意図して言葉の響きを軽くしながら、王が相好を崩した。


「今日、この日より、お主はわしの娘となる身……。

 そして、父親というものは、息子にはともかく、娘には甘いものなのだ。

 辺境伯領とこの地では、何かと勝手が違うこともあるだろう。

 だが、そういった不便は、なるべく取り除くつもりであるので、気軽に要望するがよい」


「ありがたきお言葉……」


 あまり、余分な言葉は入れず、簡潔に謝意を示す。

 当然ながら、リーナは一対一で王の前にいるわけではない。

 玉座の間に詰めかけているのは、様々な身分高き者たち……。

 彼らの前で隙を晒し、辺境伯家に不利益をもたらすなど、あってはならないことなのである。


「ふっふ……。

 そうは言われても、そう簡単に気を休めることなどできるはずもなし、か。

 よい、よい。

 そのような油断なさも、王妃には必要とされる資質よ。

 何しろ、お主を嫁に迎える我が息子……。

 第四の王子は、少しばかり、そういった面で隙が多い男なのでな」


「………………」


 その言葉には、答えず。

 されども、頭の中でははてと首を傾げた。

 そういえば、この空間には、居てしかるべき人物……。

 リーナが嫁ぐべき相手である、第四王子の姿がないのだ。


 周囲を囲む人物の中に紛れている、という線はないだろう。

 今となっては、かの人物は国王に次ぐ地位の人物である。

 ましてや、今は嫁となるべきリーナを迎えた初の場なのだ。

 普通に考えれば――父王の傍ら。

 そこに立ち、リーナを見下ろしていているはずだった。


「お主の困惑、理解しているつもりだ。

 わしの愚息が、この場に姿を現していないことへ、疑問を感じているのだろう?」


「……はい」


 事実であったし、これを肯定したところで不敬には当たらぬと考え、短く返事する。


「実は、な……」


 義理の父となる人物は、そんなリーナへ、溜め息混じりに語り出したのであった。


「あの、馬鹿者……。

 到着したのが、つい先程なのだ」


「先程……で、ございますか?」


「うむ」


 顔を上げたリーナに、国王がうなずく。


「寄越された文に書かれていた予定より、実に二ヶ月以上も遅参しての到着……。

 まったく、どこをどう寄り道していたのやら……。

 危うく、自分が妻とする相手よりも、遅れて王都へと入るところだったぞ」


 国王の表情も声も、心底から呆れていると分かるもので、そこに駆け引きのようなものは一切ない。

 どうやら、武者修行に出ていた第四王子は、嘘偽りなく、つい先程到着したばかりのようである。


「それで、ようやく帰ってみれば、見るに耐えぬ酷い格好でな。

 そのような様でお主を迎えさせるわけにはいかず、今、身を清めさせ、身なりを整えさせているのだが……」


 国王がそう言うのと、伝令が玉座の間に入るのとは、同時のことだった。


「陛下、準備が整いました!」


「まったく、ようやく来よったか」


 玉座に頬杖をついた王が、ひらひらと手を振ってみせる。

 それが、合図だったのだろう。


「第四王子殿下の、おなーりー!」


 その言葉に、玉座の間へ集った一同のみならず、リーナもまた振り返った。

 そして、息を呑む。

 身分高き者たちの間を、悠々と歩む男……。

 その人物を、知っていたからだ。


 あの時と違い、髪は香油で固められており、髭は綺麗に剃られている。

 また、着ている装束もまた、王子という身分に相応しい上等な仕立てのものだ。


 しかしながら、身に宿ったさわやかな雰囲気は変わらず……。

 ましてや、腰に差した宝剣を見間違うはずもない。

 第四王子は、ゆっくりと歩み……。

 父王の傍らに立つと、振り返った。

 その顔には、どこかいたずらっ気のある笑みが浮かんでいたのである。


「ようこそ、リーナ殿。

 おれが、第四王子エニクだ。

 どうやら、あなたを娶ることになるらしい」


 第四王子エニクは、あの青き戦士であった。

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