総攻め蟲毒

姫路 りしゅう

会場入り

 コンセントのプラグと差口のように、わかりやすく愛し合える二人だったらどんなによかっただろう。

 草刈修くさかり おさむはベッドで大きなため息をついた。


 草刈と菱科ひしなは確かに愛し合っていた。

 同じくらい頭脳明晰で同じくらいスポーツ万能、芸術分野にも秀でていた二人は、学生時代から切磋琢磨しあい、お互いを人生のライバルだと認識していた。

 次第に彼らは強く惹かれていき、いつしか友情を越えた感情を抱くようになる。


 そして迎えた初夜。


「――よォ、菱科ァ」

「僕も同じことを思ったよ、草刈」


?」


 二人は常に挿れる側だった。

 彼らは女性経験はもちろん、男性経験もあったが、挿れられたことは一度もなく、今の今まで挿れる・挿れられるを気にしたことすらなかった。


 二人は揉めた。


 結局二人はその夜体を重ねず、ひたすらに自分が挿れる側であることを証明しようとした。

 、というのがお互いの共通認識だった。


 即興で作成した学問的なテストで知力を争った。

 深夜にまだ営業していたバッティングセンターでホームランの数を競った。

 イラストを描いてSNSに投稿し、一時間以内についたいいね数で戦った。


 どれでも決着はつかなかった。それほどまでに彼らの実力はハイレベルに拮抗していた。


「……こうなったら、もうやることは一個しかねェよな」

「――だね」

 二人は顔を見合わせて、右こぶしを強く握った。

 タイマンによる殴り合い。最後まで立っていたほうが勝利というこれ以上ない単純明快なやり方で、二人は決着をつけようとする。

 どちらが挿れるか、挿れられるか。

 その勝負の行方は――果たして、決着はつかなかった。

 否。

 正確には、二人はお互いの拳を交えることができなかった。

 目線を交差させ、お互いが右こぶしを大きく振りかぶった瞬間、は起こった。

 強い発光により、二人の視界が塞がれる。

「なんだァ?」

「眩し――」

 そこから彼らの意識は少しだけ飛び、次に二人は真っ白な部屋で目を覚ました。


**


 目を覚ました草刈はすぐに自分の安全を確認した。拘束などはされておらず、痛みなど体に異常もない。服装は先ほどまで着ていた間抜けなTシャツと短パンのままで、裸足だった。部屋はそこそこ広く、テニスコートくらいだろうか。部屋の壁際には十か所ほど扉があったが、一番近い扉は鍵がかかっていて開かなかった。

「……」

 草刈はあたりを見渡して、少し遠くに菱科の姿を見つける。

 部屋の中には二十人ほどの男がいたが、菱科以外に見知った顔はなかった。

 菱科も同タイミングで目を覚ましたのか、あたりをきょろきょろと見回した後、草刈と目を合わせた。

「おい、菱科ァ!」

 草刈は大きく手を振った。菱科も大きく手を振りながら口を動かしていたが、菱科の声は聞こえてこなかった。


「無駄や、兄ちゃん」

 すぐ後ろから男の声がする。

「あ?」

「この部屋はド真ん中にガラスの仕切りがあって、2部屋に別れとる。向こうの部屋に声は届かん。ちなみに壁際の扉は全部鍵がかかっとる」

 声の主は中年で、髪の毛と髭を伸ばしているが、不思議と汚い感じのしない顔の整った男性だった。

「あんたもここに連れてこられた心当たりは……なさそうやな」

 草刈は首を縦に振った。

「わいの名前は船橋ふなばしや。よろしくな」

 船橋と名乗る男は、ニヤニヤとした笑みを張り付けたまま、右手を差し出した。

 草刈はそれを無視して、「俺たちは集められたのか?」と聞く。

「さあな。わいにもわからん」

「男が二十人……か」

 集められた男たちは、二十代から四十代くらいまでの年齢層で、全員がどこか強気な顔立ちをしていた。

 ――こいつら全員、強いな。

 人生のあらゆる瞬間において人よりも優位に立っていた草刈の直感が告げる。

 強いというのはフィジカルに限った話ではない。知識、スポーツ、ゲーム。どんな分野でも、勝者は独特のオーラを放つ。

 それを嗅ぎ取った草刈は、目的もわからないまま改めて気を引き締めた。


 草刈が目を覚ましてから数分。

 突然、部屋に機械的な音が鳴り響いた。モーターが駆動するような音。

 男たちは音の発生源、天井付近へと目をやる。天井が少しだけ開き、プロジェクターとスピーカーが出現した。


 突如部屋の灯りが消え、真っ暗になる。しかし男たちは、プロジェクターが出現した瞬間からそれを予測していたため、悲鳴などは上げなかった。


 ――ブツン。


「こんばんは」


 壁に投影された大きな映像に、でかでかと仮面を被った男が映った。

 声は加工されており、中身の人物を特定することは難しそうだった。

「……デスゲームでもはじまるのだろうか?」

 部屋の隅から、透き通った男の声が聞こえてきた。美少年という言葉が似合う、色白な青年だった。

 草刈は改めて、この場には美形しかいないことを実感する。

 仮面の男のアナウンスが続く。


「突然ですが、皆様は男にとって一番大切なことは何だと思いますか?」

 単純な質問だった。草刈は頭の中で即答をする。

 勝つこと。

 人生、勝たなきゃ嘘である。人より優位に立つことに意味がある。

「人より優位に立つこと。ここにいる皆様は、きっとそう思っていると思います」

 心の中を当てられ、草刈は訝しげにスクリーンの方を見た。

「今宵は、そういう考えを持ち、そして実際に勝ち続けてきた方々に集まっていただきました。私もその中の一人です。では、ここでもう一つ質問です」

「……」

「皆様は、男と男の勝負においてのとは何だと思いますか?」

 敗北とは何か。草刈の頭には『死』や『破産』、『敗北感』などの言葉が浮かぶ。

 そしてそれらが一通り思い浮かんだあと、この部屋に連れていかれる前の記憶が蘇った。


 ――


「ある動物の話をしましょう。その動物は、縄張り争いなどの争いが終了した際、勝ったオスが負けたオスに性器を挿入し、同性同士での性行為を行う習性があります。自然界の掟に従うと、敗北したオスは性器を挿入され、真に屈服・敗北した証を刻まれるのです」


 草刈には、なんとなく話が見えてきた。


「私は決めたいのです。この中で、最強のオスは誰かを。常に勝ち続けてきた人間を集め、最強のオスは誰なのかを知りたいのです!」

「……はっ。なんやそれ。急に集められたと思ったら」

 船橋が小さな声で吐き捨てるように言った。

 仮面の男はそれを無視して説明を続ける。


「今から皆様には、トーナメント形式で様々なゲームをしてもらいます。体力を競うものもあれば、知力や運を競うものもある。ゲームの勝者は、敗者の体にを刻みつけ、屈服させてください。それを繰り返し、優勝者を決めます。この中の誰が、真の勝者か。今宵、最強の攻めを決定させたいと思います」


 ゲームを行い、勝ち続ける。

 参加者は戸惑いながらも、面白さを感じていた。強者と戦うのはただただ楽しい。楽しい一晩になりそうだ。

 彼らは全員、自分こそが最強だと識っていたため、闘志を燃やした。

「ちなみに、賞金とかはあるんか?」

「…………また、優勝者した方には特に何も用意していません。ただ最強であることが確認できるだけです」

 状況を飲み込んだ草刈は、少しだけ笑った。

 いいね。

 菱科と決着をつけるいい機会だ。

 俺がアイツよりも上だということを、ここで証明してやる。


「一点だけ、注意事項があります。行われるゲームの中では、今後の生活に支障を及ぼすほどの怪我をする可能性や、命を落とす危険性があります。もし、勝利よりも命や体の方が大切なのであれば、その場で降参してください。その時点でゲームを終了し、勝者が決定します。それでは皆様、準備はいいでしょうか?」


 仮面の男は一呼吸置いた。

 草刈たちは顔を見合わせて、全員が、自分が負けるはずないと思っていることを認識した。

「この一連のゲームを、私は古代中国のある文化に準えて、こう名付けました。それでははじめます」


 ――――総攻め蟲毒。

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