第24話 奔走、狂奔、暴走

ーー彼女には好きな相手がいた。


理由をたどれば、それはあまりに些細な事。高校入学の初日、たまたま席が隣同士だったとか、それから話すようになっただとか。


そんないくつも考えられる要因。彩にとって、穂乃果はそうした過程を経た上で、好きのカテゴリーに属した相手だった。


しかし、それが友達としての好きなのかそうでないのかは彼女自身にもわからない。ただ、穂乃果のためならなんでもできるという確信が彩にはあった。


その証拠に、今もこうしてその好きな相手のため奔走している。



「あのさ……今ちょっと時間ある?」


「えっ? あ、はい、なんでしょう?」



少しうつむき加減に、一年の女子生徒が彩の方へと近づいてくる。


その表情は、まるで道端で芸能人に声をかけられた時のように、緊張の色が見え隠れしていた。



「実は訊きたい事があって……あなたか、もしくは他の知ってる子でもいいんだけど。六笠まどかさんについて、なにか知ってたりしない?」


「六笠さん、ですか? 私は同じ中学じゃないので知りませんが……他の子に訊いてみますね」



女子生徒は踵を返すと、教室の端でたむろしている数人の女子の方へと向かっていく。一方の彩は待ち時間を潰すようにして、ただ無心に廊下を眺めていた。


やがて、女子生徒は戻ってくると、「わからないみたいです」とそう結果を述べる。


それだけ聞くと、彩は軽くお礼を言って、足早に次の教室へと向かった。



(……本当はここまで干渉するつもりはなかったんだけどね。だから、これは奔走じゃなくて狂奔。大人になりきれてない、独りよがりな勝手な暴走だ)



そうしてふと思い出すのは、先日の一件。


穂乃果の家を訪問し、相談に乗っていた時。悠斗やまどかの事で頭を悩ます彼女を見て、どこか引っかかりのようなものを感じた。


それは、まどかという少女が、あまりに”不明瞭な部分が多すぎる”という点。


夢見がちな性格、というだけならそれでいい。だが彼女が内包している事情は、単にそれだけではない気がした。


そんな勘が働いた彩は、ひとまず彼女の過去を調べてみる事にした。しかし、教室を三つほど回った時点で、未だ情報はゼロに等しい。



「ひとまずこの辺にしとくかね……一気に聞いて回ったら、あの子の耳にもすぐ届くだろうし」



中学の時はまだしも、現時点でのまどかを知っている人間でさえ、その数は驚くほど少なかった。


高校に入学してまだ数ヵ月というのを考えると、自分のクラス以外の生徒を覚えきれていないという事で説明がつく。あるいは意図的に影が薄くしていた、という理由であったとしても、なんらおかしくはない。


それでも。小骨が喉に引っかかっているような違和感が、どうしてもついて離れない。


ゆえにーー行動を起こした初日から、彩は早速、危ない橋を渡ろうとしていた。







「……さて、いくとしますか」



昼休み。彩はそう言って席を立つと、表情に強く決意をにじませる。


その足で一年の教室に向かうと、彩は早速、扉近くにいた子に声をかけた。


念のため教室の中を確認するが、そこには案の定、『彼女』の姿はなく。



「ごめんね、いきなり声かけて。今少し時間いい?」


「はい、大丈夫ですが……二年の方ですよね? たしか、前に教室でひと悶着あった時に、七瀬先輩のそばにいた」


「そそ、あの弟大好きな七瀬先輩の友達ね。まぁ、今日はあたし一人だけど。あっちは今、大事な約束の真っ最中だから」



彩がそう言うと、相手はあー、と納得したような声を出す。


今頃、裏庭で昼を囲んでいる穂乃果たちは、この認知されすぎた状況をどう考えているのだろう。案外、なにも考えていないのかもしれないと彩はそう思った。



「実はね……六笠さんについて知ってる人を探してて。中学の同級生だった人とかいないかな?」


「えっと、たしかいたと思いますよ。ちょっと聞いてくるんで待っててください」



そう言い残し、たたた、と小走りで教室の中を駆けていく。


催促するような形になってしまい、彩の中で少し罪悪感が芽生える。


そして次にやってきたのは、頭の後ろをポニーテールで結った、快活そうな女子生徒だった。



「はい、六笠さんと中学で同級生だった者です。あと、先輩のファンです。握手してください」


「えっ、それは……うん、別にいいけど」



差し出された手を掴むと、女子生徒は幸せそうに口角を上げる。


握手した方の手を何度も握っては開き、やがて顔つきが真面目さを取り戻していく。


それを見届けた後、彩はあらためて話を切り出した。



「それで、六笠さんの事だけど……同級生って言ったよね? てことは、中学の時の六笠さんを知ってるって事でいい?」


「いえ、知りません」



まさかの返しが飛んできた。


一瞬、なにを言われたかわからず、彩は時間差で「へ?」と声を出す。



「その前に確認なんですが、どうして先輩は六笠さんの事を知りたいんですか?」


「それは……ほら、あたしも間接的に関係あるし? なんたって、友達の弟を好いてる相手なんだから」


「それって、関係で言えばはとこくらい遠いですよね」


「そう言われちゃうと否定できないなぁ、困った事に」



彩はそう言って、前髪を指先でくるくると回す。


ぐうの音も出ないとは、まさにこの事だった。


しかし、ここで諦めるわけにはいかない。そう思ったと同時、女子生徒は視線をそらしながら、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。



「まぁ、先輩のためなら、別に答えるつもりではいますが……。ただファンである以上、少し嫉妬心があるのもたしかですね」


「……あたしの方も、一つ訊きたいんだけど……ファンってどういう事? あたし、この教室に一度しか来たことないよ?」


「先輩、校内では有名ですよ。穂乃果先輩ももちろんですが、それに付き添う王子様みたいだって」


「それはまぁ、わりとよく言われる事ではあるけど」



謙遜する素振りもなく、彩はただ目の前の事実を素直に認める。



「かく言う自分も、前に教室で見て、それで一目惚れしましたから。運命はこんなにも身近に転がってたんだって、あの時は我ながら驚きました」


「運命って案外、空のペットボトルみたいにどこにでも落ちてる物なんだね……まぁ、そこはいいや。とりあえず、同級生ではあるけど、詳細は知らないって事だよね?」


「そもそも、一度も話した事がないので。中学の時の六笠さんは、学校にあまり来てませんでしたから。だから自分にとっては、今の六笠さんの方がむしろビックリって感じで」


「今の六笠さんって?」


「あんな積極的に、七瀬くんに好意を見せるところとか。あとは自分から率先して委員長になったりとかもですね。まぁ、あれも七瀬くん絡みでしたけど」



彩の脳内に、まどかの顔が思い浮かぶ。


一見すると大人しい性格のように思えるが、その実態はとんでもない芯の強さを持つ子。


穂乃果相手に一歩も引かず、自らの優位性をこれでもかとアピールする。だが、それは彼女の『当たり前の姿』でない。


それが中学の時、まどかがあまり学校に来てなかったという話と関係があるのだとすればーー



「ごめん。今の話、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいーー?」

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