一回戦:剣山手押し相撲
その部屋は、地面に小さな円がたくさん書いてあった。
よく見るとその円は、線で引かれているわけではなく、溝になっている。
「……」
草刈と中山は部屋の中央まで歩いて行き、部屋のど真ん中に足跡のマークが向かい合っているのを発見した。
その足跡に足を合わせたら、1m弱くらいの感覚でお互いが向かい合うような姿勢になる。
「この部屋で行うゲームは、『剣山手押し相撲』です」
モニターの中の仮面の男が言った。
きっと録画映像なのだろう。さっきよりも事務的な声色に感じた。
「ルールは簡単です。まずは双方、足跡マークの上に足を乗せてください。位置による有利不利はありません。なお、ルール説明中に相手の体に触れた人間は敗北となります」
草刈と中山は言われたとおりに足を乗せ、向かい合う。
すると次の瞬間、ジャキン、と音がして床からおびただしい数の針が飛び出てきた。
地面に描かれていた小さな円が開き、円錐状の針が飛び出てきたのだ。底面の直径が5cmほどのそれは先端が鋭く、一本でも踏んだらただでは済まないような太さだった。
それが、地面を隙間なく覆いつくしている。
足跡マークのところ以外を踏んでしまったら、足が足として機能しなくなってもおかしくなかった。
「剣山手押し相撲、か」
手押し相撲とは、子どもの遊びの一つだ。
二人が向き合って、手のひら同士で押しあい、先にバランスを崩して動い たほうが負け。
相手の手を握ったり、手のひら以外 のところを押すのは反則であり、フェイント などを織り交ぜることでただのパワー対決にならないところが面白さのひとつだった。
しかし、当然ながら力の強い方が有利である。
「このゲームの敗北条件はひとつです。先に足跡マーク以外――剣山に触れたら負け。また、相手をホールドする行為は反則とします。手を握るのはもちろん、体を握るクリンチのような行為も禁止です。それ以外は何をしてもかまいません」
「……なるほど」
草刈はつぶやいた。
「つまり、相手の手以外を押しても問題ねェってことか」
中山は驚いたような表情をする。
「はっ、そうか。普通の手押し相撲だと相手の体を押すのは禁止だけど、今回のルールだと問題がない! ……でも、それなら」
そう言って彼はニヤリと口元を歪める。
草刈も同じことを考えていた。
それなら、フィジカルで勝る中山の方が有利であった。
「草刈君。君はオレに勝てないよ」
「それはどうかな」
しかし、フィジカルで負けているからと言って、負けるわけにはいかなかった。
俺は最強になるんだからさ、と草刈は自分を鼓舞する。
菱科とは別の部屋だ。しかしそれは、菱科と決勝で勝負することを意味している。だったらそこまで負けるわけにはいかない、と草刈は考える。
「それではカウントをはじめます。10カウントが0になった瞬間、ゲームスタートです。制限時間はなし。どちらかが敗北するまでゲームを続けます。それでは!」
10、9、8……と画面にカウントダウンの数字が並んでいく。
草刈は大きく息を吐いて、中山の顔を見る。
中山は筋肉の調子を確かめるかのように右腕に力こぶを作り、左腕に力こぶを作る。
カウントが7になった瞬間、草刈は大きく目を見開いた。中山は驚いて彼と目線を合わせる。
「……中山ァ。俺、気付いちまったわ。このゲーム、俺の勝ちだ」
「は?」
5、4……
**
中山は考えた。
ほんの少しのやり取りでもわかる、草刈は侮っていい相手ではない。したたかで、頭がキレる。
そんな草刈が、勝利を確信した表情をしている。
ただのブラフなら問題がない。圧倒的なフィジカルで押してしまえばいい。
しかし中山にはどうしてもただのブラフとは思えなかった。
草刈は何かに気が付いた。だから、自分の勝利を確信している。
なんだ? オレは何を見落としている?
これは単純な手押し相撲だ。しかも、手以外の場所を押してもいい。
狙うべきは相手の腰。
このゲームで一番警戒するべき行動は、しゃがみだ。
ゲーム開始と同時にしゃがむことで、相手の視界から姿を消すことができる。普通の手押し相撲の感覚でいるとその動きは想定にない。
通常通り、相手の肩のあたりを狙って手を突き出すと、突然のしゃがみには対応できないのだ。
初手でしゃがまれるとその押すべき肩がなくなってしまうため、バランスを崩す可能性が高い。
それには気付いている。
だから、最初から腰のあたりを狙うことで、万が一しゃがまれても顔を押すことができる。
――しかし。
中山は思考する。
前哨戦の時、草刈は中山よりも先にペアを作らないとまずいということに気が付いている。
つまり頭の回転で言えば草刈の方が上だ。
そんな彼が、しゃがみという単純な戦法をこのタイミングで思いつき、自信満々に言うだろうか?
いや、そんなことはない。
だったら彼は、違う方法を思いついているはずだ。
なんだ? この手押し相撲で…………
「…………あ」
瞬間、中山の脳髄に電撃のようなひらめきが走った。
言っていない。
このゲームは、手しか使ってはいけないだなんて一言も言っていない。
人間の脚力は、腕力の二倍以上あると言われている。
パンチよりもキックの方が強いのはある種の常識だった。
草刈は、オレのことを蹴ろうとしている。
いくらフィジカルで劣る彼でも、蹴られてしまったら負ける可能性はある。
だったらどうする。
単純だ。
オレも蹴ってしまえばいい。
蹴りにはある程度タメが必要である。同じ力でぶつかれば、俺が負けることはない。
なるほどな。
確かに手押し相撲で蹴りを使うという発想は中山にはなかった。
しかし、気付いた今、草刈に勝機はない。
中山は気付かれないようにそっと右足に力を込めた。
2、1……
**
「0!」
その音と共に――――ズシン、という音と、うめき声が響いた。
**
「う……な……なにが……」
倒れたのは、中山だった。
前のめりに倒れた中山は、両足と右手を剣山に貫かれていた。何とか顔は守り切ったようである。
「……いてぇ…………ぐぁ、いてぇよ」
剣山から床へと血が染み出す。
少しでも動いたら別の針に突き刺さるため、中山は動けずにいた。
草刈は勝ち誇った顔をしている。
「駄目だろう、中山ァ。バランス勝負の最中に、片足立ちになんてなっちゃったらさァ!」
「ぐ……でもそれは」
「確かに人間の脚力は強い。お前ほどの脚力で蹴られたら俺はひとたまりもなかっただろう。でもな、人を蹴るためにはタメが必要なんだよ」
草刈がやったことは単純だった。
中山が右足を振り上げた瞬間、残った左足をポン、と軽く足で押してやっただけである。
「お前は俺を吹き飛ばすつもりで蹴りに来た。逆に俺は、きっと片足だけになるであろうお前の足を小突くだけでいい。どっちが速いかは自明だろ?」
「……ぅあ……」
「痛そうだなァ。続けるぜ」
草刈は楽しそうに髪の毛を掻き揚げた。
「お前の思考は俺に誘導されてたんだよ。あのタイミングで自分よりもフィジカルが弱そうなやつが何かに気付いた。少し考えれば、脚しかねェってわかる。まさか『手押し相撲』で脚を使うなんて思いつかねえもんな。そういう気付きを与えてやると、人はそこで思考を辞めるんだよ。そして思う。相手が蹴ってくるなら自分も蹴ればいい。そこまでくれば簡単だ。相手より速くバランスを崩してしまえばいい」
「で……でも、オレのタメもそんなに長くはない。速さで負けるって考えなかったのか」
中山は痛みに耐えながら疑問を放った。
「考えねェよ。どっちの脚で蹴ってくるのかわかんだ。速さで負けるわけがないだろ」
「そこだよ……どっちの脚で蹴るか。オレが右で蹴るか左で蹴るかなんて草刈君にはわからない。どっちの脚で蹴るかを目で見て判断してから、地面に残っている脚を蹴るなんて、ちょと無謀じゃ」
「は? 言ったろ。どっちの脚で蹴ってくるかはわかってたって。だってお前、右利きだろ?」
「……なん…の確信が? オレが左利きの可能性だって」
「力こぶ。右から作ってたろ。ヒント与えすぎ」
「はっ……」
中山がカウントダウン中に行っていた行為だった。
その瞬間、電子音が鳴って、剣山が引っ込んだ。
元の床に戻る。
中山は地面に倒れこんだ。
「なに倒れてんだよテメェ」
しかし草刈は、地面に倒れこんだ中山の右腕を踏みつけた。
「ぐぁあああ!」
針に貫かれ出血している個所を踏まれた中山は悲鳴を上げる。「うるせェな」と草刈は頭を蹴った。
「お前は今から俺にブチ込まれるんだよ。四つん這いになって大人しくしろや」
草刈は乱暴にズボンを脱がせる。
「やめ……やめろ」
「あ? 敗者に指示する権利ねェから。ついでに言うと尊厳もな」
露になった下半身に草刈は唾を吐きかける。「汚ねェケツだな」そのまま男性器を蹴り上げた。
「あああああああああああああ!」
「うるせェって」
草刈もファスナーを下ろし、ため息をついた。
「勝った奴の責任とは言え、こんな男で勃たせられるわけねェだろ。なあ!」
もう一度蹴り上げる。
「おい運営。なんか映せや。今日一番売れてるAVでいいや。あとさ、一部だけ剣山出すって出来ねェのか?」
彼の指示通り、二本だけ針が飛び出してきた。中山の手のひらを刺して固定する。
すでに中山は抵抗する意思を失っていた。
これが負けるということ。彼は生まれて初めて敗北の味を知り、そしてこの先、勝利の味を思い出すことはないだろう。
髪を引っ張られ、わき腹を殴られながらブチ込まれる行為は、不思議と悪くなかった。
屈服は、快感だ。
それを知った中山の痛みはだんだんと和らいでいき、いつしか彼は気絶していた。
中山の体内に精を注いだ草刈は少しだけ彼の顔と、手を見た。
「じゃあな、敗北者」
■剣山手押し相撲
勝者:草刈修
■NEXT GAME
→指切りじゃんけん
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