その名はイエローフェザー
私の部屋の中にカチカチという音が響く。私も、一緒にいる朔月も、一言も発さない。ゲームに集中しているのもあるけど、あまり喋る気分じゃない、という側面が大きい。
しばらくして、大袈裟な不協和音と共に「GAME OVER」の文字がゲーム機の画面いっぱいに映し出された。
「だ〜めだ、サマちゃんいないと勝てないね」
朔月が手に持っていたゲーム機をベッドの上に放り投げる。私も同感だった。実際、私たち3人の中でゲームが1番上手いサマザーがいない今、この難関ステージがクリア出来ないのは殆ど当然と言っていい。
「サマザーが帰ってくればな」
サクラの告白の後に会議室を飛び出していったサマザーは、未だ戻っていなかった。
彼女は人一倍真っ直ぐで、サクラに全幅の信頼を寄せていた。その分、「裏切られた」と感じたときの心情は、もしかしたら……。
「アヴィ、もう1回しよっか」
「……うん」
朔月はゲームの再開を提案してきた。独りだと嫌でも頭の中がぐるぐるしてしまうので、こんな時は朔月の存在がありがたい。私はゲーム機を構え直し、ボタンを押し込む――。
「お困りのようだなぁ!若人諸君!」
その時、部屋のドアが激しい音を立てて開いた。
◇
ばたん、という音。それに少し遅れて、黒い帽子が地面に落ちる。
「なんで引き倒すんだよ〜……!」
「侵入者には身体が勝手に動くようになってまして」
「ごめん、こいつを許してあげてくれ」
黄色い髪の女の子が部屋に入ってきた瞬間、朔月に制圧された。敵意はなさそうに見えるけども、一体誰だろうか?
私と同じくらい……いや、私より歳下に見えるその少女は涙目で訴える。
「私の名はイエローフェザー! 夜桜荘のシステム周りを統括している替えの効かない人材だぞ!?」
「んー、免許証には『森きいろ』って書いてあるけど」
「何故私の財布を持っている!?」
さっき朔月が彼女を制圧した際、同時に財布を抜き取ったのだろう。器用というか、手癖が悪いというか。
どうやら本当に夜桜荘の住人らしいので、私は朔月に盗品を返すように促す。朔月は免許証を丁寧に財布にしまってから持ち主に返却する。
「森さん、朔月がごめん。多分コイツも悪気がある訳じゃないんだけど」
「私のことはイエローフェザーと呼べ!」
「……イエローフェザー、朔月がごめん」
イエローフェザーと呼ぶと、彼女は気を良くしたのか、ぶかぶかの
何なんだ、この人。何しにここに、というか――。
私が気付いたことに、朔月はもう少し早く気付いたようで、彼女に問いかける。
「イエローフェザーさん、どうやってここに入った? この部屋、鍵かけてるはずだけど」
すると、イエローフェザーの口角が更に上がる。帽子の奥でオレンジの瞳が怪しく輝いた。可笑しさを堪えきれないといった様子で笑いを噛み潰してから、彼女は言った。
「『ハッキング』だよ、少年」
「ハッキング……?」
「そう。不思議でもないだろう? 夜桜荘のセキュリティを管理しているのがこの私なのだから」
私と朔月は、同時にドアへと目をやる。そして、顔を見合わせた。
「あー、この部屋オートロックとかじゃなくて普通にドアノブの鍵でプライバシー守ってて……」
「ハッキングじゃなくてピッキングだよね」
「……ピッキングもハッキングだろ」
「苦しいねお姉さん」
とりあえず、不法侵入してきたことは判明した。イエローフェザーがわざわざそこまでして私の部屋に入った理由は一体何だ?
そう問いかけてみても、明瞭な回答はされない。彼女は口をもごもごとさせるだけだ。
そんな様子を見て、朔月が痺れを切らす。
「森きいろさん、俺もアヴィも今ちょっと不審者に構ってる元気ないんだよね。よければほっといてくれない?」
「……ほっとけないからここに来たんだ」
イエローフェザーは小さく、しかし力強い声で答えた。
「さっきの会議には私も出席していた。私は普段は仕事で缶詰めだから、君たちを見るのはあそこが初めてだった」
驚いたよ。下を向いて、彼女は呟く。
「女2人は血を流しながら訓練していたと聞いていたし、男は教団内でエリートだと小耳に挟んだ。どんな怖そうな奴が座ってるかと思ったら、それがどうだ? まだ子供じゃないか」
帽子の鍔に隠れていて、彼女の表情は見えない。ただ、声色からは怒りとも哀しみともつかないものを、私は感じた。
「君たちも確固たる意思で戦っているんだろうし、我々はそれに縋るしかない。だが、中心となるサクラがあの調子だ。前々から抱え込むタイプだとは思っていたが……」
だから、それで、その。イエローフェザーは言葉に詰まり、私たちを交互に見てから、やがて口を開いた。
「君たちが心配で、様子を見にきたんだ」
「……そうなんだ。じゃあ、ありがとう」
朔月はイエローフェザーの言葉をとりあえずは信じたらしく、感謝を伝える。私もやや遅れて同じことをした。すると彼女は照れくさくなったのか、また帽子の位置を直してから、静かになってしまった。
結局のところ、彼女は思ったとおり悪い人ではなかったようだ。ピッキングで不法侵入はされてるけど……。
「まあ、君たちは比較的元気そうで良かった。問題はサクラに1番懐いていた緑の子か……」
イエローフェザーが暗い顔をしながら考え事を始めたのとほぼ同時に、私と朔月のスマートフォンに通知が来る。それは、サマザーからのメッセージだった。心配をかけたことを謝罪する内容と、今から帰るという旨。そしてもう1つ。
「イエローフェザー、私たちとサマザーを心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だ」
「ほう? それは一体どういう意味だ?」
私は彼女にサマザーからのメッセージを見せる。そこには、サマザーが考えた明日の作戦立案が書かれていた。
最初は呆気に取られていたイエローフェザーだが、やがて声を上げて笑い出す。
「は〜、成る程……あの子は私が考えるより遥かにやんちゃだな。よし、このイエローフェザーが作戦開始までの時間でお前のヘッドセットにカメラ機能を仕込んでやる」
「うん、頼んだ」
私は頭から取り外したヘッドセット型デバイスをイエローフェザーに預ける。彼女はそれを受け取ると、不適な笑みを浮かべた。
「全員、必ず無事に帰ってこい。そしたらこのステージの攻略法を教えてやる」
イエローフェザーはベッドに放置してある私のゲーム機を指さして笑う。そんな彼女に朔月は驚きながら、半信半疑で尋ねる。
「森さん、ここクリア出来るの!?」
「当然だ」
イエローフェザーは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「プログラマーならばゲームも上手い。ソロクリア余裕だ」
「……友達いないの?」
「少年、世の中には言っていいことと悪いことがあるものだぞ」
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