夢見の本屋

朝香るか

夢見の本屋

第1話 夢売る本屋

 小さな町の一角に夢うる本屋がある。

 いつもの夢をかえる方法。

 夢を買えば好きな夢をみたい分だけ買える。

 期間は一週間なのでナマモノなのだ。


 仕入れは魔女がしてくれている。

 今日は金曜日。一週間に一回の補充の日だ。

「売れ行きはどうだい?」

 魔女はイメージ通り黒いワンピースで現れた。

 箒の代わりに本をいくつも抱えている。

 魔女はしゃがれた声で聞く。

 売れ行きいかんによって、来週の仕事量が決まる。

「ああ、魔女さん。最近は感動する話が売れておりまして」

「わかったよ。今度は抜群の泣ける話を持ってくるとしよう」

「お願いします」


 魔女が帰った後に女性客が来店した。

 店内を二周して吟味をしたのだろう。一冊の本を持っていた。

「こちらの本をくださいな」

「かしこまりました。利用できるのはお買い上げから一週間。返品交換はいたしませんがよろしいですか?」


「はい」

「では、バーコードを剥がしたら効果が出ますので、ご利用の日に枕の下においてご利用下さい」

 バーコードをはがして客に渡す。

「はい」

 女性客はそそくさと帰っていった。


 ☆☆☆

 私、木梨夏美キナシ ナツミは鬱憤がたまっていた。

 1か月前に失恋したし、

 上司にも「次ミスをしたら首にしてやる」といわれていた。


 すごく精神的に沈んでいた。少しでも自分の癒したくて本屋の指示に従う。


「試しに見てみよう」

 枕の下に本を入れる。

 なぜか罰当たりのような気持ちになる。

「これで、いい夢が見られるはずだけれど。不思議な店だったな」 


 冒険の話もあるし、

 切ない悲しい気持ちになるものもある。

 木梨が選んだのは感動系の話だった。


「これで、ストレス発散ができるのならば安いものだよね」

 部屋にアロマを焚いて、電子の揺らめくろうそくを付けて眠りにつく。


 ☆☆☆

 たゆたう夢の中。ひと時の休息をあなたにあげましょう。

 ほんの少しの物語を。


 あるところに親子がいました。

 親は子供が大好きでしたが食べられなくて施設に預けることになりました。

 2週間に一回は会うようにしているのでした。

 

 周りの目は白く冷たいものでしたが、

 親は一生懸命働いて子供を迎えられるように努力するのでした。

 長い時間はかかりましたがようやく一緒に過ごせるようになりました。


 施設からの信用を得るために最初は2泊3日のお泊まりでした。

 それでも親元で過ごせる期間は大切です。

 心地よい気持ちになることもある。

 慈愛が心を満たしていく。


 

 ☆☆☆


 目が覚めると覚えていることもいないこともある。

 それは実際の夢と同じなのだ。

 起きたら涙が流れていた。


「ああ、なぜ涙が出てくるのだろう。あの本の効果かしら」

 頭もすっきりしている。気分も爽快だ。

 アロマテラピーに頼っても、

 マッサージに頼っても安眠することができなかったのに不思議なものだ。

「あの本屋のおかげかしら」


 効果が出た本は真っ白になって二度と内容は見ることができない。

 真っ白になってしまったら、家にある雑誌とともにゴミとして縛って捨てるしかない。

「また行こうかしら」

 彼女のストレス解消の中に夢見の本屋が追加された。

 仕事をするためにコーヒーを淹れ、気を引き締めて出勤するのだった。


 ☆☆☆

 月初めになった。最初の月曜日。良く晴れた日だった。

 カランカラン。

 来店を知らせるベルが鳴る。

 また木梨夏美が来店した。彼女は男性店員を呼び止めた。


「こちらのお店で何かおススメはない?」

「おススメはこちらです。いまはやりのASMRのものでして波間のビーチを散布している様子をご覧になれます」

 背表紙には『夢見ごこち~ビーチの波~』とあった。

「本当に? リラックスできて安眠できそう。楽しみだわ」

 木梨は注意事項をすべてうなずいて本を手にする。

 彼女はご機嫌で、買って帰っていった。

「よい夢を」

 店主はボソッとつぶやいて、また本の整理を始めた。


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