第21話 素直な気持ち
「なんだよ。あいつら、まるで不良でも見るような顔しやがって……見た目だけで判断するんじゃねぇよ、ったく」
「いえ、さっきのは間違いなく不良のそれでしたよ」
「あ? どこがだよ」
「じゃあ逆に、四宮くんが第三者の立場だとして。コンビニに入った瞬間、急に大声を上げる人がいたら、四宮くんはどう思いますか?」
「なんつー迷惑な客だって思う。そして、あわよくば殴ってやりたい」
「それだと、四宮くんは自分自身を殴らないといけなくなりますが」
まどかの冷静なツッコミに、返す言葉が無くなってしまう勝。
そして頭の後ろをかきながら、ガラス越しに外の景色を眺めた。思わず目をつむってしまいたくなるくらいの陽光。
そのまぶしさはもう一度、外に出るのをためらってしまうくらいで。
「……? てかお前、調子悪いのか?」
「どうしてですか?」
「いや、明らかに顔色悪いからさ……もしかして、熱中症か? 水分補給しろ水分補給。こういう時は水分と一緒にミネラル取らなきゃダメだぞ」
そう矢継ぎ早に言って、勝は立てた親指で飲料コーナーを指し示す。
「いえ、別に熱中症とかではありません。ただ、外が暑かったのは間違いないので、飲み物は買おうかと思います」
勝の言葉に従って飲料を購入した後、二人揃ってコンビニを出る。
そのまま屋根の下に移動し、麦茶に口をつけたところで再び、勝が心配そうに声をかけてきた。
「……わりとマジで熱中症とかじゃないよな? もしそうなら、俺に気なんか遣わなくていいんだぞ?」
「気を遣っているとかではないので安心してください。これはいつもの事なので」
「それならいいんだが……お前って、普段なに考えてるかわかんないからさ。強がられると、こっちもわかんなくなるんだよな」
「わたしは七瀬くんの事か、明日にでも隕石が降ってきて世界滅びないかなとかそういった事しか考えてませんよ」
「めちゃくちゃ過激じゃねーか。お前のキャラますますわかんなくなったわ」
勝はそう言って、Tシャツの胸元をパタパタと前後に動かす。
そんな不毛な行動を眺めながら、まどかはあらためて勝に疑問を投げかけた。
「……それで、四宮くんはどうしてこんなところでアイスを食べていたのですか?」
「別に、コンビニでアイス食べるなんて普通だろ。ゴミだって、ちゃんとゴミ箱に捨てたぞ」
「心意気は立派ですが、四宮くんはつくづく見た目で損をしていますね。とりあえず、そのツンツン頭を直せば印象が変わるのではないですか?」
「そしたら、俺が先輩にフラれることもなかったってか?」
「それはどうでしょう。それくらいでお姉さんの気持ちが変わるくらいなら、四宮くんはこうも苦労していないでしょうし」
その言葉に、まるで頭の上に突然タライでも降ってきたかのように勝が硬直する。
「……すみません、今のはウソでも肯定すべきでした。水分は取りましたが、どうやら暑さそのものに頭がやられているみたいです」
「なんだよそのツッコミづらい理由はよっ。いいからもっと店の方寄れよ、直射日光に当たるんじゃねぇ!」
ぶっきらぼうな物言いで、勝がまどかの手を引っ張ろうとする。
それを軽い動作で避けながら、言われた通りにまどかが立ち位置を変える。ガラス越しに伝わるコンビニ内の冷気。
それを背中で感じながら、まどかはどうしてその発言をするに至ったかの説明を始めた。
「……しかし……今回は直接、現場を見たわけではないので。四宮くんの発言やあの時の状況から、わたしなりに予測を立てただけです。でも、あまり褒められた事ではありませんでしたね」
「別に、気遣ってもらう必要なんてない。こうなるのはある意味、予想できてた事だからな」
「予想できていた事、ですか?」
勝が悟ったような表情で天を仰ぐ。黒みがかった分厚い雲。
その端に見える澄んだ青色は、まるで勝の今の心情を投影しているかのようで。
「好きな気持ちっていうのは簡単には変えられない。それは俺も同じだし、きっと誰だってそうだ。先輩の好きに、俺みたいなのが介入するなんて最初から無理な話だったんだよ」
「理屈はわかりますが、自分を卑下するのは納得しかねます。自分は自分だからこそ、自らの気持ちに正直になれるのです。その事を、『俺みたいな』なんて言葉で結論づけないでください」
「お、おう……。なんか悪い……」
つい熱くなってしまい、思わず反省する。
まさか謝罪の言葉が返ってくるとは思わなかったが、それだけ表情に本気度が滲み出ていたという事だろう。
まどかは深呼吸して自らの鼓動を落ち着かせると、ごまかすようにして話を切り替えた。
「……まぁ、それはともかくとして。四宮くんが色々考えているのはわかりました。それで頭を冷やすために、ここでアイスを食べていたのですね」
「それだと俺、なんか女々しいやつみたいじゃないか?」
「そうなっても仕方ありませんよ。好きが消え去る瞬間というのは、きっと筆舌に尽くしがたい気持ちが生まれるものでしょうし」
「まぁ、お前の場合は特にそうだよな。でも、最近は七瀬も慣れてきてるって言ってたし、そのまま終わるなんてことはないだろ」
「……そうですね。できる事なら、わたしもそうあればいいと思っています」
ペットボトルの水滴が手に張りつく。それと共に浮き出てくる罪悪感を指先で拭うと、まどかは物憂げな表情で地面に視線を落とした。
ーーと、その時。勝は急に動いたかと思うと、そのままコンビニの入り口に向かって歩みを進めていく。
「? どうしました、なにか買い忘れた物でも?」
「いや……やっぱり暑くてお互い、頭回ってないなと思って。アイスおごってやるよ、お前はなにがいい?」
「じゃあ、飲むアイスでお願いします。味は期間限定のがあればそれで」
「提案した俺が言うのもアレだけど全然、遠慮しないのな……まぁいいけど」
勝の足が再び動く。
かと思うと、また立ち止まり、今度はまどかの方を向かずに言った。
「……俺は、自分で選択するってのが苦手だ。それであちこちフラフラした結果、こんな面倒でクソみたいな性格になっちまった」
「そうですか。四宮くんも、中々に苦労しているんですね」
「ああ、前は苦労してた。けど今は……清々しいというか、吹っ切れた気持ちがあるのも確かだ。それはきっと、お前のおかげだと思う」
「わたしのおかげ、ですか?」
「自分がどう思われてるかなんて関係なくて、今ある気持ちに正直に生きる。そんなお前を見て、俺もそうしたいなって思った。ただそれが諦めって形で終わるのは、俺らしいっちゃ俺らしいがな」
そして、背負っていた物をその場におろすようにして、勝は深く息を吐きーー
「だからーーお前はお前らしくいろ。『そうあればいい』なんて言葉で結論づけるな。余計な事は考えず、お前はお前の気持ちに素直になればいいんだ」
そう言って、店の中に入っていく。
まどかは微笑を浮かべると、
「……四宮くんはズルいですね。そんな言葉を、よりによってわたしに向けて言うなんて」
空を仰ぎ、墨絵のような黒雲に向けて、そんな事を呟くのだった。
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