第一章2 『木漏れ日の憂い』
「……異世界……?」
少女は気がつくと森の中に居た。
四方八方を見渡しても、木、木、倒木、木、木……
上を見上げれば緑の葉が生い茂っており、淡い光が間隙を縫って差し込んでくる。豊かな自然の片鱗と思えば、風光明媚なものとして捉えるのは容易い。
対して下は緑と茶の二色構成であり、見て楽しめる程美しくはない。
ある程度周囲を見渡した後、今度は自身の身なりの確認を始めた。
一言で言ってしまえば、何も変わっていない。
黒のショートパンツに、淡い紫のシンプルなパーカー。この世界に来る前に、制服から着替えた服装と全く同じである。決してこれが少女の部屋着というわけではなく、汚れた制服以外を身に纏うことができれば、何でも良かった。
少女は単純にファッションに何の興味も無いのだ。
しかし、それ故に少女の着る私服が少ないため、結局このファッションが部屋着化していることもまた事実なのである。
それから、どうして身に纏っているという判定だったのか、首元にはパーカーと同系色のワイヤレスヘッドホンが掛かっている。
無論この世界に対応している機械端末が無ければ、これはゴミ同然である。それでも、元々価値のあったもので、かつ多少愛着のあるこのヘッドホンを無理に外して捨てる必要も無いと感じた少女は、「まあいいや」と言って、そのままファッションの一部にすることにした。
だが一番気になるのは、履いてすらいなかったはずの靴がオマケされていたことである。
これに関しては推測できない。靴下だけでは困るだろうというご都合主義的な配慮だろうか。
何にせよ、前世の少女を構成する要素をほぼ完璧に保存して異世界転生が行われたらしい。
――だが、完璧故のデメリットも確かに存在した。
「……っ……!」
自身の左肩に、その細い指で軽く触れた。
その瞬間、淡紫のパーカーに隠れた小さな灼け痕が、仄かにひりつく。
四肢を押さえつけられ、抵抗の余地も与えられないまま、一方的に焼き付けられるあの感覚……
誰に知られることも無く、未成年の喫煙者によって起こされたその事件は、決して少女の肌のみに留まらず、心の深奥まで確実に灰の刻印を残していた。
「……『転生』……なの?」
少女が自身の状態をざっと確認して感じたことは、とても『転生』ではないということだった。
前世の記憶はどうあれ、生まれ変わり、『新たな人生』を始めるというのが、『転生』というものだろう。
それに対し、誰の親からも生まれることなく、姿も記憶もそのまま、
これなら、『転生』というよりも、『転移』や『召喚』という方が相応しいだろう。
その方面の知識について明るい少女は、冷静に現状把握を行っていた。
「……どうしよ……」
そんな少女でも、流石にこの状況には困惑する。
周囲は森――人の姿も、街も、何も無いただの簡素な森。自分が何をすれば良いか、どこへ向かえば良いか、何も分からないのである。
ただ、何も分からないとは言え、行動しなければ結局分からず終いとなってしまう以上、少女は行動する他なく、仕方なく向いていた方向へ歩き出した。
明るいとも暗いとも言えないその森は、不思議なことに、人どころか動物もまるでいない。少女は慎重に周囲を見渡しながら歩みを進めるが、虫の一匹すら少女の視界に入らなかった。
そんな不気味な森であるにも関わらず、少女は胸を躍らせていた。ただ、その感動はそこまで大きいものではなく、表情や行動には表れない。
夢に見ていたという程ではないにしろ、外敵だらけだったの少女の人生において、これらのフィクションは少女を支える数少ない娯楽であった。
前世の心残りがその娯楽以外に無い少女に、異世界を拒む理由など無い。
「……疲れた……」
だが、たった今その異世界に嫌悪感を抱いた。
暫く歩き続けているが、景色が一向に変わる気配が無い。同じ空間をループしているのではないかと疑ってしまう程だ。
はっきり言って、
最強の勇者、又は魔王になって無双したり、ただの村人ながらも、特殊能力で凄い活躍をしたりなど、異世界に来れば何かしらの主人公化が半強制的に起こるものである。
実際、少女がそういった存在に憧れているかと言われれば、全くもってそんなことはない。
しかし、景色も変わらず、生物の姿も無く、何のイベントも起きないこの森の中を彷徨い続けることが、退屈でしょうがなかった。
且つ、半人前以下の体力しかない少女は、慣れない環境下を数分歩くだけで息が上がってしまう。
そんな退屈と疲労は少女の足を止め、比較的汚れていない近場の倒木に、少女の腰を下ろさせた。
休憩しながら、少女はまたもや思索に
そして、現状をもう一度見直すと、少女はとあることに気づいた。
少女は今、森で遭難しているも同然なのだ。このまま少女を助けるイベントが起きなければ、食料どころか飲み水も調達できないこの環境に居続けることは、乃ち少女の餓死を意味する。
折角転生したにも関わらず、甲斐無い死を迎えるのは、少女としても不本意である。
――どうせ死ぬなら、ちゃんと生きてから死にたい。
そんなことを、既に見飽きていた美しい自然の天井を見上げながら思っていた。
「――ニンゲンか!?」
しかしその直後、深刻に憂う少女の背後から、突如甲高い声が響いた。
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