第2話ミスと謝罪
問題はすぐに発覚した。
男性客が血相を変えて店に電話してきたのだ。
『背表紙となんだか内容が違うんです』
「どのようにおかしいのですか?」
『ホラーを借りたのですが、
波音が聞こえてきてなんか心地よくって起きました。
これって全然別のものになっていますよね』
「確かにそうですね。ご報告ありがとうございました」
そのように報告されても会員制ではないから
あの人が借りたと覚えてはいても連絡を取る術がない。
「不備があったと謝罪するしかないか。トラウマになっていないといいな」
翌日、木梨夏美は悲鳴を上げて書店に来ていた。
「もう怖くて怖くてたまりませんでした。覚えているのは『人の命は儚い』という言葉と交通事故で両親を亡くしてしまう話でした。悲しくてもう涙が止まりません」
店主は頭を下げる。
「申し訳ございません。こちら不手際で背表紙と内容が入れ替わったみたいで。お詫びに一本お好きなものをお借りください」
「本当にいいのね」
「はい。今度は大丈夫だと思いますので」
「本当に怖かったんですからね。今後一切同じようなミスしないでください」
「はい。本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げ続けるしかなかった。
結局女性は30分以上切々と被害を訴えて帰っていった。
この原因を作ったのはほかでもない製作者の魔女である。
もうずいぶんな年になっているはずなので、
そんな取り違えも怒るかもしれないと思う。
心苦しいが、苦情を伝えないわけにはいかない。
電話をかけるが、かなり大声で伝えないと聞こえないらしい。
「ですから、内容を間違えていると――」
『おやおや、間違っていましたか。それは申し訳ないことをした。私からもお詫びさせてください。午後伺います』
来てくれたが、2人連れだ。一人は10代前半の女の子だ。
老婆は一冊の本を渡した。背表紙には『お詫びの極楽の湯』と書かれていた。
「これはどのような」
「極楽の魔法です。温泉に行ったような気持ちよくなるような魔法をかけております。間違いなくこれはお詫びのための特注品なので間違えはありません」
「いいんですか?」
「きっと間違えられた方は怖い思いをしたでしょうから」
「今度きたら渡しておきます」
「お願いしますよ」
老婆の腰にしがみついている。人見知りをしているようだ。
「それで、その子は?」
「この子は私の孫娘でして、この度新米の魔女になりました。ゆくゆくは私の後を継がせますので」
「いやぁ助かる。魔女さんあってのこの商売ですからこれからも宜しくお願い致します」
「孫娘のランランと申します。まだまだ人見知りでして慣れるまで時間がかかるかもしれませんが、今度からお使いなんかはは頼もうと思いますので」
「よ、宜しくお願い致します」
緊張しているようだ。まだ大判の本を2冊も持てるかどうか怪しい。
「ここのお店が一番の取引先だ。覚えておきなさい」
「はい」
「それではこれで失礼いたしますよ」
二人が帰ろうとしたときだった。
魔女が胸を押さえて苦しみだしたのだ。
「救急車を」
「呼ばないでください!」
「はぁ?」
「おばあ様、こちらの薬を飲んでください」
水をという孫娘の要求を呑んで、水を差しだす。
薬の錠剤の束をごくんと飲み込んだ。
「しばらくすれば落ち着くはずです。少し休む場所を貸していただけませんか?」
「どうぞ」
奥の休憩室を示してつかっていい旨を伝える。
「ありがとうございます」
店主も手を貸して何とか運び込んだ。しばらく安静にしてもらって落ち着いたようだ。規則的に寝息が聞こえる。
孫娘は礼を言ってきた。
「救急車を呼ばなくて感謝しています」
「なぜ呼んだらだめなのですか?」
「魔女の格好をしている時は人ならざる者としてふるまわねばなりません。その姿で人間のものに助けをを求めるのはご法度なのです」
「おれも、人間ですけれども」
「取引先ですから問題ないと判断しました。
魔女はそれと悟られぬように死ななくてはなりません」
「難しい取り決めをしているんですね」
「ええ。祖母は無理をする性格のようなので。
これからは私が魔女業を引き継いでいきます」
12歳くらいに見える新米魔女はきっぱりと告げる。
「これから祖母は黒服を着ることはないでしょう」
それは魔女の引退を意味しているのだろう。
「わかりました。これからはあなたに連絡をした方がよさそうだ」
「ええ。助かります。ありがとうございます」
容態が安定したら、老婆はやっと歩けるようになったようだった。
2人は頭を下げてお礼を言い、ゆっくりゆったりと歩いて帰っていった。
それから3日後のことだった。
魔女が亡くなったのは。
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