前哨戦:ペア

 総攻め蟲毒。


 蟲毒とは、古代中国で行われていた呪術の一種で、毒を持った数多の動物をひとつの壺の中で飼育し、共食いさせ、勝ち残ったものを神霊として祀るものだ。

 毒虫を集め最強の毒を作り出す呪術は、常に攻め続けてきた男を集めて最強の攻めを決定する今夜のゲームとそっくりで、草刈は小さく笑った。


「皆様にはまず、ペアを組んでもらいます。ペアが組めたら、それぞれ壁の端の扉より部屋にお入りください。前のペアと同じ部屋には入れません」

 ガコン、と部屋に設置された扉の鍵が開く音がした。

「……」

 草刈はを覚えた。昔からこの手の予感を外したことはなかった。

 ゆっくりと船橋から離れ、一人の男の傍に寄る。

「では、どうぞ!」

 仮面の男の合図があった瞬間に、草刈は男の肩を叩いた。いかにも体育会系だという筋骨隆々な見た目の男が振り向く。

「なんですか?」

「俺とペアを組め」

「……ふむ。オレなら勝てると思ったのかい?」

 筋骨隆々の男の目が細くなった。

 しかし草刈は首を横に振った。

 この空間に、舐めていい人間なんて一人もいない。それはよくわかっていた。

「それなのにすぐにオレを指名した理由は?」

「気付いてないのか? この部屋に何人いるか確認しているか?」

「ああ? 二十人だろう」

「違う。だ」

 男は弾かれたように顔をあげ、人数を数えた。


 九人。


 確かに真っ白の部屋には二十人が集まっていたが、ガラスで仕切られたこちらの部屋は九人で、向こう側の部屋に十一人いた。

 人数が均等じゃなかったのだ。草刈の感じた嫌な予感の正体はこれである。

「俺は昔から、先に予感を覚えて、理由を後から見つけることがある。今回もそうだ。どうして部屋の人数が均等に分けられていない? ペアを組めと言っているのに、だ」

「……余りを出すため」

「そうだ。それじゃあ余りはシードか? いやいや。今夜のバトルに限ってそんなはずはねェよなァ? 余りってのは、敗北者だ。もうは始まっているんだよ。ということでどうだ。俺と勝負しねェか?」

「はは、なるほどな」

 男は納得したように笑った。

 わざと余りを作らせて、ペアをできなくする。草刈はそれを意地の悪い前哨戦だと判断した。

「なかなか手強そうだ。いいだろう。オレは中山なかやまだ」

 中山と名乗る筋骨隆々の男は右手を差し出してきた。草刈はそれを無視して部屋の方へと歩き出す。


 草刈が一番近くにいた船橋を無視した理由は単純で、船橋の得意領域がわからなかったからだ。長髪に無精ひげの美形、という情報しか外見から読み取れなかった。

 総攻め蟲毒では、どんなゲームをさせられるのか予想もつかない。

 状況が予想できない状況で、相手の手札もわからないようでは話にならない。それは勝ち気ではなく無謀である。

 だから草刈は、外見情報から得意領域がわかりやすい中山を指名した。


 小部屋の入る直前に、部屋をちらりと見る。

 ガラスで仕切られた部屋にひとりずつ、余った男たちがいた。

 その男たちに向かって、仮面の男は予想通りの言葉を投げる。


「ペアも作れない男に価値はありません。出ていけGet out!

 その言葉が言い終わらないうちに、ガコン、と二人の足元の床が開いて、姿が消えた。

「はっ――?」

 部屋にむかいかけていた男たちが一斉に振り向く。まさか、落ちて死んだ?

 すると、仮面の男は大げさな身振りで口を開いた。

「殺してはいません。本会場の床は1m四方で座標管理されており、私は自由に床を開くことができます。落下した先は緩衝材があるので死にはしませんが、ペアを作れなかったお二人にはここで退場いただきます」

 たいそう金のかかった設備だった。


 しかし――と草刈は思う。


 ここで退場した奴は、男にブチ込まれなくて済むんだろう。

 どうせ奴らは一回戦を勝ち上がれなかっただろうし、一回戦で負けるよりも、そっちの方がマシだったんじゃねえか?


 そんなことを考えながら、草刈と中山は小部屋に入った。


 その小部屋には、大きなモニターと三枚の扉しかなく、モニター上にはスロットのように高速で文字が回転しているのが見えた。早すぎて詳細はあまり見えなかったが、じゃんけんやあっち向いてホイなどの単語が見えた。

「……子どもの遊び?」


 そのスロットはしばらく回り続け、ある瞬間、ピタリと止まった。

 

 表示された文字は、『剣山手押し相撲』


 それと同時に、扉が一枚開いた。


 草刈は、嫌な予感を覚えていた。

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