第二章13 『明くる日は』

「さて……集まったね。二人が元気そうで良かったよ。何でもアサヒが珍しくいいことを言ったらしいじゃないか」


「『珍しく』って何だ! 『珍しく』って!」


「お兄ちゃんの言うことに一々口を挟まないでほしいの」


 ――ノクソール図書館前、五人はいつも通り顔を合わせた。


 ヒカリとの泣き合いの後、二人はグアンとヨサメの事件について、自警団本部へと相談しに向かった。正直に話をしたことで、やたらと要らぬ誤解を招きそうになったが、ヒカリの必死の弁解と、自警団員であるアサヒが取り持ったことで、今のところは正当防衛ということで少女は許された。

 ヨサメの死体を見た数名の自警団員が、怪訝な目で何度も少女を見たが、その都度ヒカリが少女の隣で睨み返していた。

 ちなみに、ヒカリが常に少女の隣に居たのは、ヒカリがその日中少女の手を離すことを許さなかったためである。今日目覚めた時も、しっかり拘束されていた。


「皆にはホント迷惑かけちゃったけど、もう大丈夫! いつもの可愛いヒカリちゃん復活! でしょ、ミズカ?」


「……う、うん……」


 当然とも思えるが、ヒカリとの距離が二つの意味で以前よりも格段に近くなっている気がする。だからといって、特段少女が困ることはなかったが。


「騒がしくて結構。それより、さっさと本題に入るよ。ヒカリ、例のライトは?」


「ん〜? ああ、これね?」


 そう言ってヒカリが取り出したのは、グアンが遺した青く光るライトだった。事前にレイから持ってくるよう頼まれていたのだ。


「……うん、やっぱりそうだ。メイ、どう思う?」


「間違いないの。このライト、ライトと同じなの」


「……んあ? でもお前らの親父さんって確か……」


 少女以外の四人が、皆同時に表情を曇らせた。

 そして、少女もすぐに察した。この二人がであった理由を。


「……そう。ミズカ、前に話した『僕の知り合いが三年前に行方不明になった』って話、覚えてるかな? あれ、実は僕の両親のことなんだ」


 少女に下手な心配させまいという、レイらしい不器用な気遣いだったのだろう。

 今でさえ、まなじりを懸命に尖らせて、平静を保とうとしているのが見て取れる。


「当時はその理由が解らなくて、消えた両親を酷く憎んだ。でもたった今、三年越しに漸く解ったよ。父さんも母さんも、だったんだろうね」


「ヒカリの持ってるライト、昔お父さんが作ったやつなの。同じものがあるはずないの」


 メイの発言の後、アサヒのみがその矛盾を解決できずに頭を捻っていたが、それを敢えて放置するというのがもはやお決まりの流れだった。


「父さんはきっとそのライトを使って、『深夜』について調べていたんだ。僕と同じで、常日頃から『深夜』はどうして危険なのかと考えてた人だったからね。しかも、そのライトを作ってからすぐに行方不明になったわけじゃない。外に出ていたのは、一度や二度じゃないはずだ。その証拠にアサヒ、さっきの物出して」


 アサヒは困惑しつつも、言われるがままにポケットから小さな紙片を取り出した。

 何やら簡易的な地図と矢印が描かれており、隅に『暗夜』と一言添えられている。


「これは自警団がヨサメさんの遺品を回収していた時に見つかった物らしい。まあただ……畳み掛けるようで申し訳ないけど、これは間違い無く父さんの筆跡だよ。そして、これは『深夜』のあの怪物が通るルートが図示されている。僕の情報と一致するから、恐らく正確だ」


「……ん? おい、『深夜』の怪物って何のことッ――!!」


「……後で話すから今は黙っとけなの」


 メイの渾身の一撃が、アサヒの鳩尾みぞおちを貫いた。

 面倒だから黙っとけ、という仕打ちにしては、かなり日頃の恨みが詰まっている気がする。

 実際、あまりの威力にアサヒは小さな呼吸と共に地面をのたうち回っている。

 

「……ということは……グアンさんとヨサメさんは、レイ君のお父さんから……『深夜』を見回る仕事を受け継いでいた……?」


「……そういうことになるだろうね。ライトに関しては偶然拾ったにしても、このメモまで持っているのなら繋がりはあったんだろう。ライトを作ったという話で察していたかもしれないけど、僕の父さんは、グアンさんと同じ整備士だったから」


 レイとメイの両親は『深夜』について何度か調査は進めており、実際に化け物の巡回ルートを割り出すことに成功していた。

 『深夜』が危険な理由に誰よりも早く気づいた彼らは、その被害者を減らすため、時間になると毎日安全なルートを通り見回りをしていた。

 しかしその行動が裏目に出てしまい、三年前の失踪事件が起きた。

 それでも彼らの意志は途絶えず、同業のグアンへ、グアンからヨサメへと、情報は確かに受け継がれ、この『深夜』を照らすライトは、凡そそのバトンといったところだろう。

 そしてそのグアンもまた、同じ結末を辿ってしまった……


 ――これが、今回の事件の全貌であった。


「……ねえミズカ」


 いつにもなく真剣な顔で、ヒカリは少女に呼びかけた。


「私は全力で考えたよ。そこの脳無しアサヒと違って、出来の悪い頭をフル回転させたよ。……だからわかっちゃった」


 するとヒカリは、先程までのアサヒと同じ方向の夜空を遠い目で眺め始めた。理解したのは自分の頭の限界だったということだろうか。


「……そこの二人には後でまた僕が説明しとくよ。それよりも、こんな長々とこの話を講じたのにはちゃんと理由がある。それはミズカ、君にしか頼めないことがあるからだ」


「……私にしか……頼めない……?」


 少女は自身が非力な人間であることを誰よりも理解している。そんな自分にしかできないことなど、皆目見当もつかなかった。


「詳しくは僕も知らない。でも、ヨサメさんの状態については聞いた。配慮が欠けていると解っていて質問させてもらうよ」


 ――君はどうやって、ヨサメさんを殺したんだ?

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