【短編】日本一迷惑な転職活動【現代/SF】

桜野うさ

日本一迷惑な転職活動

 自分の才能を知ろうと思ったきっかけは、旧友、清水しみずの転職だった。

 清水は大学の時に同じサークルで知り合った。互いに就職してからも細々とつき合いは続いていたが、あいつが転勤で他県に引っ越してからはまったく会っていない。その清水が、僕の行きつけのバーに現れた。

「転職したからこっちに戻って来た」

 テーブル席で向かい合いながら、清水は朗らかに言った。

「お前が転職なんて……きっかけでもあったのか?」

 こいつの勤め先はドドド・ブラック企業だった。かつては何度も転職を勧めたのに、聞く耳を持たなかった。

「才能診断マシンを試してみたんだよ」

「なんだそりゃ」

「知らないのか? ほら、CMでもよくやってるだろ」

「テレビはほとんど見ないんだよ」

「電車の中吊り広告もそればかりじゃないか」

「あいにく電車通勤してないんでね」

 就職してからはほとんど仕事ばかりで人間と話す機会もめっきり減ったし、すっかり世の中に疎くなったようだ。

 清水は続ける。

「で、才能診断マシンを試した結果、前職に才能がないとわかった。才能のある仕事に変えたら、楽して成果が出て給料も増えたんだ」

「高級壺売りが言いそうな台詞だな」

「競走馬みたいなもんだ。馬場と距離が適性と合ってないからレースに勝てなかったってわけだ」

 なんとも怪しい話だが、清水がいい転職をしたことだけはわかった。

 僕はカクテルグラスを傾け、コスモポリタンを飲んだ。こんなにうまい酒は学生以来だ。今の仕事に就いてからなにを口にしてもほとんど味がしなくなっていた。

八島やしまはずっと同じところで働いているのか」

「ああ」

「住宅管理会社だっけ。大変そうだな、変な住人もいるだろうし」

 僕は苦笑いを浮かべて「まぁな」と言った。

「その、才能診断マシンとやらはどこに行けば使えるんだ?」

「才能開発センターだ」

 なんて直球かつ怪しさ満点の名前だろう。清水の説明によると、センターは日本の各地にあるらしかった。

「この駅にもあるぞ。行ってみろよ」

「診断料はいくらなんだ?」

「タダだ」

 うさん臭い。と、思ったことが顔に出ていたのだろうか。清水はフォローを入れた。

「センター長は『すべての人間は才能を発揮するべきだ。さすれば世界はより発展する』という考えの元、慈善事業でやってるんだ」

 宗教じみで聞こえるものの、その考えは合理的だ。合理的ばかり追うのは人間らしくない気もするけど。いや、僕に人間らしさを語る資格はないか。

「八島は今の仕事に不満があるか?」

「仕事にまったく不満の無いやつなんていないだろ」

「違いない。そういやお前、俳優になりたいって言ってたもんな」

 俳優になるのは子どもの頃からの夢だった。最初はテレビの前でヒーロー番組の主人公の真似をしていただけだったが、中学で演劇部に入ってからはのめり込んだ。

 父は演劇にかまけて学業を疎かにしていることに目くじらを立てたが、母は「やりたいことはやれる内にやりなさい」と、笑って許してくれた。今思えば、リミットがあるから寛容だったのだろう。

 大学三年生の時、僕の夢は潰えた。母の仕事を継ぐことになったからだ。僕の心には今でも夢のゾンビがしがみついている。俳優の才能がないとわかれば、すっぱり諦められるだろうか。

「転職するかはともかく、自分を見つめ直す機会になりそうだな」

「俺たち来年三十歳だし、いいタイミングなんじゃないか?」

 次の休みに「才能開発センター」に行くことにした。


 才能開発センターは病院を連想させる白い建物だった。自動ドアを通り抜けると、内装まで白い。

「いらっしゃいませ」

 受付に行くと、カウンターにいる白衣の女性二人が僕に頭を下げた。何度も練習したみたいにほとんど二人同時に動く。

「才能の診断ができると聞いたのですが」

「はい。こちらで受け付けております」

 片方の女性が職業的な笑みを浮かべたまま答えた。

 女性たちに案内されるまま番号札を受け取り、待合席に向かった。

 待合席は人で溢れていた。進学校で有名な私立小学校の制服に身を包んだ子ども、その母親と思しき女性、真剣な表情で自己啓発本を読んでいる中年男性、エトセトラ。若者から老人まで様々だ。

 待合席の端っこに「ご自由にお飲みください」と書かれたドリンクサーバーが設置されているのを見つけた。水やお茶、ジュースや紅茶、コーヒーまである。

 ホットコーヒーを貰うと、やけに高級そうなソファーに腰かけた。設備に金をかけられるのは儲かっている証拠だ。診断は無料でできるのに、どこから金が発生しているのだろう。

 客がひっきりなしに来るので待合席は常に混んでいた。二杯目のコーヒーがなくなった頃に僕の番号が呼ばれ、カウンターに向かった。

 カウンター付近でベージュのスーツを着た若い美女が待っていた。

「本日担当いたします、桃木ももきと申します。よろしくお願いします」

 桃木さんは柔らかい印象を抱かせる女性で、肩まであるふんわりとした栗色の髪がよく似合っていた。控えめに言って好みだ。今日はここに来てよかった。

「診断室までご案内しますね」

 桃木さんは建物の奥に向かって歩き始めた。僕は彼女の背中を追った。

 二、三分歩くと、先が見えないほど長い廊下が現れた。やはりここも内装が真っ白だ。廊下の両側の壁には等間隔で扉があり、扉にはそれぞれ番号の書かれたプレートがついている。十七番と書かれた部屋の前で桃木さんは立ち止まった。

 桃木さんは扉を開くと、「こちらです」と僕を中へと促した。躊躇しながら部屋へと足を踏み入れると、いい匂いが鼻孔をついた。

 四畳ほどの広さの部屋だ。真ん中にベッドが設えてあり、端には観葉植物と、加湿器のような機器が置いてあった。あの機器からいい匂いが漂っている。一見リラクゼーションサロンの個室のようだが、ベッドの脇にある機械の強すぎる存在感が、そうではないと主張していた。

「これから脳波を計測します。こちらを頭から被ってください」

 桃木さんが僕に差し出したヘッドギアを装着すると、桃木さんに言われるままに靴を脱いでベッドに寝そべった。ベッドの頭の部分に窪みがあるのでヘッドギアがすっぽりと収まり、寝心地は悪くない。これからどんな診断が行われるのだろうか。

「肩に力が入ってますね」

 桃木さんが僕の両肩に触れる。体温を感じてどきりとした。

「このまま計測しても正確な数値は出ませんよ。リラックスして己を晒してくださいね」

 とはいえ美女に触れられていては、体はますます硬くなるというものだ。

「リラックスモードにしますね」

 突如ヘッドギアからサンバイザーのようなものが飛び出して僕の顔を覆った。目の前が真っ暗になる。暗闇から薄い明かりがぼんやりと浮かび上がったかと思うと、鼓動のような音が聞こえて来た。

「胎児の見ている世界を体験してもらっています」

 薄暗闇の中で桃木さんの優しい声が響く。

「色々試した結果、これが一番リラックスできる光景だとわかったんです。昔を思い出して安心するのでしょうね」

 そんなことを言われて複雑な気持ちになった。彼女のいう「昔」が僕には存在しないのだ。

「八島様は胎児のときの記憶はありますか?」

「いえ」

「私はあります」

「うらやましいです」

「そう言われたのははじめてです」

 桃木さんは意外そうな、けれどまんざらでもなさそうな声で言った。

「こうしていれば八島様も思い出すかもしれませんよ」

「胎内にいたことがないので、思い出しようがありません」

「え?」

「僕は卵から産まれました」

 一瞬、間が開いた。

「……八島様は面白い方ですね」

 桃木さんは笑いながら答えた。冗談だと受けとられたらしい。

「ときどき言われます」

 胎児の世界をぼんやりと眺めながら、存在しない記憶を手繰ろうとした。なにひとつ思い出せない。

 代わりに僕の脳裏をよぎったのは、卵の十個入りパックがいくつも整然と並んでいる記憶だ。卵の大きさはダチョウの物の倍ほどで、銀色をしていた。

 小さな音をたてて卵がひび割れる。中から出て来たのは卵と同じ色の、鱗がびっしりと生えた手だ。僕は自分の薄い皮膚の下に鱗のざらつきを感じ、手をきつく握りしめた。僕という「人間」は大学三年生のときに失われた。


 僕の母は自分の仕事の話をほとんどしなかった。守備義務が多い仕事だから具体的な内容を言えないと聞いていた。僕は母の言葉を信じていたが、ある程度年をとれば、住宅管理会社が仕事内容まで秘密にしなければならない仕事でないことくらいわかる。

 母は犯罪以外はなにをしても許してくれたが、家族が自室に入ることだけは許さなかった。

 大学三年生の時、はじめて母の部屋に入った。母に呼ばれたのだ。

 母の部屋には巨大な本棚があった。本棚には生物学や心理学の本がぎっちりと並んでいた。心理学はともかく、生物学が住宅管理会社の仕事に役立つとは思えなかった。

「貴方はまだ俳優になりたいの?」

 はじめて母の部屋に入った日、重苦しい沈黙のあとで母は切り出した。いつも穏やかな雰囲気の母は、めずらしく緊張感に包まれていた。

「そうだけど」

 僕の声は自然とか細くなった。周りが就職活動をはじめた時期だったから、ついに俳優を目指すのはやめろと言われると思った。

「諦めて」

 予想通りの言葉に、予想通りの落胆を覚えた。母が深々と頭を下げたのだけは予想外だった。

「貴方には私の仕事を継いでもらうことになったの」

 顔を上げた母は罪悪感に満ち、憐憫をたたえた瞳を僕に向けた。

「住宅管理会社って世襲制だっけ」

 自営業ならともかく母は勤め人だ。

 母は僕の問いには答えずこう言った。

「これからする話は誰にも言っては駄目よ」

 母の声が低くなる。なにかが壊れる予感に息がつまった。

「……父さんにも?」

「私たちの存在は、すべての『人間』にバレてはいけないの」

 その日、母の仕事と僕たちの正体を知ったのだ。


 診断中に眠っていたらしい。唾液が垂れているのに気づいて口を拭った。眠っている間にヘッドギアは外されていた。蛍光灯が眩しい。

「終わりましたよ。お疲れさまでした」

「え? もうですか」

 あまりの呆気なさに拍子抜けする。

「ふふっ、私が診断を受けた時も同じ反応でしたよ」

「桃木さんも診断を……」

「ええ。おかげでこれ以上人生を無駄にせず済みました」

 ずっと冷静さを保っていた彼女の声に、陰りが混じった。

「かつて私は、才能がない仕事に就こうと必死でした」

「なんの仕事ですか?」

「女優を目指していました」

 思いがけない二人の共通点に驚く。

「十代前半で劇団に入って三十歳過ぎまで頑張りましたが結果は出ませんでした。三年前――マシンが出た頃に診断を受けて、才能の無さを知ったのです」

 桃木さんの静かな語り口に、妙な切なさを感じた。

「もっと早く才能がないと気づきたかったです。社長はいつも言っています。人間は無駄なく合理的に生きるべきだと」

 彼女の言葉は、僕を大学三年生の春に連れて行った。これまでの人生が無駄だと思ってしまったあの時に。

「好きなことに時間を注ぐのは無駄じゃありませんよ」

「その考えも素敵ですね」

 言葉とは裏腹に、桃木さんの声は冷ややかだ。

「少子高齢化と人口減少が進み、労働者が不足しています。今後、不足は加速するでしょう。問題を解決する方法はなんだと思いますか」

「子どもを増やす、ですか?」

「女性も働く時代にむずかしいですね。正解は、すべての人間が才能を発揮し、労働の無駄を削ぎ落すことです」

 桃木さんは力強く言った。

「社長の受け売りです。社長の考えには賛同者も多く、たくさんの方がスポンサーになってくださいました」

 だから施設の設備に金をかけられたのか。

「皆が才能を発揮し、生き生き働く社会は素敵だと思いませんか?」

 セリフが宗教じみて来てゾッとした。早くこの場を去ろうとして適当な相槌を打つと、桃木さんの瞳がひときわ輝いた。

「賛同していただけて嬉しいです。……八島様には特別に、我が組織の秘密をお話しましょう」

 空気が重くなり、固唾を飲んだ。

「社長最大の目標は、人類のレベルアップです。敵を打ち破るために必要なのです」

 心臓が大きく高鳴った。

「敵……それは一体」

「私も知りません」

 桃木さんの声が不自然に高くなる。この不自然さは嘘をついている人間の声だ。「守備義務」でもあるのだろうか。

「まさか宇宙人とか?」

 一瞬、間があいた。

「SFがお好きなんですね」

 桃木さんは冷静さを崩さなかった。

「本日の診断結果は一週間以内に郵送でお渡しいたします。カウンターで住所の記入をお願いしますね」

 桃木さんは淡々とした口調で言った。

――私たちの存在は、すべての『人間』にバレてはいけないの。

 母の言葉を思い出した。

 僕らの存在は、既に一部の人間に知られているのかもしれない。


 その晩はほとんど眠れなかった。思考がスクランブル交差点の人間たちみたいに錯綜していたからだ。

 何度目かわからない寝返りを打った頃に、聞きなれたアラームの音が響いた。もっとベッドの中で眠気を遊ばせていたかったのに。

 渋々ベッドから体を起こすと、惰性で朝の支度を済ませ、母の部屋だった場所に向かった。

 母の部屋は主人を失くした後も変わり映えしなかった。巨大な本棚に収まっている本をいくつか引き抜いて並べ替えると、本棚の中心が開いて指紋リーダーが現れた。指紋リーダーに人差し指をかざすと本棚が右にスライドし、エレベーターの入り口が姿を見せた。僕はエレベーターに乗り込んだ。

 永遠かと思えるほど長い時間エレベーターに乗っていると、やがて最深部へ到着し、扉が開いた。

 前方には、これまた長い廊下が伸びている。廊下は途中で右へ左へと何度も曲がっている。侵入者を執務室に入れないため、迷路になっているのだ。毎日毎日これを歩かされるのは面倒くさい。ゲンナリした気持ちで歩いていると、ようやく執務室にたどり着いた。

 入口付近にいた僕の秘書――O-1379さんが僕に気づいてこちらを見た。O-1379さんの皮膚は無機質な銀色の鱗で覆われている。二足歩行ではあるが、人間とはほど遠い造形をしていた。――僕もひと皮剥けばこの姿だ。

「おはようございます。日本国管理責任者」

 何度呼ばれてもなれない大それた肩書だ。僕は、仕事とこの肩書を母から受け継いだ。責任者と言ってもあくまで組織の一人だから、できることは限られているし、ヘマをすれば首を切られる危うい立場だ。そして僕がいるこの場所は、地球管理センターの日本支部だ。

 はじめて母の部屋に入った日、母は言った。

「私たちの祖先は宇宙からやって来たの。お前で十七世代目よ」

 祖先たちの母星は、戦争と環境破壊で生物が住める状態ではなくなってしまったそうだ。新しい星を探し、移住する計画を立てた。最適な星が地球だった。誤算は、既に知的生命体がいたことだ。

「地球人は私たちより劣っているけれど数が圧倒的に多い。支配するには準備が必要だった」

 祖先たちは秘密裏に地球を管理することにした。地下深くに住居スペースと管理施設を作り、自分たちの数を増やしながら、管理する範囲を広げて行った。

 そうしながら、祖先たちが住みやすい環境に作り替えられていったそうだ。多様な文化を持っていた国たちが似たような進化を遂げてしまうのは、僕らの影響らしい。

「長い年月がかかったけれど、地球は私たちの母星の環境に近づきつつあるわ」

 信じられない話に狼狽する僕を、母はここに連れて来た。幾千もの銀色の生命体が、それぞれのデスクでモニターをチェックしたり、見たこともない巨大な機械を動かしている光景を――つまり、今目の前に広がっている光景だ――を僕ははじめて見たのだ。

「僕らはあいつらの仲間なのか」

 母はポケットからボールペンを取り出すと、デスクの上で左手の甲を思い切り突き刺し、そのまま皮膚を割いた。切り裂かれた皮膚から顔を覗かせたのは、びっしりと生えた銀色の鱗だ。

「そんな顔しないで、人間より丈夫なの。痛みも感じないわ」

 母の顔は苦痛に歪むどころか、顔色ひとつ変わっていない。

「貴方の体は人間として違和感なく暮らすため、一時的に痛覚を調整しているの。ここで働くようになったら元に戻すつもりよ」

 母の言葉にゾッとした。人ではないものにされる。いや、元より人ではなかったようだが。

「どうしてこれまでなにも教えてくれなかったんだ!」

 母はデスクに設置されたモニターのひとつを見やった。首都のスクランブル交差点が映っていた。

「私たちが地球を支配する計画は、次のフェーズに入ったの。少数ずつ地上へ送り込み、経過を観察するフェーズよ。私たちの存在は知られてはいけない。なにも知らなければ、秘密をばらすリスクがないでしょう?」

 僕が人間として生きていた時間が無駄になるのはリスクとして考えないようだ。

「父さんも知っていたのか」

「いいえ。彼は人間だもの」

「僕の本当の父親は誰なんだ」

「私たちはみんな繁殖用生命体から産まれるの。――今から孵化部屋に連れて行ってあげるわ。本当の父親と母親に会わせてあげる」

「本当の母親……? じゃあ、母さんは……」

 母――だと思っていたものは無表情で頷くと、踵を返して迷うことなく歩いて行った。僕は情報が渋滞を起こす頭を抱えたまま、しばらくその場から動けなかった。


「顔色が優れませんね」

 O-1379さんの声で現実に引き戻された。心配してくれているようだが、無表情のため心の底は読めない。

「あまり眠れなくて」

「回復カプセルを使えばよろしいのに。どうして人間用のベッドなんて不便なものにこだわっているのですか」

 回復カプセルとは、三十分で八時間睡眠に匹敵する疲労回復をしてくれるベッドだ。ある程度の怪我であれば治療もできる。強制的に意識を遮断されるせいで夢を一切見ないのが嫌で使わなかった。ロボットになったみたいで気持ち悪い。

「貴方に倒れられたら困ります」

「わかった、きょうは無理せず帰るよ」

 執務室と孵化部屋をひと通りチェックし、調整して帰路についた。エレベーターに乗っている間にスマートフォンを見ると、清水から連絡が来ていた。

〈お前と話したあとセンターについてまた調べてたら、妙な噂を見つけた。送るわ〉

 清水はウェブページのURLを貼ってくれていた。URLをクリックすると、都市伝説をまとめたサイトに繋がった。そこにはこう書かれていた。

〈才能開発センターでは、時々人間とは思えない脳波の者が見つかる。彼らは秘密裏に処分される。才能開発センターは、人では無い者をあぶり出すことも目的としているらしい。〉

 嫌な予感がする。

〈八島が人間じゃなかったら面白いな!〉

 メッセージのあとに、ゲラゲラ笑っているコミカルなキャラクターのスタンプが来た。そのデフォルメ化された絵に、なぜか寒気がした。

 母の部屋に戻ると違和感を覚えた。複数の視線を感じる。窓を開け、身を乗り出して外を見た。首筋になにかが当たった。ちらりと見るとナイフが刺さっていた。人間なら致命傷だっただろう。

「……化け物め」

 背後で誰かが呟いた。聞き覚えのある声だ。ふり向くと「誰か」と目があった。

「桃木さん?」

 なぜ彼女がここにいて、僕にナイフを突き刺している?

「診断結果から、貴方が『人類の敵』であることがわかりました。脳波まで人間にすることはできなかったようですね」

 桃木さんは冷淡に言う。

「僕らは敵じゃない」

「私たち人間を支配している侵略者なのに? 我々は貴方たちの支配を破り『自分』として生きて行きます」

 物陰から、複数の男女が現れた。全員武器を携えている。この数にやられたらただではすまない。こんなところで殺されてたまるか。

 意を決して窓から飛び降りた。裸足がコンクリートに叩きつけられる。痛みはなかった。僕はそのまま一目散に駆け出した。

 逃げきった! と思った矢先、前方に複数の男女が現れて取り押さえられた。矢継ぎ早に背中になにかが当たる感触がしたかと思うと、意識が遠ざかって行った。


 目を覚ますと回復カプセルの中だった。めった刺しにされたはずだが、見える部分の――全裸なので表側は全てだ――傷は癒えている。

 前方にいたO-1379さんが、僕の目覚めに気づいてカプセルの操作盤をいじった。ゴポゴポと音を立ててカプセル内に満ちていた液体が排出され、出入口がひらいた。

「助けてくれたのか」

「はい。私ではなく救助部隊が、ですが」

 O-1379さんは、着脱のしやすい作業着を僕に手渡した。僕は素早くそれを羽織る。

「僕を襲った奴らはどうなった」

「ほとんど処分できましたが、一部には逃げられました。我々の存在に気づいている組織がまた出て来たとは……」

 O-1379さんはデスクに置いてあった携帯端末の画面を僕に見せた。

「貴方に回復を施しているあいだに、各国の管理責任者による会議が行われれ、このように決定しました」

 携帯端末の画面には日本を半壊させる計画について書かれていた。明日より小規模な地震を毎日起こし、しかるべきタイミングで大震災を起こす……と。

「貴方を襲った組織は数が多いので、国ごと半壊させることにしたそうです」

「半壊させたら多くの犠牲者が出る」

「環境整備のための労働力が失われるのは痛手ではありますが、一時的なものです。それに日本はちょうど人口を減らしているところですから」

 無機質な銀色の鱗に天井のライトが不気味に反射した。彼らにとって、人間など駒でしかないのだ。

「明日から計画を進めます。――責任者の許可さえ降りれば、ですが」

 責任者とはいえ、あくまで組織の一員である僕に反対する権限はない。

「それから、貴方には後任を探していただきます。今回の件で、貴方の処分が決まりました」

 どこかで予測していた言葉が、O-1379さんの口から放たれた。

 母がいきなり僕に跡を継がせようとしたのは、仕事で失敗したからだ。母は僕に引継ぎを行ったあとで処分された。僕らも駒だ。社会を守るための、代替可能な。

――我々は貴方たちの支配を破り「自分」として生きて行きます。

 桃木さんの言葉を思い出した。彼女たちにとっては僕も敵らしいし、あちらにも歪みは感じる。とはいえこのまま大人しく処分されるなんてごめんだ。

「……転職だ」

 誰にも聞こえないくらい小さな声で僕は呟いた。僕の決断がやがて地球を大きく変えるとは、この時はまだ知らなかった。

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