二回戦:指切りじゃんけん

 大部屋に戻ると、既に一人が座っていた。

 ゲーム開始前から印象的だった色白の美少年だ。彼の洋服にも血がついていて、それが彼自身の血なのか返り血なのかは判断ができなかった。


 ガラスで仕切られた向こうの部屋を覗くと、ちょうど菱科が部屋から出てくるところだった。

 向こうの部屋は十人でペアマッチを行っているため、勝者は五人だ。再びのペア探しがはじまる。菱科は当然のように別の人間の手を引き、扉の中に入っていった。


 俺も負けてらんねェな、と草刈は思う。

 さて、次にこの美少年と戦うかどうかだが――草刈の答えは決まっていた。

「おい、殺ろうや」

 美少年は草刈の方を見て、にっこりとほほ笑んだ。

「いいですよ、お兄さん」


**


 美少年は神木かみきと名乗った。

「草刈さんは一回戦でどんなゲームをしたんですか?」

「馴れ馴れしいな、お前」

「あははー。でも、どちらが勝ってもこれからセックスをするんです。お互い仲良くなって損はないでしょう」

「お前が戦わずに負けてくれるんなら話は早いんだがな」

「は? 嫌ですよ。男にブチ込まれるなんて。汚らわしい」

 ブチ込むのは問題ないのか、と草刈は笑った。

「ということで、仲良くしましょ?」

 神木の差し出した手を無視して、草刈は部屋のモニターに目をやった。この部屋もさっきと同じ構造で、モニターが一枚と扉が三枚設置されている。ゲームが決まればそのゲームに即した部屋の扉が開くのだろう。


 一回戦の部屋と同じように、モニターに次のゲーム名が表示された。


『指切りじゃんけん』


 指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。

 そんなメロディが草刈の頭に思い浮かんだ。

 ガコン、と音がして一枚の扉が開く。


 その扉の先には、椅子と机のセットが2つ向かい合っていた。

 机には大きな黒い箱が乗っていて、箱からはコードが伸びていた。

 草刈と神木は机へと向かい、勢いよく黒い箱をどかす。


 そこには、のようなものが置いてあった。


 裁断機とは、紙をまっすぐに切るときに使う道具であり、台と刃から構成される。

 紙を置く台から斜めに刃が伸びており、その刃をまっすぐ下に下ろすことで、紙がまっすぐ切れるという仕組みになっている。

 机の上に置かれた裁断機が従来のものと違うのは、台座の部分に人間の手の形をしたくぼみがあることである。

「かはは」

 草刈の口から乾いた笑い声が漏れた。

 その手の形のくぼみに嵌るように手を置いて刃を下ろすと、人差し指から小指までの付け根がすっぱりと切れるようになっていた。

「ふふ。指切りじゃんけん、ですか。文字通り指を切るっていうことですね」

「みたいだなァ。詳しいルールを聞こうぜ」


 部屋のモニターが付き、仮面の男が映った。ルール説明の映像だ。


「それでは、『指切りじゃんけん』のルールを説明します。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。三すくみでお馴染みのじゃんけん。今からお二人には、じゃんけんでをしていただきます」

「……一回勝負、か」

「双方、手首が拘束された状態でじゃんけんを行い、決着がついた時点で、勝った方の拘束が解かれます。そして勝者の拘束が解かれてから三十秒後に、敗者の拘束が解かれます」

「……」

 神木はルールに違和感を覚えた。

 神木が一回戦で行った『岩山崩し』は、負けたほうがそのまま肉体的な負傷を負い、行動不能になるゲームだった。しかしこのゲームは違う。負けたほうは三十秒間動けないだけである。

「なるほどなァ。つまり、このゲームに勝った方が勝ちってわけじゃなく、アドバンテージを得られるだけってことか」

 草刈もルールを咀嚼する。

 しかしまだ、肝心の裁断機についての説明がなかった。


「まずは椅子に座り、その手のくぼみの上に手のひらを乗せてください」

 草刈と神木は言われた通り手を乗せた。

 すると、ジャキン、と音がして手首に鉄の拘束具が噛ませられる。

 机は床に完全に固定されているので、手を引きちぎる以外で逃げようがなさそうだった。

「次に、グーかチョキかパーを決めます。決まったらその形の手を作り、相手に見えないよう箱で隠してください。それ以降手を変えることは禁止です。じゃんけんぽんの合図で、自動で箱が外れ、通常のじゃんけん勝負をします」

 そのじゃんけん勝負で勝てば、先に拘束が外れて三十秒間好き放題できる。


「しかし、注意してください。拘束が外れるより前に、

「……」

 裁断機の刃が降りるとどうなるか。

 チョキを出していれば人差し指と中指が。パーを出していれば、親指以外の四本がスパッと切れてしまう。


 だから、指切りじゃんけん。

 このじゃんけんは、グーとチョキとパーの価値が平等ではない。


「手番を整理します。

①まずは手の形を決めます。

②じゃんけんぽんの合図で手を公開。あいこだった場合は①からやり直しです。

③勝敗が決すれば、両者の裁断機が降りて、指を立てていた人は指を切断されます。

④そして、じゃんけんの勝者が三十秒早く拘束を解かれます。

 このゲームに限って言えば、じゃんけんの勝敗がそのままオスとしての勝利というわけではありません。重要なのは、最終的にどちらがブチ込むか。ルール説明は以上です。それでは、ゲームをはじめましょう!」


 仮面の男の声でゲームがはじまった。


「ふふ、楽しいですね、草刈さん」

「あァ? イカれてんのかおまえ」

「だって、強い男とガチで戦えるんですよ。こんな機会、今までなかったから。草刈さんは楽しくないんですか?」

「馬鹿か。楽しいに決まってんだろ!」

 満面の笑みで、草刈も言葉を返す。

 草刈は既に行動を決めていた。箱を被せる。


**


 神木は、パーを出す気がなかった。

 パーで勝ってしまった場合、指が四本飛ぶ。最悪意識ごと飛ぶ可能性だってあるだろう。そうなったら、勝者に与えられる三十秒のハンデが全く意味をなさなくなる。

 

 それがこのゲームの基本だと神木は認識している。

 最悪、グーを出して負けてしまっても、指が四本飛んだ人間相手にタイマンで負けるとも思えなかった。

 だから最適解はグーである。

 神木はグーを作ろうとして――――

 ――――思考の海に再び潜る。


 もし、両者ともがそう考えるとどうなる?

 簡単だ。グーでの

 拘束されたままあいこを繰り返して数時間が経つと、体力はなくなっていく。ゲームを終わらすには指を失うしかなく、終わらせないならどちらかが餓死するまでゲームは続いていく。

 否。

 相手が死んだら終わりなんてルールはない。つまり、相手がグーを出したまま餓死した場合、チョキかパーでゲームを終わらせないといけない。

 しかし片方が餓死するくらいの極限状態で指を失って、生き残れるだろうか。


 そこまで考えて、神木は深呼吸をした。


 草刈がどういうタイプかわからないうちから敵を仮定して思考の海に潜るのは危険だ。

 初手は、グー一択。


 グーを出せば、①グーであいこの場合は問題なく、相手の性質も見えてくる。②チョキに勝利した場合は完璧だ。③パーに負けた場合でも、指四本を失った相手に殴り合いで勝てばいい。

 ①~③のどの場合でも、勝機はあると神木は踏んだ。


 手をグーの形にする。


**


 じゃんけん……ぽん!


**


 草刈:パー

 神木:グー


 草刈修の勝利


**


「は……はは、草刈さん、草刈さん草刈さァん! まさか指四本犠牲にしてくれるなんて。あなたは面白い人ですね。僕は指のないあなたの攻撃に三十秒耐えればいい。それくらい余裕です!」

 神木が勝ち誇ったような口調で言う。


「それでは――裁断です」


 仮面の男のアナウンスと共に、刃がスパッと降り、


「あははははははは! ウインナーみたいですね。あははははは…………はは……………………は?」

 草刈の拘束が外れる。


 立ち上がった彼の右手に、


「は? なんで? いや。今指飛んだじゃないですか。はは。どういうこ――」

 草刈は無表情で神木の頭を掴み、机に叩きつけた。

 二回、三回、四回。

 神木の歯が飛ぶ。

はんへなんで……?」


 草刈はなおも無表情のまま、次は顔面に右足で蹴りを入れた。勢いよく後ろに飛びそうになったが拘束具がそれを許さない。「あがぁ!」鈍い悲鳴が上がる。

 みぞおちを何度か蹴ったあと、草刈は


 口を掴んで無理やり開き、その中に指を詰め込む。

 掌底で顎を無理やり閉じて、その衝撃で小指が神木の喉を通り抜けていった。

「ぐぁ、おえ……」

「何食ってんだよ、気持ち悪ィなあ!」

 五発殴ったころには、神木は抵抗する気力を失っていた。

 すでに彼の拘束も解かれていたが、そのまま地面に倒れこむ。

「地面が好きなのか?」

 草刈は背中を強く踏みつけて笑った。

「脱げよ」

「え……」

「服、脱げって言ってんだろ」

「いや」

 顔面を蹴り上げる。

「あ――」

 蹴る。蹴る。踏みつける。

 神木はゆっくりとズボンを脱いだ。目からは涙が流れていた。


「従順なメスにいいことを教えてやんよ」

 草刈も自分のモノを出し、うつ伏せになっている神木に伸し掛かった。


「ゲームを決めるルーレットでな。俺は『じゃんけん』と『あっち向いてホイ』って文字列を視認したんだ。だからこのゲーム中、それらを模したゲームに当たる可能性があると思った」

「うぅ……うぐ」

 髪の毛を掴みながら器用に体を動かし、解説を続ける。

「一回戦でやった剣山手押し相撲から、じゃんけんにも何か血生臭いルールが追加されるってことはすぐに思い至った。じゃァ、じゃんけんに付随する血生臭いルールってなんだと思う?」

「……うっ…………うぅ」

「オイ、俺は質問してんだよ。勝手にイッてんじゃねえ」

 草刈は綺麗な背中に唾を吐く。


「じゃんけんってのは指を使う遊びだ。指に対して何かダメージを与えるものだと推測できる」

 まさか、切るとまでは思わなかったけどよ、と笑う。


「だから俺は、

「……え?」

 痛みと快楽に溺れていた神木も、この言葉には疑問を抱いた。

 手を、拝借?


「一回戦の相手から、手を貰った。ちょうど会場には剣山があったからよォ。相手は気絶していたし、手首を切り取るなんて簡単だった」

 草刈は、中山の手首を切断し、短パンのポケットに入れて二回戦に挑んでいた。

 じゃんけん勝負の時、自分の手ではなく中山の手を広げて置いていたのだ。

「運営側は俺たちの勝敗管理をしている以上、俺たちの出した手を知る術がある。出した手を認識するのは、映像か台についたセンサーしかねェ。だから俺は、手の偽装は通る可能性が高いと踏んだ。そして通った」

「……あ……」

「ああ?」

「悪魔…………」


 神木はそれだけ言うと再び絶頂し、そのまま気絶した。

 草刈は神木の中に精を注ぎ込んだ後、ゆっくりと元居た部屋へと引き返した。


 あと一回勝てば、向こうのブロックから上がってくるであろう菱科との対決になる。


 やっと、やっとだ。

 やっと、決着をつけられる。


 草刈は小さく笑った。



■指切りじゃんけん

 勝者:草刈修



■NEXT GAME

 →ありものしりとり

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