第二章14 『謀略』

「……信じ……たいけど……」


「……信じられないの……」


 かの存在のことを二人に話した。

 この世界にもどうやら魔術といった非現実的要素が無く、強いて言えばこの無限の夜だけ。不審がられるのも無理はない。


「……私もまだあんまりわかってなくて……私の意思でを自由には操れないし、凄く危ないってことくらい……」


「物語でそういう不思議な力を使うものは幾つも見たことがあるけど……でも僕の目と似たようなものか……? いやしかし流石に度を越して……」


「――あんたたち、ミズカを疑うっての〜!? てかそういう話なら、当事者の私も混ぜて話すのが筋ってもんでしょ〜よ」


 先に会話を抜けたのはお前だろ、と言わんばかりにレイは睨みを利かせたが、ヒカリには至って効果が無かった。


「……ってまあ自信満々に飛び出てきたのはいいけど、私もあの時頭が限界であんまり見えてなかったんだった……。ん〜……まあでも、ミズカの方から何かすんごいのが飛び出てたのは本当かも」


「証言あり……か。他人ならともかく、この単純人間が言うなら本当だろうね。ヒカリもアサヒと同じで、たまに役に立つもんだから扱いに困るよ」


 皮肉を聞き捨てならなかった本人たちが、その後ネチネチとレイに噛み付いていた。

 妹であるはずのメイがいつも優秀なボディガードとして働いているため、大した障害にもならなかったようだが。


「でもまあ解った。頼み事の件はやっぱりもう少し考えることにするよ。今はまだ、確信的な情報が足りていない。僕はもう行く」


「ええっ!? さっき集まったばかりなのにもう行くの!? アサヒなんかずぅーっと空見てただけだよ!?」


 足早に去ろうとするレイを、ヒカリが引き止めようとするも、レイは振り向く素振りさえ見せなかった。


「何よレイ〜! すっかり大人ぶっちゃって……可愛くない!」


 ヒカリは無視されたことに拗ねていたが、少女はレイの行動に違和感を覚えていた。

 レイは無愛想な性格ではあるが、呼びかけに応じもしない程邪険な態度を見せたことは無いのだ。


「――ミズカ」


「……あ、あれ、メイちゃん? 追いかけなくていいの……?」


 少女の袖を引っ張っていたメイは頷くと、言葉数が少ないまま、レイとは逆方向に少女を連行した。

 歩幅は子供ながらに小さいものの、どこか急く様子があった。


「……メ、メイちゃん? ……どうしたの……?」


「そうよ〜。女子会するってんなら私も誘ってもらわないと〜」


 しれっと後ろを歩いていたヒカリの発言はどこかズレていたが、メイはまるで聞いてすらいない様子で次第に図書館との距離を離していく。


「いいから黙ってついてくるの」


 レイと同様、いつもの無愛想な性格からは少し度が過ぎている。

 明らかに様子が変だ。

 この兄妹に対する少女の疑念が、一歩ずつ深まっていく。


「……あのぉ……まさかの俺放置っすか……?」


 少女たちの移動の最中、遠い後ろからそんな小さな嘆きが儚く消えた。


* * * * * * * * * * * * *


 それから少し時は過ぎ、アサヒは自らが所属している自警団本部へと到着した。

 触れればミシミシと音を立てる玄関の扉を雑に開いたことで、細かな木屑が隅の塵山を高くする。


「アサヒ、たっだいま戻りました〜! ヤコウ団長、やっぱりこの扉立て替えた方が良くないすか?」


「あれ程言ってもそんなに乱暴にするのはお前だけだ。いっそお前が壊してくれりゃ、街の予算も下りるかもだが……責任は負えんな」


 自警団団長のヤコウは、暗い部屋の中厚い資料の山を丁寧に目を通していた。


「暗いのが好きなのはいいすけど、目悪くなりますよ〜?」


 玄関のすぐ横に掛けてあったランプに火を灯し携帯すると、アサヒはヤコウの元まで駆け寄り、手元の資料を照らし見た。


「……ヒカリの両親の事件っすか……」


「正直、解決までにはもう時間はかからん。ただ……問題なのはあのミズカとかいう娘だ……」


「ミ、ミズカは悪いヤツじゃないです! 俺が保証します!」


「そうがなり立てるな。お前のことは信用できるし、何より被害者の娘であるヒカリも彼女を肯定している。だが、ならばなぜあそこまで酷い返り討ちをすることになったのか、未だ謎でな」


「……そ、それは……」


 アサヒは仄聞いた少女の話を思い出したが、団長を取るに足らない反応をするだろうと説得を諦めた。


「死体の状態的に、大掛かりな何かが行われたと思う他ない。しかし、現場に包丁以外の他の凶器は残っていない。これを無視するわけにはいかんだろ?」


「……そう……っすね」


 ヤコウはため息を吐くと、机上に資料を戻し、今度は引き出しをガサガサと漁り始めた。


「それと……お前に渡したあのメモ、例の兄妹に見せたか?」


「えっ? ああ、はい。何か『深夜』の怪物がどうとか呟いてましたけど。何であんなの見せたんすか?」


「……そうか……『深夜』の怪物……か。ありがとうアサヒ。お前はよくやってくれた」


 ――そしてヤコウは仕事の報奨を机から取り出すと、真っ先に


「……はっ……? 団……長……?」


 アサヒの腹部に、深々と突き立てられた小さな柄。それが小型のナイフであると気づくと、アサヒはその場に倒れ伏せた。

 ランプはアサヒの手元をすり抜け、転げ落ちた後に倒れたアサヒの衰微した顔を照らした。


「因縁か……やはり三年前に、親共々贄にしておくべきだったな」


「……アンタ……何言ってッ――!」


 床にうつ伏せになっているアサヒの頭を、ヤコウは容赦無く踏みつける。


「……アサヒ、お前は被害者だ。彼らが余計な詮索をしたことを恨め。安心しろ、深手にはしていない。『暗夜あんや』様の贄は、死体では務まらんからな」


 アサヒの血反吐がヤコウの靴に飛散したのを見て、ヤコウは拷問を止めた。再起不能の頃合いを測っていたのだろう。

 腹部の白い布地が紅く染まり、土埃が点在する床にまで血液は侵攻を進めていた。


「まずはあの兄妹……続いてヒカリだな。ミズカとか言う娘は……手の内が不明な以上、無策で臨むには危険すぎるか」


 悶えるアサヒを尻目に、立て付けの悪い扉が開かれた。


「暫く留守にする。他の団員は厄介な別件に出してあるから、今日もう誰も戻らん。俺が帰ってくるまで大人しくしておけよ? アサヒ」

 

 そうして玄関から差し込んだ街灯の光は、去り際のヤコウの薄ら笑いを照らしていた。

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