第二章4 『静かな温もり』
「……な、なあ……俺なんかヘンなことした?」
「あ、あはは〜。ミズカが人と話すの苦手だったの、すっかり忘れてた。……だ、大丈夫?」
ヒカリの背後で、少女は小さく頷く。
ヒカリやその両親相手には案外どうにかなったために、ここまで人見知りが加速するとは少女自身も思っていなかった。
「というか、アサヒも最初から距離近すぎ! いきなり握手とか、女の子相手に求めちゃダメです〜!」
「そ、そうなのか……? 俺は別に深い意味なんて……」
戸惑うアサヒに申し訳なさを感じ、ヒカリの背後からひょっこり顔を出して首を振る。
「……い、いえ……! ……私が悪いんです……ごめんなさい……」
「あーいやいや! そんな謝らないでくれよ。俺だってミズカのことよく知らないのに、悪いことしたって……」
不意に下の名前を呼ばれたことで、少女はまた顔を隠してしまった。
それを見たヒカリが頬を膨らませてアサヒを睨むと、アサヒは頭を抱えた。
「……あぁ、てかそうだ。前に言ってた建設中の図書館。やっと出来たんだってよ! 危うく忘れるとこだったぜ……」
「えっ!? そうなの? いーじゃんいーじゃん! 一緒に行こうよ! もちろんミズカも、ね?」
「……ええっ!? ……そ、そんな……私は……」
その先を言いかけたところで、少女は気づいた。
少女の悪い癖だった。何に対しても遠慮がちで、自分がいると悪影響だと思い込んでいる。
しかし、このヒカリの純粋な表情は、必ずしもそうでないと気づかせてくれた。
彼女は少女に来るかと尋ねているのではない。少女に来て
「……行き……ます。……行き……たい……」
「おっ? 本好きなのか? だったら
「確かに……! 絶対仲良くなれるよ! 友達いっぱい出来そうで良かったじゃん!」
「…………えっ……?」
再び誰かとの強制接触イベント? しかもアイツ『ら』?
そんな疑問が少女の頭の中で消化しきれずにいると、二人はいつの間にか日程の調整を行っていた。
「――そう、だから今日は私がミズカに色々教えないといけないから、図書館は明日にしよ? そしたら街の案内もついでにできるし!」
「了解りょうかーい。じゃあ俺、自警団の訓練があるからまたな! ミズカも、次会った時は色々話しようぜ〜」
アサヒは最後に少女を気にかけると、勢いよく走り去った。
後にヒカリから話を聞くと、彼はこの街の警察組織である『自警団』に所属しており、何かと走っているのは体力作りの一環なのだという。
「――二人とも〜! まだ仕事は終わってないわよ〜!」
背後からヨサメの呼ぶ声がすると、偶然にもヒカリと少女の目が合った。
その直後、相も変わらない明るい笑顔を向けられると、二人揃って仕事へと戻って行った。
* * * * * * * * * * * * *
本日の少女の総評――菜園仕事(軽作業)、掃除、裁縫は問題なし。料理とその他諸々の力仕事は難ありという結果だった。
「……あんまり……お役に立てず……すみません……」
「また謙遜しちゃって〜、全然充分よ。ヒカリに比べればよっぽど優秀な人材なんだから」
「火使わないやつなら私は料理できるし!」
少女の隣で、それを聞いたヒカリは少し拗ねていた。
そして、リビングのソファで盗み聞きをして笑うグアンを睨みつけた。
「そういうわけで、今日のお手伝いは終わり! 一日で一遍に教えちゃったから、色々大変だったでしょ〜? 明日はヒカリとお出かけに行く予定もあるみたいだし、自由に過ごしてもらっていいからね?」
居候の身だというのに、ここまで親切丁寧に扱われては上げていい頭が無くなってしまう。
どうにかして役に立たねば……
そんな張り詰めた思考を、ヒカリの部屋に戻って以降も忙しなく行っていた。
「――ミズカ〜? またなんかメンドクサイこと考えてるでしょ?」
「……えっ? ……そんなこと……ないよ……? ……もっと、この家のために頑張らないと――」
「それがメンドクサイって言ってるの〜!」
対面のヒカリが少女の頬を柔らかい両手で挟み、グリグリと押しやってくる。
全く痛くないが、ヒカリらしい可愛いお仕置きだった。
「はぁ……私言ったでしょ? 人のために生きようとするのはキライだって」
「……ご、ご
「ごめんとかもいちいち言わなくていいの〜!!」
グリグリが加速し、多少お仕置らしくなったものの、痛みを伴わないのは変わらなかった。
暫くして気が済んだのか、グリグリが終わるとヒカリは少女の隣に座り直し、少女の腕を組んだ。逃がさない、という意味だろうか。
「私はこれから自分のために生きたいと思います! はい、りぴーとーあふたーみー!」
「……えっ!? ……あっ、えと……わ、私は……これから自分のために……生きたいと思います……」
「イヤなことにはイヤって言うし、やりたくないことはやりません! はい!」
「……い、嫌なことには嫌って言うし……やりたくないことは……やりません……」
「明日の図書館は、い〜っぱい楽しみます! はい!」
「……明日の図書館は…………あっ……! そう言えば図書館……!」
ヒカリの後に続いて唱えていると、思わぬタイミングで危惧すべきことを思い出した。
明日の図書館でアサヒはともかく、『アイツら』という不特定多数と出会う可能性がある。
今日のアサヒであれだけ取り乱してしまったのだ。不特定多数を相手にまともに対応できるとは到底思えない。
「……ヒ、ヒカリちゃん……明日会う人って……アサヒくん以外に誰……?」
「え〜? それは今聞いちゃ面白くないよ〜。明日会ってからのヒ・ミ・ツ」
軽い気持ちの黙秘で人を殺す可能性があることを、ヒカリは知らない。
そのせいで、少女の頭は不安でパンク寸前だった。
「まあでも……別に心配しなくていいと思うよ?
「……二人……いい子……?」
どっと肩の荷が下りた。崩れ落ちたという方が近いかもしれない。
ヒカリの天然さが露呈して、最低限必要なヒントだけ得ることができた。
多数と思われていた人数はたったの二人で、更にはどちらも自分より幼い。
どうやら今夜は安心して眠れるようだ。
「しかもどっちも可愛い! 双子の男の子と女の子となんだけど、目に入れても痛くないくらいにそれはそれは……って言い過ぎちゃった!? ごめんごめん! 今のナシ〜! ……って……ありぇ?」
ヒカリが焦り始めた直後、彼女の肩に少女の頭が乗った。
丸一日の徹夜、慣れない世界で、慣れない仕事の手伝い。頭で気づかないうちに、様々な疲労が既に少女を襲っていたのだ。
幸いにもその疲労はたった今解放され、ヒカリの肩に支えられた。
「……ふふ。おやすみ、ミズカ」
ヒカリは大きな毛布をベッドから引っ張ると、自分ごと少女に巻いて、そのまま静かに眠りについた。
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