第14話 デイヴィスとチャッカマン
車に戻ると、辺り一面が薄暗くなり始めていた。
「ルクソール神殿は、明日にしましょう」
アルが、提案というより、すでに決めた答えを告げてきた。
もちろん反対する理由はない。
「それにしても疲れたな」
太陽も一日の役目を終えようとして、だんだんと西の地平線に姿を消していった。最後の光がナイル川の水面をゆらゆらと照らしている。疲れているのは僕とアルだけではない。運転手も態度や表情には決して出さないが、かなり疲れているようだった。
と、その時である。
一台の車が右横から突然飛び出してきた。
「危っね!」
僕は、一瞬止まった息を吐くように小さく叫んだ。
その瞬間、運転手は素早くハンドルを左に切り、キィーっという甲高いブレーキ音とともに車は急停車した。間一髪で事故は回避された。
アルのほうをちらりと見ると、彼の顔も緊張で強張っていた。
しばらくして落ち着くと、アルがさっき調べてくれた人たちのミエログリフに関する話題に移っていった。
カーターのスポンサーであるカーナヴォン卿が王家の谷の発掘権を得たのは1914年。それまでは、弁護士であり投資家でもあるアメリカ人の大富豪のセオドア・デイヴィスが12シーズンにわたって権利を握っていた。
デイヴィスが発掘許可の申請書を1902年に提出した時、その審査に当たったのがカーターだった。デイヴィス以外にも応募者が何人かいたが、ほとんどが場当たり的なもので、デイヴィスの申請書だけが唯一まともなものだったという。
しかもカーターがデイヴィスへの発掘許可を与える際、ちょっとしたカラクリもあったようだ。
「カーターは、『火』でしたよね」
アルが僕に確認した。
僕は僕でデイヴィスの誕生日である1838年5月7日と入力しておいた結果をミエログリフで確認していた。
「デイヴィスもカーターと同じ『火』で、その以外の特徴もほとんど同じ。あくまでデータ上からの判断だけど、二人の相性は、魂的にはよかったはず」
「じゃあ、デイヴィスが発掘権を放棄しなければ、ツタンカーメンの墓を発見していた可能性もあったということなのでしょうか?」
「ミエログリフから判断すると、その通りだと思う。でも、まあ、二人とも我が強くて個性的な人だったと言われているよね」
僕は、ミエログリフから目を離さずに答えた。
「それが昨日おっしゃっていた、数字だけを見て決めつけてはならないということでしょうか?」
「我は我でいいんだけど、問題なのは、その強さだと思う」
「つまり、それが開運できるかどうかということにつながるということなのでしょうか?」
「すごいじゃないか。よく覚えてくれていたね。その通りだよ。言い方を換えると、その人その人の心の状態が、どこまでフラットなのかが、すごく重要になってくるんだ。そのことを分かりやすくするために、もう一度、ニューベリーについて話をすると」
そう言いながら僕はスマホをタップし、ニューベリーのミエログリフを再確認した。
「ニューベリーは、カーターにとって最初の先生だったわけだけれども、ニューベリーの星は、支配者の星といって、傲慢になる可能性もある星なんだ」
アルが素直に頷いた。
「だけどニューベリーは、そうではなかった。だからこそカーターは素直に彼に付いていった」
僕はミエログリフを確認すると、続けた。
「一方でデイヴィスは、自尊心が高く、頑固という特徴も併せ持つ。周りからすれば、かなり扱いにくいタイプだったと思うし、カーターにしてみても、自分を認めていないと直感的に感じた相手には、決して付いていこうとは思わなかった」
僕は、ひと言付け加えた。
「それに、カーターはそもそも金で動くようなタイプじゃないからね」
「それがまさに基礎工事の部分なんですね」
「その通り」
僕の言葉にアルが目を輝かせた。
「カーターとデイヴィスの二人は、出だしこそ良かったものの、カーターはデイヴィスに対してだんだんと嫌気がさしていた」
「あっ!」分かりましたとアルが口を開いた。
「だからカーターは、デイヴィスとの協同作業で、ツタンカーメンの墓を発見できなかったのではなく、本腰を入れてヤル気にならなかったということなのですね」
アルも、ようやくミエログリフの神髄が分かってきたらしい。
デイヴィスがエジプトに初上陸したのは、1889年。「ザ・リーフ(現在は、米東部ブレントン・ポイント州立公園)」と呼ばれた大豪邸から毎冬のように自家用船でエジプトを訪れていたが、その主な目的は避寒を兼ねた観光だった。
そんな彼を考古学の発掘に仕向けたのが、ほかでもない、「火」の代名詞であるチャッカマンこと、カーターだった。
カーターは、発掘資金を提供してくれるスポンサーを探しているなかで、デイヴィスに出会った。二人は、お互いの根っ子の部分の短所が表に出なければ、相性は良いため、最初のうちは意気投合していた可能性はある。
その結果、カーターは、
「もし資金援助をしてくれたら、僕が喜んでお手伝いさせていただきます。エジプト政府を説得できる自信もあります。幸運にもお宝を発見できた暁には、その一部を差し上げることもできるかと思います。最初のお宝としては、トトメス四世の墓などはいかがでしょうか?」
と、片目をつむってウインクのひとつでもデイヴィスに送ったに違いない。
それでもなおデイヴィスが渋るようであれば、最後の決め台詞として、
「まだ誰にも言ったことがないのですが、ここだけの話、(トトメス四世の墓が)そろそろ見つかりそうなんです」
とさえ、耳打ちしたに違いない。
チャッカマンであるカーターは、ここぞという場面では必ずシュートを決める点取り屋でもあった。
そして、カーターの思惑通り、デイヴィスはその誘いに乗った。
実際に発掘を始めると、時間はかかったものの、宣言通り、トトメス四世の墓を発見した。そのほかにも、ハトシェプスト女王やツタンカーメンの曾祖父母にあたる、チャリオット隊総司令官のイウヤ(ユア)とその妻チュウヤ(トゥヤ)、そしてアメンヘテプ二世の墓発見など、錚々たる実績を上げたのである。
チャッカマンがいなかったら、このような歴史の一ページを飾ることはなかった。
そして何より、デイヴィスが参加してくれたお陰で、ツタンカーメンの即位名が書かれたファイナンス製の盃を見つけることができたのだ。
「でも、カーターは、ツタンカーメンの墓の場所について、ある程度、見当をつけていたという話があるじゃないですか」
「それなのに、デイヴィスとの二人三脚では発見できなかった。しかも、ツタンカーメンの墓の入口まで、あと2ヤード(1.8メートル)以内のところまで来ていた、ということが言いたいんでしょ?」
「さすがですね。おっしゃる通りです」
アルの声が弾けていた。
「それが、データ上だけでは分からない部分なのさ」
僕は、それを証明するため、デイヴィスと、彼が12シーズンにわたって関わってきた人たちの相性についてミエログリフで考察した。
1、1902年~04年:ハワード・カーター
2、1904年~05年:ジェームス・エドワード・クイベル
3、1905年~08年:エドワード・ラッセン・アイルトン
4,1908年~11年:アーネスト・ハロルド・ジョーンズ
5、1912年~14年:ハリー・バートン
「このリストから、デイヴィスとの相性について、いくつかの実例を挙げると、カーターと同様、ピートリーの門下生だった、1882年12月17日生まれの『3.アイルトン』は、デイヴィスと一緒に働くことに相当なストレスを感じていたみたいだね」
その結果、08年11月に辞職したんだけど、そのときの心境について、紹介者であるアーサー・ワイゴール(ウェイゴール)に宛てた手紙の中で、『これでデイヴィスの顔を見なくてもよくなった。せいせいした』と書き綴っている。
「そんなに仲が悪かったんですか?」
「デイヴィスのことを毛嫌いしていたみたいだからね」
アイルトンの星は『水』。デイヴィスの『火』からみると、明らかにデイヴィスが苦手とする関係性にある。
紹介者である1880年11月20日生まれのワイゴールは、カーターのライバル的存在の考古学者で、星は『木』。デイヴィスとの相性は良く、実際、我の強いデイヴィスを上手に扱っていたといい、デイヴィスからの信頼も厚かったという。
「アイルトンのあとを継いだ『4.ハロルド・ジョーンズ』も、『発掘の楽しさは、デイヴィスの過度な干渉によって、すっかり失せてしまった』と漏らしていて、『もし今の自分が楽な道を歩けるとしたら、デイヴィスの言いなりになるしかなく、仕事の質を落とすしかない』とも言っていたというから、ジョーンズも、よっぽどだったんだと思う」
ジョーンズは1877年3月7日生まれで、『金』。アイルトンとは真逆で、『火』のデイヴィスへは対等どころか、意見すらできなかったと思われる。
だからというわけではないが、
「デイヴィスとの仕事が直接の原因ではないと思うけど、もともと肺が弱かったジョーンズは、一一年にデイヴィスの下を去ることになるが、その理由が病気で亡くなってしまったんだから、たぶんストレスが相当たまっていたんだろうね。発掘現場の環境も劣悪だっただろうし、可哀想な人だったよ」
星と相性については、決めつけるのではなく、あくまで傾向性として参考にするようにと、僕はアルに繰り返し説明した上で続けた。
「それはそうと、カーターのあとを受けた、1867年11月11日生まれの『金』である『2.クイベル』についてもそう。カーターがその後、地団駄を踏んだように、彼はアメンヘテプ三世の正室ティイの両親であるイウヤとチュウヤの未盗掘状態の墓を発見する大仕事をやってのけたんだけど、デイヴィスの傲慢な態度に業を煮やして、机の下で拳を握り締めなかった日はなかったみたい。ジョーンズと同じで、デイヴィスには何も言えなかったんだろうね」
「じゃあ、どうしたんですか。クイベルも病気になってしまったとか・・・・・」
「幸いにも、イウヤとチュウヤの墓を発見後、別の勤務地に転勤になったため、自分の意志とは関係なく、デイヴィスと仕事をやらなくて済むようになったんだ」
「そうだったんですね。よかったですね」
アルがホッとしたようにつぶやいた。
「デイヴィスの名誉のためにも言っておくと、すべてがすべて、デイヴィスが悪いわけではないからね。あくまで星の特徴と相性を分かりやすく説明するために、参考例として登場してもらっただけだから。いいね? アルちゃん、誤解しないようにね」
僕はここでひと息つくと、アルを確認した。彼は「分かってます」と、何度も頷いた。
『金』のジョーンズとクイベルの二人がデイヴィスに対して強く出られなかった理由は、簡単に言うと、『金』は『火』で溶かされてしまうからであり、アイルトンの『水』は、デイヴィスの『火』に対して強いのは、『水』は『火』をいとも簡単に消してしまうからである。
「だからアイルトンは、デイヴィスの傲慢さに耐えきれず、『もう、やってらんねえよ!』と辞職届けを叩きつけることができたんだと思う」
アルが興味津々で聞いていた。
「そうしたことから考えても、カーターが遺物主任査察官を務めているときに、ツタンカーメンの墓を発見していたら、デイヴィスは、自分一人の手柄にしていた可能性は十分にあったと思う」
「それが、さっきおっしゃっていた、『心から、その人に付いていこうと思うかどうか』ということなのでしょうか?」
「その通り。クイベルやアイルトン、ジョーンズたちがデイヴィスに対して嫌悪感を抱いていた理由は、ストレートに言うと、『強欲』『自我』『上から目線』だったみたいだから」
僕はそう言うと、「その人に付いていきたくなる」ピートリー先生について話題を移した。
「ピートリーもかなりの変り者だったらしいけど、彼はリーダーとして、とても優秀だったみたい。もともと測量技師だったこともあるけれど、労働者に対しては、労働時間をきちんと定めて、一人ひとりの役割を明確にして、効率よく合理的に仕事ができるように分業体制を作り上げたというんだ」
「それを聞いただけでも、僕もすごく興味が湧いてきます」
「ここがすごく重要な部分なんだけれども、そのころの発掘作業では、現場労働者による遺物の盗難がちょこちょこあったらしいんだ。だからこそ彼はそれを防ぐ目的で、労働者には十分な給与を支払って、住む家まで手当てしていたんだよ」
「へえ、すごいですね」
「そうなんだよ。今の時代でも、そういうことができる人は、なかなかいないよ。上の立場の人は、どちらかというと自分は楽をしながら金だけは貰って、下の人には1円でも少なく、1分でも多く働かせたがるでしょ? ピートリーの時代は、今以上に格差社会だったのに、その真逆のことをやったんだから、人としての器の大きさは、推して知るべしだよね」
「ほんとですよね。そこまでしてくれる親方には、誰だって付いて行きたくなりますよね。僕ですら、今すぐ付いていきたくなっちゃいましたよ」
僕は思わず苦笑した。
「さらに言うと、カーターやアイルトンを世に輩出したように、後進の育成にも力を注いでいたことは大いに評価されるべきだね。文献を読む限りでは、彼に関して、これといった悪い評判は出てこない。実際にはどうだったのかは分からないけれど、現場の労働者たちからは慕われていたんじゃないかな」
「デイヴィスとは、完全に真逆ですね」
僕は大きく頷いた。
「カーターは、ツタンカーメンの墓の場所もさることながら、たぶんデイヴィスの心の在り処まで見抜いていたんじゃないかと思う」
「なるほど、そういうことなんですね」
「あくまで、推測だけど」
「そのほかにもカーターは、デイヴィスに対して、どう思っていたのでしょうか?」
「発掘品に対する愛情があるかどうか、そういった心の領域についても、いろいろと感じるところはあったんだと思う。カーターは後に『発掘とは保全である』という名言を残していて、その考え方が後進たちの手本にもなったくらいだけど、デイヴィスはその真逆で、保全や保管をないがしろにしていたから、『ぶん殴ってやりたい』くらいの嫌悪感を抱いていたと思う」
「そういう側面もあるのですね」
「まあね」
カーターはその後、デイヴィスとは関係なく、1905年5月に起こった事件をきっかけに、せっかく得たエジプト考古局の仕事を失ってしまうのである。
「彼は、気炎を吐く素晴らしきチャッカマンであると同時に、口から火を吹くこともあったから。人には誰しも二面性があるということの好例だよ」
カーターが、古代遺物主任監査官に任命されたのは1899年。エジプト探査基金から派遣されて八年の歳月が流れていた。それまでの間、ピートリーの下で懸命に修行に励み、独学で考古学やヒエログリフをマスターするなど、ひたすら努力を重ねていた。
愚直ながらも真摯に取り組む姿勢を高く評価していたのが考古局長ガストン・マスペロであり、たった二人しかいないその重職に、カーターを大抜擢したのである。
しかし、その約5年後の1904年、カーターはサッカラに転任を命じられ、そのわずか1年後に、その事件は起こったのである。
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