星空区の瞬き

かわの

星空区日誌

アヴィと朔月の朧げな気持ち

 午前0時を数分過ぎた時刻。私は、考え事が止まらないせいで、何となく眠ることが出来ずにいた。

 私にとって、こういう夜は珍しくもないことだった。私はあまり過去を振り返ってクヨクヨするようなタイプではないけど、なにせ悩みの種が無数にある。記憶喪失の自分、その過去と未来、家族は今どうしてるのか――脳内会議の議題は尽きない。


 ダメだな。これは長引く。

 そう判断した私はベッドから起き上がって、窓を開けてベランダに出る。師走の凍りつくような風が、眠気を完全に飛ばす。でも、どこかさっぱりとした気持ちになる。

 何分かここで物思いに耽っていると、寒さでベッドが恋しくなって、再び布団に潜り込んだ時に感じる心地良い温もりのお陰で眠ることが出来るのだ。


 本日、私の安眠を妨害するテーマは、『自分の存在意義』だった。私は、自分が誰なのかを確かめるために戦っている……のが4割。残りはムカつく奴をぶん殴って平和に貢献し、多額のお小遣いを貰えるからだ。


 今の生活には満足している。この荒れた時代には充分すぎる程の衣食住が確保されていて、友達もいる。戦ってるといっても、死にかけたのは数える程しかないし、その時も痛かったけど怖くはなかった。私が怖いと感じるのは――。


「アヴィ、何してるの?」

「ギャー!?」


 突然、背後から声をかけてきた男、剣川朔月。私が死にかけた原因その1だ。その上、私が怖いと感じるビックリ系の驚かしで登場しやがった。


「夜中にそんな大声出したら近所迷惑だよ」


 けらけらと笑う朔月を睨みつける。コイツの人を小馬鹿にするような態度は本当に嫌いだ。


「それでお客さん、今日はどんなことでお悩みですか?」

「……客じゃないし悩んでない。というかここ私の部屋なんだけど?何で勝手に入ってきてるんだよ」

「夕方から暗い顔してたから心配だったし、正直に入れてって言っても入れてくれないでしょ?」


 反論できない。デリカシーがないくせに観察眼は鋭くて言い訳や屁理屈が上手い。気に食わないので私は黙って星空を見上げていた。


「にしても、綺麗だね〜。昔は東京でこんな満天の星空は見れなかったらしいよ」

「……あっそ」


 正直、今は独りになりたくなかった。朔月は1人でもぺらぺら喋るのでこういう場合に便利だ。


「てか今日満月じゃん!なんかラッキー……ってヤバいお姉ちゃんへおやすみの挨拶してなかった!」


 朔月の姉、剣川満月。怒らせたり悲しませたりするとヤバい存在だ。朔月がご機嫌を取る必要がある。

 それにしても、勝手に感情がコロコロと変わるコイツは見ていて面白い。


「……ふふ」

「え、今アヴィ笑った?」


 無視。コイツを喜ばせると調子に乗る。


「まあ、ちょっとでも元気になってくれたならいいや」

「……」

「あ、そういえばさ、明々後日……もう明後日かな?クリスマス会やるじゃん?プレゼント交換会のプレゼント用意した?」


 あー……サクラが楽しみにしてたやつだ。完全に忘れてた。そもそも、私には誕生日もクリスマスも記憶にないから、どんなものを用意すればいいか見当がつかない。


「その様子だと忘れてたでしょ?何でもいいんだよ、自分の誕生日に貰って嬉しかったもの、とか……」


 朔月の様子を横目で伺う。「しまった」と顔に書いてある。私はちょっと意地悪したくなって、それを言葉に出す。


「私、誕生日なんて記憶ないけど」

「アヴィ、ごめん、俺……」


 ほんの少しの満足感と、その何倍もの自己嫌悪。

 いつも調子に乗ってる朔月が慌てる。それが見たかったんだけど。

 私の目に映る奴の表情は、心の底から後悔して、自分を責めていることが馬鹿でも分かった。


「本当にごめん、俺、帰るから」


 違う。謝るのは私の方だ。

 朔月は私を心配してくれたのに。

 私は、そんな自分が惨めで、情けなくて、大嫌いで、それを八つ当たりして。


「ぃ……」


 行かないで。たった5文字だろ。

 ごめん、なら3文字で済む。

 言え、早く言え。言えない。早く。


「っ思い出した!!」

「……アヴィ?」

「今日、12月23日が、私の誕生日だったんだよ!」


 は?


「いっ、いやだから、今日が私の誕生日で、それを思い出したんだって!」


 ぽかんと口を開けている朔月。多分、私も同じ気持ちだ。

 でも、帰る足を止めてくれた。


「……マジ?何歳になったの?」

「えっ……と、13、だな。13歳」

「じゃあ、俺と同い年か」

「いや14歳だった」

「絶対今決めたじゃん!」


 爆笑する朔月。確実に近所迷惑だろう。でも、笑ってくれて良かった。


「じゃあさ、今日プレゼント交換会のプレゼントを一緒に買いに行くついでに、アヴィの誕プレも買おうよ」

「も、もちろん買ってもらうからな」


 私は自分の誕生日なんて覚えてない。朔月にも勿論バレているだろう。でも、そんなことはもう重要じゃなかった。

 私の誕生日は、12月23日だ。


「お小遣い使いすぎたから予算1000円くらいかな〜、何か欲しいものある?」

「ゲーミングパソコン」

「俺の1000円は!?」

「お姉さんに借金でもしろ!」


 そろそろ冷えてきたので、朔月に無茶振りしながら一緒に部屋の中へ戻る。窓に鍵をかけて、カーテンを閉めると、朔月は自室へ帰ろうとしているところだった。


「さ、朔月」

「何?」


 ありがとう。


「ぁ……明日、寝坊するなよ」

「……えへへ、アヴィこそ」


 ぱたん、扉が閉まる。

 ……あ〜あ、またやっちゃった。どうして素直に自分の言葉を伝えられないんだろう?これは明日の脳内会議の議題になりそうだ。


 部屋の扉にも鍵をかけ、僅かに温もりが残っている布団に入る。無意識にスマホを手に取ると、通知が1件届いていた。朔月からだ。


 そこには、『どういたしまして』の文字と、ピースサイン の絵文字が表示されていた。


「……うぁ〜!」


 形容し難い感情に襲われた私は、スマホを投げ捨てて掛け布団を頭まで被る。

 ムカつく。ムカつくのに、何で私はニヤけてるんだろう?

 眠気で回らなくなってきた頭ではよく分からなかった。今日のテーマの『存在意義』なんてもっとよく分からない。

 でも――来年も、その次も、その先も、私の『誕生日』を祝ってほしいなと、薄れていく意識の中でそう思った。

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