大人になんてなりたくない下
村から出ていくと言っても簡単ではない。まず一人で生きていける様にサバイバル知識を養わないといけない、そしてそのサバイバル知識を使えるパワーがないといけない。
この二つは今日までに養ってきた。だが一番の問題は村長に村から出ていくことを認めさせないといけない事だ。正直黙って村から出ても問題は無い、けれどもそれは自分の忌々しい過去への逃げだと感じしてしまう。あの大人達と一緒だと感じてしまう。だからこの村と決別する意味も籠めて村長にどうしても認めさせたいのだ。
正直に言うと、もう少し早く村長に伝えていたら可能性は上がっていたのかもしれない。けどギリギリまで知識を詰め込みたいという欲が出てしまい、こんな儀式前日となってしまった。はぁ、自分で自分が情けない。
今までやれるであろう事は全てやってきた、もちろん脳内シュミレーションも何度も重ねてきた、けれども本番というものは何が起きるかわからない。それを念頭に置いて自分は村長の家のドアを開けた。
「うん?幸輝じゃないか、どうした?」
村長は自分の家のドアが開き、今回の儀式の主役が入ってきた事に気づくと、ゆっくりと読んでいる本を置き、座から立ち上がった。
「村長、読書中すみません。どうしても今日話したいことがあって、訪ねさせてもらいました」
村長はこの村を統括している人物。そのため儀式の監督、確認を任されている。だとすれば、大人達のサボりも発見している可能性は高い。もしそうだとしたら、発見しているにも関わらず見逃していた事になる。できればそれも聞きだせるといいんだけれども。
しかしこうやって実際に会ってみると憶測にも関わらず、どうしても自分の中の憎悪が湧き出てしまいそうだ。
「何だ?これから儀式やパーティーの大詰めをしなきゃならないから手短に頼むぞ」
折角の休息の時間に水を差されたのが気に入らないのか、村長は少し不機嫌そうに答える。
「村長、あの...」
そうやって村から出て行きたい事を伝えようとするが、次の言葉が喉に詰まって出てこない。
このまま村から出てしまったら自分はどうなるのだろうか?と考えてしまう。勿論村から出た後のことを考えていなかった訳ではない。村から出たらとりあえず雨風をしのげる住まいを作って、昔の人みたいに狩りを中心とした生活を送り、自由気ままに過ごすのだ。まぁそんな生活をしようとするのだから、安全なんてものとは無縁の生活になり死に近づく生活を送る事になる訳なのだが。
だがその安全が今更になって失うのが怖くなる。儀式の危険は整備が不十分な所に気を付ければいいのではないか、そうすれば自分もこの村で大人として迎えられて、食糧にも困らず、死というものから遠いとこで過ごせるのではないかと考えてしまう。あぁ、今更になって怖気づいてしまうなんて、自分はなんて腰抜けなんだろう。
「何だ?何もないならもう出て行ってくれないか。こっちも忙しいんだ」
村長はそう言うと、気怠そうに読みかけていた本を再度読み直し始めた。
その後ろ姿を見て、俺は何をしに来たんだっけ?村長が読書している所をぼぉーっと眺めに来たんだっけ...と思ってしまう。そしてドアに手をかけ、もっと大人になってからでもいいんじゃないかと再考してしまう。とりあえず明日の儀式を終わってからにしようと考えた時、兄が亡骸になった日のことを思い出す。
(...だめだなぁー、それじゃあ結局何にも変わんない。兄さんの亡骸を見た時、あんなにも自分を変えて村から出ようとしたのに、これじゃあだめだよな)
最初に自分が村から出るために努力をしようと思った起原を思い出す。もう逃げやしない。
そう覚悟を改めて後ろの村長に向き直して告げる。
「村長村から出ていかせて下さい!」
「な!...」
それを聞いた村長は、驚いた顔をした後眉間にしわをよせる。それもそうだろう、儀式の一人しかいない主役が村から出て行きたいと言い出したんだから。現代風に言えば、誕生日パーティーを子供の為に開こうとしたら、その子供が縁を切って家から出ていきたいです。と言っているのと似たようなものなのだから。
「正直、自分でも言っていることがどうかしていると思っています。けど、けど、どうしてもこの村を出ていきたいんです!」
本当にこんな前日に村を出ていきたいと告げるなんて非常識だ。けど自分はどうしても儀式前にこの村を去ってしまいたい。
「まぁ、別にいいぞ」
?今こいつ何て言った?別にいいぞって言った?え?何で?
「なんだ、自分から村を出ていきたいって言ったくせに何を惚けている?まさかこんなにも早く許可がもらえるなんて思っていなかったのか?」
確かに村長の言う通り全くもってこんな簡単に許可が出るとは思っていなかった。ここは喜びたいところだけど、どうしても気になってしまう。なぜ村長はこんなにも簡単に許可を出してくれたのだろうか?
「村長、許可をいただいたのは嬉しいのですが、なぜこんなにも簡単に許可をくれたんですか?」
村長はやっぱり理解できてなかったか、と言いたげに首を横に振り訳を話し始めた。
「ふん、簡単なことだ。このままお前みたいな協調性のない人間が、自警団の仲間になったって、自分の命欲しさに助けられる仲間を捨てて一目散に逃げだすだろう?だったらいないほうがましだ。逆に居たら輪を乱す。それにお前みたいな儀式すらもうけない、大人になれない子供は猪の群れを見ただけで逃げ出してしまうだろうよ」
うぅ、確かに言われてみたらそうだ。万に一つもないが、自分が自警団に入ってもしも助かる他人の命と自分の身の安全、どっちをとるかと聞かれたら、自分の命を取ってしまう。ただ猪の群れを見ても逃げだすだなんて思われるのは少し心外だし、儀式すら受けれない軟弱者だと思われるのはしゃくだ。
ただ今ここで反抗してしまったら、折角簡単に許可が出たのに無くなってしまうかもしれない。だからここは文句ではなくあの疑問をぶつける事にした。
「た、確かに言われてみればそうですね」
「ふん、だからお前は儀式にも挑む事ができない腰抜けなんだよ」
「あの村長、ついでに聞きたいんですけど、村長は闘技場の整備をしている者がサボっていることを知っていたけど、見逃していましたよね?」
これを聞いた村長は少し考えると開き直ったのか、堂々と話をし始めた。
「あぁ、勿論知っていたとも。だって私は現場監督の役もやっていたからな。だがそれがどうした?頑強なる統治をするためにはアメも必要だ」
それを聞いて確信した。こいつはくそ野郎だっていう事を。
「なんだ?私がサボりを見逃していたことを告発するつもりか?無駄だぞ。この村の住人は村長の言葉と、皆が楽しみにしていた儀式を前日に里抜けをしたいと無茶を言い出して台無しにした子供。果たしてどちらの言う事を信じるかな?」
あぁちくしょう、俺の兄さんはこんなくそ野郎の統治を盤石にするための生贄になるために死んだのか!
「一応聞きますけど悪いと思っていますか?」
少年はこれ以上大人という生物に対して失望したくないのか、一抹の希望を持ってたずねる。
「そういえばお前の兄は儀式のせいで死んだんだったな。もしかして謝罪でもして欲しいのか?くだらない、あんな運が無いやつに謝罪している暇があったら、もっと村興しをした方がいいと思うんだが」
その言葉を聞いて思わずこいつの顔面を殴りそうになる。その衝動を抑えるために、少年は逃げるように村長の家から出ていき、村を出ていった。
村を出た少年は、村長の言葉に心を惑わせられながらも、自分の腰を落ち着かせるための住処を作りはじめた。
「あぁー良かったサバイバル技術を学んでおいて。とりあえずこれで雨風がしのげそうな場所は作れたから、次は食糧集めだな!」
少年は村を去って一人で生きていった。
そして二か月後・・・
「ふぅー、ここでの生活もだいぶ慣れてきたな。最初は上手く出来るか心配だったけど案外やれるものだな」
少年は森で生活を続けていた、最初は別の村に行くことも考えていたが、また同じような大人に出会いたくないと考えて行くのを止め、結局森に永住することにしたのだ。
そして少年は、朝は太陽の光で起きて朝食を済ませると朝の体操をして、体力をつけ、昼には魚を採って食べて備蓄して、夜には住まいの中でこれから役に立っていくであろう物資を作るという日々を送っていた。
ある秋の日、少年はいつものように食糧を集めを行っていた。だが少年は浮かない顔をしている。
「それにしても最近は食糧が採りにくくなってきたな、やっぱり冬が近づいてきているからかな?」
そう、少年は初めて森で過ごす冬というものに対して焦りを感じていた。自分は森の中の冬を越せるだろうかと心配をしてしまう、備蓄に関しては、冬を充分に越せる量を集めているが、寒さを凌ぐことに関しては自信がなかった。
そんなことを考えている少年に近づく者がいた。その近づく者は少年の後ろにある茂みを揺らして少年の前に姿を現す。
「!な、なんだ!?」
少年は忘れていた、冬を越すために食糧集めをしているのが自分だけではないということを。少年は忘れていた、圧倒的人数ではたとえどれだけの知識を持っていたとしても、無駄にしかならないことを。
(猪!?しかもこんなに沢山!)
そんな事を考えていると、群れの中の一匹の猪が少年に突進してきた。猪の群れは、冬が近づいてきたことと、今年から森の中に乱入してきた生き物のせいで、毎年冬越えのために採れていた量の食糧を取れなくて気がたっていた。さらに少年はいきなり猪の群れと出会ったことにより思考が鈍っていた。そのため猪が突進する初期動作を見逃してしまい、もろに突進を喰らってしまった。
「グッ!ガハッ!」
身体の骨が折れる音がする、内蔵が潰れた感覚が身体の隅々にまで走る。そして少年は認識する。自分はこのままでも死ぬが、今この場では猪達にもてあそばれて死ぬのだと。その瞬間昔の思い出が蘇る。
「あぁ、これが走馬灯ってやつか。ふっ、はっはっはっはっは!」
少年は笑う。彼は自分が死ぬということを認識して狂ってしまったのではない。彼は満足したのだ。
かつて死んだ兄のように村という名の牢獄で死ぬのではなく、自分でやりたいようにやって死ぬことに対して。
少年は思い出す自分の兄が死んだ日、彼が兄の亡骸を見て思ったのは悲しみや喪失感ではなく自分はこうはなりたくないという焦燥感だということを。
唐突に笑いだした少年に猪はびっくりしたのか、猪はもうその場からいなくなっていて。しかし少年は動けない、猪の突進が急所に入ってしまい、もう後は死ぬだけだから。
少年は笑う、自分に残された自由を噛み締めながら。少年は笑う、自分は村に縛られず少年のまま死ねたことに対して。その笑い声は少年がこと切れるまで森の中をこだました。
自分らしく生きるため僕は大人になることをやめた 黒谷猫田 @kanakiri
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