第27話 真実

それから一週間が経過し、夏休みの宿題をあらかた片付け終えた頃。彩はベッドで横になりながら、携帯でとあるサイトを覗いていた。


ページの一番上には、デカデカとしたフォントで『言えないでいる事をさらりと伝えるコツ』と書かれている。



「……こんなのに頼るなんてだいぶやられてるなぁ、あたしも。でも、読むだけなら別に問題ないしね」



指で画面をスライドさせ、ページを読み進めていく。


それはよくあるサイトの一つに過ぎない。正しい情報なのか、はたまた間違った情報なのか。サイトの管理人でさえも、きっとそれはよくわかっていないに違いなかった。


しかし、そこはさして重要ではない。ページを閲覧した者からすれば、それっぽい事が書いてあれば知識欲求は十分満たされる。


それをハナから理解していた彩は文字を追っていきーーそして、とある一文に目をつけた。



「気持ちというのは真情の発露である。それがどんな結果を招いたとしても、恐れず行動することがなにより重要である……って、これ適当すぎない? 月並みな意見どころの話じゃないよ」



苦言を呈しながらも、ふとその意味を考えてしまう。


気持ちを言葉にするのは簡単だ。


たった一言。さらに言えば、たった二、三文字の言葉を口にするだけで、好意や嫌悪を相手に伝える事ができる。


しかし、それは物事の変化がイコールだ。恋、友情、家族の事。


今後の在り方さえも変えてしまうその行動は、彼女にとってあまりにも荷が重すぎた。



「でも、このままグダグダしてても意味ないし。第一、弟くんにあんなメールを送った意味がなくなるしね。ここは勇気を出してみようかな、もう少し」



ーーと、その瞬間。けたたましい音と共に携帯が強く震え、彩は体をビクつかせる。



「うわっ、ビックリしたっ。なに、電話? 全然知らない番号だけど……」



若干、不審に思いながらも、おそるおそる電話に出る。


すると、聞き慣れたようで聞き慣れない声が耳に響いた。



『あ、先輩ですか? すみません、いきなり電話して。もしかして今、忙しいですか?』


「いや、普通にヒマしてたけど……その前に自己紹介して? 誰かわからないから」


『前に一年の教室の前で話したじゃないですか。ほら、先輩のファンの」


「あー……」



該当する人物が思い当たり、彩は納得するように語尾を伸ばす。



『先輩の連絡先知らなかったので、色んなツテをたどって手に入れたんです。どうしても、伝えなきゃいけない事があったので』


「話以前に、情報の出どころが知りたいところだけど……まぁ、それはいいや。それで、伝えなきゃいけない事って?」


『六笠さんの事です。実は最近、中学の先生に会う機会があって。その時に、六笠さんの事を色々訊いてみたんです』


「……そうなんだ」



彩は内心、驚きを隠せないでいた。


個人的な行動を起こした彼女に。そして、『そこまでしなくていい』と行き過ぎた行動をたしなめるどころか、見て見ぬフリをした自分自身に。



『聞いてますか先輩?』


「ごめん、少し考え事してた。いいよ、話続けて」



さっき見ていたサイトの事を思い出しながら、彩は耳に当てた電話を逆の位置に移動させる。



『それで……六笠さんがあまり学校に来れなかったのは、病気が理由だったみたいなんです。先生もそれ以上教えてくれませんでしたが、だとしたら思い当たる部分があるなって』


「思い当たる部分?」


『実は中三の時、六笠さんの落とし物を拾ったことがあるんです。その時はなんとも思いませんでしたが、今になって思うと、あれはそういう事だったのかなって』


「……ちなみに、拾った物はなんだったの?」



電話向こうで、息を呑む音が聴こえる。


だがやがて意を決したように、



『花柄のハンカチ。それと……手帳の入った小型のポーチです。難しい名前の羅列と、その横に数字の書かれた』



と言って、まるで証拠を披露する警察官のように、あるがままの事実を伝えてきた。



「そっか……」



どこか肩の荷が下りたような声。


いくつかの予想の中に、その可能性は最初から存在していた。そして、見事に一致した。


これは単にそれだけの話で、それ以上でもなかったからだ。



『本当に六笠さんが病気だとすると、難しい名前は飲んでる薬って事になりますね。あくまで状況証拠からの推測ですが』


「じゃあ、数字の方は飲む薬の数って事かな。服用量が多いなら、メモするのも別におかしな事じゃないし」


『……正直言って、少し後悔してます。先輩のためにした事とはいえ、こんな事実を今更、知る事になるなんて』


「後悔って、六笠さんが病気って事に?」


『それもありますが……どうしてあの時、自分はポーチを渡さなかったんだろうって。そうすれば、もっと前に六笠さんの事情を知れたかもしれないのに』



「どういう意味?」とさらに訊き返す。


ここまで来たら、もう後には引けない。彩はとうの前から、すでにその覚悟をし終えていた。



『実は……ポーチを見つけたのは移動教室から去る時で。手帳の名前を見て六笠さんの物だとはわかったんですが、そのままにしておいたんです。あとで先生が気づいて、本人に渡してくれると思って』


「……なるほどね。あなたは、彼女にとっての部外者でいる事を選んだんだね」


『あの時はそう思ったのかもしれないです。でも、時間を巻き戻すことはできないーーだから思ったんです。この現実を受け止めた上で、それを必要としてる人にあとは全部託そうって』


「託すって……なにを?」



携帯を持つ手に力が入る。


全てを見透かしたように、電話向こうの彼女は答えた。



『六笠さんと向き合う事を、です。先輩は六笠さんともっと仲良くなりたいから、彼女のことを色々訊いて回ってたんですよね?』


「……いや、違うけど」



即答する。


見透かすどころか、全然見当違いの事を言われて、思わずため息が出た。



『え、そうなんですか? おかしいなぁ……先輩の事ならなんでもわかってたつもりなのに。人を理解するのって、やっぱり難しいですね』


「そうだね。でも、難しいからって、なにもしないままだと状況は進展しない。とりあえず行動してみる。それが重要って事だよ、なにより」


『なんだか月並みな言葉ですね。でも、遠くから見る事しかできなかった先輩と今こうして電話できてるのは、自分が行動を起こしたからですもんね。そう考えると納得がいきます』


「その納得の仕方はどうかと思うけど」



そう言って、彩は嘆息する。


肺の中の空気を吐き出すように。あるいは、罪悪感を形にして吐き出すようにして。



『どうしたんです、そんなに深くため息をついて?』


「いや、こんな後押しは別にいらなかったなぁ、と思って。……あたしの方こそ案外、とんでもない悪女なのかもね」

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