第25話 苦労人
女子生徒から詳細を聞いた後、彩は裏庭を訪れていた。
結局、昼食を摂る時間もなかったが、今はそれよりも気になる事がある。まどかという矛を前にして、果たして穂乃果がどう応戦しているのか。
もし防戦一歩なら、それに助力するのが友達というもの。無理やりな理由を自分に言い聞かせながら、彩は裏庭の土を強く踏みしめる。
そして、目的地にたどり着き。
「……なにこれ? 今、どういう状況なの具体的に」
焦点の合っていない目で、意識を彼方に飛ばしている穂乃果。
その両端を悠斗とまどかが陣取っているという、そんなよくわからない光景に遭遇した。
「あなたはお姉ちゃんの。えーっと、名前は……」
「自己紹介してなかったっけそういえば。あたしは……いや、別に名字はいっか。穂乃果も下の名前で呼んでるから、そっちも気軽に『彩』って呼んでくれていいよ」
穂乃果の額にデコピンを食らわせ、強制的に意識を帰ってこさせる。
自分がここに来た理由を端的に説明すると、彩はまどかを一瞥し。
「……それで、彩先輩はなんの用でここに来られたのですか? 見たところ手ぶらのようですし、お昼に混ざるためではないようですが」
(こうなっちゃったかやっぱり。でもまぁ、こうなるのはある意味、予想してた事だったし)
まどかが警戒心をあらわにするのは、彼女の性格からしてなんとなく予想できていた事だった。
問題はこの後。ついさっき知った情報を、果たしてどこまで公にするか。
わずかに悩んだ結果、彩は自分の心にある程度、素直になる事にした。
「穂乃果はあなたを良い子だと思っているみたいだけど、あたしはそうは思わない。その上で訊くけどーーあなたは、弟くんとどうなりたいの?」
「七瀬くんと、本当の意味で心を通じ合わせたいと思っています。逆に、それ以外になにがあるんですか?」
「そっか。まぁ、その目を見るかぎり本当なんだろうけど……でも、実際のところ、それはどういう関係の事を言ってるの?」
試しにカマをかけてみると、わずかにまどかが動揺する。それに気づいた彩は、早まった気持ちをあわてて抑え込んだ。
その後、穂乃果の言葉をきっかけに、本来訊きたかった事へと話は移る。
委員長決めの事。まどかと向き合う時間を作るために、悠斗が自ら委員長に立候補した事。そして、まどかも同じく手を上げた事。
思いの他あっさりと、二人はその事実を認めた。
「……まさか、それを突き止めるなんて。さすがはお姉さんのお友達と言ったところでしょうか」
「と言っても、どうしてそこまでする必要があったのかはわからずじまいだけどね。でもまぁ、こうした方がお互い、腹を割って話せるってもんでしょ」
それだけは本当。だが、正確にはそれだけが理由じゃない。
全てを明かした上で、三人の仲が進展するならそれで十分。
良い方に転ぼうが、悪い方に転ぼうがーーそれで全てが前に進むのなら。自分は穂乃果のために動けているという、そんな確信が得られる。
だから結局のところ、これは自分自身のためでもあるのだ。
「本当、あたしって与える事に関してはヘタクソだなぁ……」
校舎までの道を辿りながら、彩はひとりごちた。
▽
ーーそうこうしている間に、夏休みに突入した。
右肩上りに増す暑さに辟易しながら、彩は部屋で惰眠をむさぼっていた。
低血圧なのも相まって、彩の寝起きはすこぶる悪い。こうして目が覚めてからも、しばらくはこの状態が続く。
そして、携帯に穂乃果からのメッセージが届いても、そのだらけ具合は変わらなかった。
『彩ちゃん、今ヒマ? よければウチ来ない?』
「……ずいぶん唐突だね。まぁ、いくけど」
布団から起き上がると、準備を済ませ、拍子を取るような足取りで家を出る。
うだるような暑さの中、彩の足が止まる事はない。そうしてあっという間に穂乃果の家にたどり着くと、額に張りついた汗を軽くぬぐった。
と、その時。なにか不穏な気配がして、彩の背中を時期外れの北風が下から上に通り抜ける。
「……? なんだろう、とてつもない面倒事に巻き込まれる予感が……」
だが、無意識にインターホンに指が触れてしまう。
その後、部屋着に身を包んだ穂乃果が彩を出迎えた。その表情はいつも通りすぎて、逆にそれが不安でたまらなかった。
「待ってたよ彩ちゃん。暑かったでしょ? 先に部屋いってて、私はお茶入れてくるから」
「うん、わかった……」
そして、玄関に足を踏み入れた瞬間。その疑惑は確信へと変わった。
明らかに来客の物と思われる靴が二足。そのうち片方はまどかの物だと、なんとなく予想がついたが、残り一足が誰の物かわからない。
答えの出ないなぞなぞを前にしたような心境を抱いたまま、階段を上がり、彩は穂乃果の部屋へと向かっていった。
「……ども」
部屋に入った矢先。正座をしながら、こちらにぺこりと頭を上げてくる見知らぬ男子の姿。
それ自体も驚いたが、見た目にも心底、驚いた。首元にかかった銀色のネックレスもそうだが、なにより髪型が芝生のようにツンだっている。
そして、彩はある一つの結論を導き出した。
「もしかして、穂乃果に誘拐でもされた? 更正してあげるとか言われて」
「相手は七瀬先輩じゃないですけど、あながち間違ってないかもしれません。俺も今、どうして自分がここにいるのかわからないし」
「そう……」
そう答える他なかった。
しかし、あらためて顔を見ると、どこか見覚えがある気もする。さらに敬語を使ってくるという事は、彼は年下なのだろうと、そんな推測を立てた。
となると、可能性は一つ。勝と向かい合うようにして腰を落ち着けると、彩は携帯を開き、素早くメッセージを送った。
『弟くんへ
彩に呼ばれて部屋まで来たけど、なにやらヤバい事に巻き込まれそうな予感。あたしの平和な夏休みを返して』
それほど間を置かずに携帯が小さく震えると、彩は送られてきたメッセージを心の中で一読した。
『がんばってください。僕は自分の部屋から応援してます』
(……弟くん。前に言ったおごるって約束、あれナシね)
深く息を吐きながら、彩は死んだ目で天井を仰いだ。
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