旅の戦士

「さて……酷い有り様だな」


 あれだけ強大な魔物を倒した後だというのに……。

 まるで、ごくありきたりな粘液生物スライムでも切り捨てたかのような様子で、戦士が周囲を見回した。

 彼が視線を向けたもの……。

 それは、膝をつく二人の騎士であり、倒れ伏したままぶすぶすと白い煙を上げる隊長である。


「お前たち、手持ちの傷薬で事足りるか!?」


 戦士が、膝をつく騎士たちに尋ねた。

 薬師が調合した傷薬を携行するのは、武芸者の仕儀。

 当然ながら騎士たちもそれを持ち歩いており、戦士の言葉に頷いて答える。


「ならば、問題はあの御仁だな」


 そうつぶやいた戦士が、急いで倒れ伏す隊長に向かった。


「うむ……」


 戦士はかがみ込みながら、何やら真剣な眼差しを注いでいたが……。

 次の瞬間には、腰の道具入れから小瓶を取り出したのである。

 戦士はそのまま、小瓶の中身を隊長にふりかけていく……。


 一体、どんな薬を使ったというのか……?

 素人目に見ても、もはや助からぬ大火傷であると思えたが……?

 リーナや騎士たちの視線を受けて、戦士がおだやかな笑みを向けてきた。


「まだ息があったので、エルフの里で得た水薬を使った!

 これで、この騎士殿は助かるぞ!」


 その言葉に、いまだ膝をついたままの騎士たちが、ぱあっ……と笑みを浮かべる。

 二人にとって、隊長は尊敬すべき先輩であり、その命が失われなかったことが、素直に嬉しかったのであろう。


「あなた方も、早く自分の手当てをされることだ。

 こちらの騎士殿ほどではないとはいえ、深手であることに変わりはないのだから、な」


 隊長を肩に担いできた戦士が、気安く騎士たちへ語りかけた。

 そんな彼が、隊長を街道に横たえると……。

 なるほど、あれだけの火傷を負った後だというのに、実に安らかな寝顔を浮かべていたのである。


「感謝します……!」


「この礼は、必ず……!」


 若き騎士たちが礼を告げながら、腰の道具入れから水薬入りの小瓶を取り出す。

 そして、これを一気に煽った。

 リーナは飲んだことがないが、戦士が携帯する水薬というのは、酷い味がするものなのだという。

 ただ、その効力は確かで、深手を負った二人の顔色が、見る見る内によくなっていく。

 エルフの水薬とやらには負けるだろうが、辺境伯家に仕える薬師が作ったこの薬もなかなかの評判であり、しかも、傷口にかけるよりも飲んだ方が効果は大きいのだ。


 どうやら、騎士たちは助かった。

 それを確信し、ようやくリーナは緊張を解く。

 それが伝わったのか、相変わらず自分を抱きしめたままでいた侍女も、その手を解いてくれる。


「戦士様……危ないところを助けて頂き、何とお礼を申し上げればよいでしょうか」


 御者に手を引かれて街道へと降り立ち、戦士の前へと歩む。

 そして、スカートの裾をつまみながら、軽くお辞儀をしてみせた。


「わたしはリーナ……。

 リーナ・フロレントと申します」


「これは、丁寧な……。

 しかし、フロレントという姓でその身なり……。

 そして、護衛に騎士が三人……。

 もしや、フロレント辺境伯家のご令嬢か?」


「はい。

 辺境伯は、わたしの父でございます」


「やはりか!」


 リーナの言葉に、戦士が明るい笑みを浮かべる。


「顔立ちが、どこか似ているとは思ったのだ。

 オルトとディエラ……。

 いや、お父上とお母上は、息災か?

 若い頃、世話になったことがあってな」


「まあ、父たちをご存知なのですか?」


 偶然といえば、あまりに偶然な出来事へ、口元に手を当てて驚いてしまう。

 そんな自分を見て、戦士が破顔してみせた。


「まだ若く、無鉄砲な頃、薫陶を受けたことがある。

 そうか……もう、こんなに大きな娘さんがいる年齢だったか……」


 遠くを見据えた戦士の顔に宿るのは、懐かしさと寂しさ。

 おそらくは、昔のことを思い出しているに違いない。


「それで、リーナ嬢はどうして、こんな所を……?

 辺境伯領は遠い。

 手練れの騎士たちが護衛に付いているとはいえ、娘を王都まで寄越すなど、相当な事情だと思えるが……?」


 戦士の言葉に、ぽっと顔を赤らめてしまったのは、乙女として当然の反応であるだろう。

 何故なら、リーナが王都へ向かっている理由は……。


「……輿入れです」


「ほう!」


 結婚話といえば、これは吉報。

 そうと感じたのだろう戦士が、ますます顔を明るくさせた。


「これはめでたい!

 それで、どのようなお相手と?」


「その……第四王子殿下です」


 ――第四王子。


 その言葉を聞いて、戦士が笑顔を硬直させる。


「戦士様はご存知ないかもしれませんが……。

 実は、この国では流行り病の影響か、王家の方々が次々と亡くなられてしまっていて……。

 それで、空座となった王位継承者の枠を埋めるために、武者修行の旅に出ていた第四王子殿下を呼び戻したのです。

 わたしは、その王子殿下に嫁ぎ、これをお支えすることになります」


 すらすらと語れたのは、辺境伯家の娘として受けてきた英才教育の賜物であった。

 生家と王家との結び付きを強めるため……。

 そして、にわかに玉座を次ぐ立場となった第四王子を支え、この国に尽くすため……。

 そのためにこそ、己は生を受けたのだと、リーナは心得ている。


「そ、そういうことか……。

 ならば、おれのごとき流浪者の剣も、たまには国の役に立ったというわけだな」


 何故だろうか?

 先程までは堂々としていた戦士が、ややもじもじとした様子で頭をかく。

 そこで、はたと気付いたようにこう言ったのだ。


「それにしても……。

 ち……国王陛下が健在なため、王位こそ受け継いではいなかったものの、王家のご兄弟はそれなりの年齢だと聞いている。

 失礼ながら、リーナ嬢とでは、随分と年の差が離れているのでは?」


「関係ありません」


 戦士の言葉に、リーナはきっぱりと宣言した。


「そもそも、貴族家の娘というものに、自分で結婚相手を選ぶような自由はありません。

 わたしは、父が選んでくれた殿方のため、ただ尽くすだけです」


「ううむ、立派な覚悟だが……」


 さっきから、一体どうしたというのか?

 戦士が、明後日の方角を見たりしながら、しきりに頭をかく。

 その様子からは、当惑というものがにじみ出ており、とてもではないが、あれだけの怪物を仕留めた使い手の姿とは思えないのである。


「お嬢様……。

 命をお救い頂いたとはいえ、相手は旅の無頼漢。

 あまり、当家や王家の事情を話してしまうものでは……」


 そんな中、リーナをたしなめてきたのが、家から連れてきた侍女アンナであった。

 なるほど、彼女の言う通り……。

 喋り過ぎてしまったことを、リーナは自覚する。


「確かに、少し話し過ぎてしまいましたね。

 戦士様とお話していると、何だか安心してしまって……」


 口をついて出たのは、嘘偽りのない本音だ。

 確かに、アンナが言う通り、戦士の見かけは無頼漢という他にない。

 だが、旅の汚れが目立つ格好であり、手入れもしていない無精髭を生やしていながら、この戦士からはどこか、気品が感じられたのであった。

 もしかしたら、その辺りは、父から受けたという薫陶のおかげなのかもしれない。


「ふうむ……。

 おれの方も、つい深入りして聞き過ぎてしまったな」


 戦士が、騎士たちの方を見ながらつぶやく。

 辺境伯領からついてきた騎士たちは、どうにか動ける程度にまで回復し、今は、昏倒している隊長の気付けに取りかかっている。


「失礼ついでに、このまま王都まで護衛させては頂けないだろうか?

 回復したとはいえ、騎士殿たちはあれだけの怪我を負った直後だ。

 普段通りに動くことは、ままなるまい」


「それは……」


 アンナと顔を見合わせた。

 忠実なる侍女が、そっとうなずく。

 戦士の提案は、渡りに船だったのである。


「では、お願いしてもよろしいでしょうか?

 お礼の方は、お望み通りにさせて頂きます」


「何、礼などご無用。

 かつて恩を受けた辺境伯家……ひいては、王家をお助けするためなのだからな」


 やはり……さわやかな人物だ。

 言葉の一つ一つが、するりと胸に入ってくるのを感じられた。

 そこで、一つだけ聞いていないことがあるのに気づき、リーナはそれを問いかけたのである。


「そういえば、戦士様のお名前をまだうかがっていないのですが……?」


「いや、何……名乗るほどの者ではない。

 おれのことなど、ただの流れ者と思って頂ければそれで結構」


 戦士は、そう言って名乗ることを固辞し……。

 結局、その名を聞くことはかなわなかったのであった。

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