第二章6 『明けを知らぬ夜』

「お前らおせーよ! 約束の時間から一時間も遅れてんじゃねえか!」


「女の子はこういう時遅れてくるものなの! ホント女の子のことな〜んも分かってない!」


 目的のノクソール図書館に辿り着いて早々、アサヒとヒカリが視線に稲妻を走らせ、些細な言い合いをしていた。少女はというと、ヒカリの背後で何度もペコペコと頭を下げている。

 しかし、遅れた理由はヒカリが少女と呑気に寄り道をしすぎたせいなのだが、ヒカリが開き直っていることに関してはあまり疑問を持たなかった。


「――二人ともうるさい。図書館では静かにして」


「――メイもお兄ちゃんと同じ気持ちなの」


 二人の喧嘩を諌めた落ち着いた声の主は、どちらも小さな子供だった。

 ヒカリはその声を聞いた途端、アサヒに向けていた渋面から大きく変わり、普段少女に向けるような明るい笑顔でその子供たちを見た。


「あっ! レイとメイ〜! 会いたかったよ〜!」


 そう言って二人に飛びついたヒカリだったが、全くの同タイミングに二人が後ずさったことで回避され、そのまま盛大に図書館の床に倒れ伏せた。

 二人の造作もない様子を見るに、今までもこうして回避してきたのだろう。

 額を抑えるヒカリに、アサヒは嘲笑を浮かべていた。


「知らない顔もあるから今回は許してあげるけど、次また騒がしくしたら追い出すから」


 レイと呼ばれた少年の雰囲気は、年齢の割に大人びた雰囲気を多く纏っていた。クールな黒髪の毛先は対照的に可愛らしい桜色で、毛髪の一本一本が見事なグラデーションを構成している。

 齢は十前後といったところだろうが、服には全く子供らしさがない。大人びている原因の一つだろう。

 唯一子供らしいところを挙げるならば、鋭い目付きをしているにも関わらず、童顔故に可愛らしさのアクセントになってしまっていることだった。


「お兄ちゃんはちゃんと怒ってるの。また騒がしくたらぶっ飛ばすの」


 大人びた雰囲気を醸していたのはこちらのメイという女の子も同じだったが、その見た目とは裏腹に可愛くない毒舌が飛んできた。

 小柄な体の半分まで伸びた桜色の髪長と、兄と似た鋭い目付きが、兄妹をよく象徴している。

 体格や顔つきまでレイと酷似しており、髪の色さえ変えてしまえば、入れ替わると判別できるか怪しい。

 レイに比べればまだ子供らしさが残った装いだったが、それでも兄妹揃って年相応の格好でないことは事実だった。


「あっはは〜、ごめんごめん。それよりもミズカ、この子達が私が紹介したかった二人。どお〜、可愛いでしょ〜?」


 どちらも幼い子供であるため、愛くるしさは当然あったものの、やはり見た目からはクールという印象の方を強く受けた。

 愛玩動物のような人懐っこさがあれば話は違ったが、この二人相手であれば下手をすると睨まれて金縛りに遭う可能性さえある。

 元々人馴れしていないというのもあり、とても話しかけられる雰囲気ではなく……


「――あんた、本好きなの?」


「…………えっ……?」


 少女はすぐさまその問いの相手を探したが、数秒後にはレイの鋭い瞳と目が合い、灯台下暗しであったと気づいた。


「……は、はい……それなりには……」


「ふ〜ん。あっそう……」


 吐き捨てるようにそう言うと、レイは目の前の本棚を漁り始めた。

 会話にあまり関心の見られないレイの態度に、少女は回答を間違えたかと酷く反省した。

 しかし、それは徒労だった。


「なら……はいこれ。面白いよ」


「……えっ? ……あっ……え、えと……ありがとう……ございます……」


 レイから唐突に手渡されたのは一冊の本だった。

 タイトルには『太陽が消えた日』と書いており、この夜の世界では何とも意味深である。

 消えた……ということは、元々は……


「――おいおい、お前こんなおとぎ話読んでんのか? ったく、まだまだ子供だなぁ〜」


 後ろからアサヒがちゃっかり割り込み、小馬鹿にするようにレイの頭を撫でていた。

 そういえば、太陽という概念が存在するのは、神話や御伽話の中だけだと、確かそう聞いていた気がする。


「……そっか……子供……ね。言う相手を間違えているよ、アサヒ。生憎だけど鏡は持ってないんだ。こんな所にいないで、さっさと家に帰った方がいい」


 レイが煽るアサヒをギロリと睨むと、直後にメイがアサヒの膝元まで接近していた。さながら熟練のアイコンタクトのようだった。


「お兄ちゃんを侮辱するのは……許さないの――」


 メイの腕が水平になる高さ――それはアサヒの弱点の位置、そして全ての男に共通する弱点の位置だった。

 子供故に、容赦の欠片も無いその拳は、アサヒに阿鼻叫喚の苦痛を齎した。

 その後、苦しみ悶えるアサヒの叫び声を聞いた受付のお婆さんが彼を外に連れ出すまでの流れは、まるで計画されていたかのようにスムーズに行われた。


「本当はアサヒにも話してあげようと思ってたけど……あの手の分からず屋には説明するだけ無駄だね」


「やーい、ばーかばーか」


 呆れるレイと、アサヒの二の舞にならないためか、外のアサヒに向かってわざわざ小声で罵声を放つヒカリ。

 恐らく、このようなことは彼らにとって日常茶飯事なのだろう。


「あんな奴はさておき……二人は『太陽』って存在すると思う?」


 レイの質問に、少女とヒカリは顔を見合せた。


「う〜ん……あったら凄いな〜とは思うけど……今まで一回も見たことないし……ミズカは?」


 当然二人は少女が転生者であることを知らない。

 特別隠しているわけでもないのだが、混乱を招かないためにも話そうという気にならなかったのだ。

 つまり、、質問に答えるのが正解というわけだが……


「……あるのかも……しれません……」


 太陽があった世界で生まれ育った恩恵と言うべきか、この世界に転生してから密かに感じていた違和感はあった。


「気が合うね。僕もそう思うんだ。本当に『太陽』が存在していなかったのなら、この街はあまりにも文明的すぎる……ってね」


「ど、どういうこと? 『太陽』はホントはどこかにあるの?」


 自分が少数派だったことに動揺するヒカリの反応は、この世界の住人ならば当然だろう。

 しかし、考察すればするほど、矛盾は湧いて出るのだ。


「なら別の質問。ヒカリはよく菜園の手伝いをしてるみたいだけど、太陽がないこの世界で何を頼りに作業してるの?」


「……えっ? そりゃもちろん街灯とか……備え付けのランプとか?」


「じゃあ、そのランプはどうやって作るの?」


「それは……また別の明かりを……って……んん?」


 段階を踏んだことで、ヒカリも漸くその矛盾に気づいたらしく、腕を組んで首を傾げていた。


「それと……あとは時間にも違和感がある。『夜』と『深夜』しかない一日を、わざわざ二十四分割するのはどうしてなのか」


 レイは幼いながらも、その雰囲気はさながら名探偵であり、子供の戯言と思わせないだけの徹底した根拠を明らかにした。


「この先はあくまで僕の推測だけど……恐らくこの街、この世界は……」


 ――

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