第二章5 『友情』

 少女は夜目が利く方だ。数日間ではあったが、電気の切れた部屋で生活していたことで、後天的にその能力を会得していた。

 たとえ夜中でも、この距離の壁掛け時計は読める。


「……いつの間に……」


 直前までヒカリと会話していたことは覚えている。

 そこからの記憶が飛んで、気づけば例の『深夜』の時間帯、ヒカリは隣で自分の腕を掴みながらぐっすりと寝ている。

 起きる時間を間違えたなとは思いつつも、このまま眠るには近すぎる距離にいるヒカリから一旦離れ、優しく横にする。流石にベッドの上に運べる力は無かった。

 かといって自分がベッドで眠るわけにもいかないので、考え事ついでに何となく窓の外を見つめることにした。


 以前も見たが、今目の前に映っている情報の中に光という項目は存在しない。

 光を通さない黒色というのが少女のいた世界にあったのを覚えているが、まさにそれに等しい。窓の外がまるで別世界かのような錯覚に陥ってしまう。


「…………か……」


 そういえば例の『異世界転生』はどうなったのだろうか。

 この世界は少女にとって三番目の世界。少女の知る転生は、大抵が一度の物ばかりで、三番目の世界という言葉がそもそも異例だった。

 しかし何度も繰り返し転生させられる物なのかと思えば、どうやらその周期は一定ではない。

 前の世界では、恐らく半日も経たないうちに転生した。

 それに比べ、今回は何の不具合もなく三日目に突入しようとしている。

 何か特別な発生条件があるのか、それともただの不定期なのか。これ以上の転生を望まない少女としては、前者であればありがたい限りだが、その発生条件が定かで無い以上完全に安心できない。


 黙々と考えた挙句、少女はそのことを忘れることにした。

 暗い場所で暗いことを考えていると、心もどんどん沈んでいくような気がしたためだ。

 そんな時にヒカリの寝顔を見ると、かなり心が安らぐ。やはり彼女の存在は何だかんだで偉大である。

 そうして、『深夜』が明けるまで、大人しく過ごそうと思った矢先、窓の外がほんの僅かにらいだ。


「……今の……気のせい……?」


 窓や家が揺れたわけではなく、外の景色――暗闇だけの景色が、霧が霞むように確かにんだのだ。

 少女は寝起きであり、当然見間違いの可能性もある。

 ただ、街の人々も『深夜』を恐れているとなると、どこか心霊的な何かを感じざるを得ない。


 その後、少女は結局不安の残った浅眠を取ることとなった。


* * * * * * * * * * * * *


「……こ、この服で……出かけるの……?」


 少女が手にしていたのは、昨日の畑仕事で着用したヨーロッパ風ワンピースである。

 しかし、昨日のは洗濯に回したはずなので、相当乾かすのが早くない限り同じ物ということはありえない。

 つまりは全く同じ物が二着あるということなのだろう。


「ダメ? 私はお揃いの服着たいな〜って思ってたけど……」


「……あっ……えと……そうじゃなくて……」


 今までの少女が出かける時の服は、大概が学校の制服だった。

 それよりも洒落た服で街を歩く、しかも自分よりもよく目立つ存在と共に。

 そんな経験がとんとない少女だったので、戸惑っていただけである。

 それを少女の言葉から早々に見抜いたヒカリは、次々と髪飾りだったりネックレスだったりを渡してくる。

 その最中、ヒカリは少女の首に掛かっていたヘッドホンを外した。


「これ結局何なのかよくわかんないけど、この格好に合わないから外しちゃいま〜す」


 少女の大事なものであったことには間違いないので、反射で取り返そうとしてしまうが、すぐに手を伸ばすのをやめた。

 何だかそれが、少女の弱さの象徴に見えたのだ。

 音を聞く能力の無いそれは、この世界ではただの耳栓と同じ。

 耳を塞いで、都合の悪いことから目を背ける。そうして外界を切り離すことで、どうにか心を保っていた。

 これは、そんな自分を取り除く良い機会だ。


「……う〜ん……ミズカも私と同じであんまり似合わないタイプなのかなぁ……」


 ヒカリは今度、少女に似合う髪飾りを吟味していた。

 花だったりリボンだったり、やたらと種類があるが、ヒカリの発言的から推察するに、ヒカリが自分用に集めていた物だろう。

 どれも明るい色が多く、特に黄色が多い。ヒカリはどうやら自分に髪飾りが合わないと勘違いしているようだが、ヒカリの金髪に明るい色は映えないので、そのせいだろう。

 逆に言えば、暗い髪ならば映えるということであり……


「……あっ、これいーじゃん! すっごい可愛い!」


 それが見つかるまでに時間はかからなかった。

 少女もヒカリの手鏡でその姿を確認するが、存外悪くなかったので上手く言葉が出てこなかった。


「……これって……黄色の薔薇……?」


「そうそう。ちょっと前に可愛いな〜って思って、鏡も見ないで買っちゃったんだけど……無駄にならなくて良かった〜。それ、ミズカにあげる!」


 質素なデザインのピン留めならともかく、これ程しっかりとした花の髪飾りとなると、それ相応の値段がするだろう。それをこうも気持ちよく譲渡してくるのは、ヒカリの金銭感覚が危ういのかそれとも……


「――よーし! 準備できたし、早速ノクソール探検にしゅっぱーつ!!」


「………………ぉ〜……」


 目の前のヒカリにも聞こえなかったその自信の無い小声の主は、腕を突き上げなかったことを心から正解だと感じた。

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