罪に奉じて仕る

そうざ

Serve because of Sin and Crime

『お早うございます!』

「そこのお前ぇ、声が小さいっ、やり直しっ!」

 ――ピシャリッ!――

「お、おはようございますっ」

「貴様ぁ、やる気があるのかぁっ?!」

「ありますっ、勿論ですっ」

「もう座れっ」

 ――ピシャリッ!――

 講習は例年、新入りへの難癖で始まる。従事者への見せしめであり、教官の個人的趣味でもある。愛用の鞭をやたらめったらピシャリと打ち鳴らすのも同様。

「やいやいっ、今年もまたお前等みたいな穀潰ごくつぶしに大役を任せる時が来たっ」

 教官は、居並ぶ従事者を擦り抜けながら一人一人をめ付ける。

「これより昨年の悪例を見せるっ、よっく目ん玉を引んいて耳を穿ぽじって他山の石とせよっ!」

 ――ピシャリッ!――

 講習室の照明が落とされ、100インチスクリーンに映像が投影される。

 ドライブレコーダーが捉えた事故の数々。横転に衝突、小破に大破。運行技術の未熟さも然る事ながら、速度超過や飲酒運転も後を絶たない。

「お前等みたいな娑婆塞しゃばふさぎは常に崖っ縁の土壇場だっ、明日は我が身と肝に銘じろっ」

 ――ピシャリッ!――

 生々しい事故現場の様相も容赦なく活写される。雪原に散乱する積み荷。粉雪をどす黒く染める血溜まり。脳漿をぶちまけて虚空を見詰める死に顔。例え九死に一生を得たところで、一度でも不祥事を起こせば従事資格は剥奪である。

「あんた、何をやらかしたの?」

 新入りの隣に腰掛けた歯抜けの従事者が囁いた。

「……万引きです」

「なぬっ、吹けば飛ぶよな小悪党が何だってこんな吹き溜まりに?」

「志願しました」

「殊勝なこった」

「犯罪に貴賤はありません。罪人は罪人です、罪滅ぼしが必要なのです」

 スクリーンには隠しカメラの映像が映し出されている。誤配に気付かない者や、積み荷を乱暴に扱って破損させる者はまだ増しな方で、積み荷を廃棄して配達を終えた振りをする者や、転売目的で積み荷をくすねる者も居る。過失だろうが故意だろうが一律に馘首くびである。

「俺は元々空き巣専門だったんだが、あるお宅で若い主婦に見付かっちゃってな、物の弾みで手籠めにしちまったんだ」

 言葉の語尾に嗤いが混じり、皺の寄った破顔が薄暗い室内に浮かび上がる。

「そっから癖になっちまって、あれよあれよとすっかり強盗強姦犯さ」

 新入りは、どんな表情をすれば正解なのかが判らない。言葉を失っていると、周囲の連中が会話に割り込んで来た。

「業の深さだったら負けないぜぇ」

「俺なんか奉仕活動、十万時間だ」

「儂はもう十五万時間を超えとるよ」

「二十万時間を超えてから自慢しな」

 ――ピシャリッ!――

「そこっ、私語を慎めっ!」

 教官の叱責が飛ぶ。

「お前等みたいな畜生以下の破落戸ごろつきは千年王国にも極楽浄土にも行けやしねぇ、永遠に償い続けるしかねぇんだっ、使えねぇ奴は問答無用でお払い箱っ、即ち死ぃあるのみだぁっ!!」

 講習は、全従事者に依る最重要三項目の合唱を以て締め括られる。

 ――ピシャリッ!――

「ひとぉーつっ!」

『加齢臭を忘れる勿れ!』

 ――ピシャリッ!――

「ひとぉーつっ!」

馴鹿トナカイの糞尿を放置する勿れ!』

 ――ピシャリッ!――

「ひとぉーつっ!」

『子供に真実を伝える勿れ!』

「以上っ、奉仕活動に向かえぇっ!」

 ――ピシャリッ!――

 うして今年も、サンタクロースにふんした罪人が北極監獄から奉仕活動へと旅立つのである。

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