第20話 吐露 その2

穂乃果は部屋のドアを閉めると、半ば無理やり、まどかの座っていた位置に自分の体を押し込む。


その結果、追いやられたまどかは悠斗の方に向かう形となり。



「って、なんでそっち行っちゃうの!? まどかちゃんは私の隣! ほら、早くこっち来て!」



呆れながら、穂乃果の言葉に従う。


机の幅ギリギリで肩を並べる二人だったが、その距離感はほぼ無いに等しかった。それを怪訝そうに見つめながら、再び悠斗は紙の上にペンを走らせる。


そうして宿題を進めていると、穂乃果が不意に呟いた。



「……で結局、二人は私でどんな話してたの?」


「まだそれ聞くんだ? 別に大した話はしてないよ。家族の話から、自然とお姉ちゃんの話題になっただけだから」


「家族の話? それって、どうして私たちが親戚の人の家に厄介になってるかとか?」


「なにそれ、またお姉ちゃんイヤーとかそういうの?」


「ううん、適当に言ってみただけ。あれ、もしかして合ってた?」



確認するように、穂乃果は首をかしげる。訝しむ悠斗だったが、そもそも彼女はウソをつけるような性格ではない。


ゆえに、疑問の矛先は別の方を向かざるを得ない。『どうして穂乃果がそれを知っていたのか』ではなく、『それを知った上で穂乃果はどう思ったのか』という疑問に。



「七瀬くんはなにも悪くありません。悪いのは興味本位で人のプライベートに踏み込んだわたしです。叱責なら、自分が全て受け止めます」


「別に怒るとかないんだけど……まさか、悠くんがその話をするとは思わなくて。いつの間にか、二人の仲はそこまで親密に……?」


「ふふっ、どうでしょうね」



まどかの思わせぶりな態度に、穂乃果が硬直する。その表情は、まるで魂が抜けたみたいに希薄だった。



「仲の良さは前と変わらないよ。六笠さんも、変にお姉ちゃんの事混乱させないようにね」



諭すように言いながら、悠斗は二人の顔を交互に見る。



「でも、まどかちゃんに昔の話をしたのは事実なんでしょ? どの辺まで話したの?」


「叔父さんが母方の弟って事くらい」


「あれ? それだけなの? ていうか、まどかちゃんって茂さんとか由美さんに会った事あるんだっけ?」


「はい、この数日で何度か」



穂乃果からの問いかけに、まどかが小さく頷く。



「そっか。まぁ、二人とも見たまんまの人だからね……現実を受け止めるだけじゃなくて、引き取った私たちにひたむきな愛情を与えてくれてる。私もいつか、あんな大人になりたいってそう思うよ」


「そうですね、それはとても素晴らしい事だと思います。しかし、お姉さんが今目指さないといけないのは、弟離れをする事だと思いますが」


「それはムリだよ。だって私、ずっと悠くんの傍にいるって昔に約束しちゃってるから」


「……それが、叶うのが難しい約束だとしてもですか?」



まどかの流暢な物言いが影を潜める。


それは至って普通の質問ーーのはずなのに。どうしてかまどかには、それが違った意味合いを持ったものに聞こえていた。



「まどかちゃんは、どうしてそう思うの? 私と悠くんが姉弟だから?」


「もちろんそれもあります。しかし、繋がりというのは相手を縛る枷にもなり得るんです。そうしないためにも、自ら引き際を見定めるのは重要な事で……」


「それは私の考える『好き』とは違うから、そうは思えないかな」



透明度の高い海のような、純粋すぎる言葉。


鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、まどかは穂乃果を至近距離から見つめた。



「……あの~、まどかちゃん? そんなに力強く見つめられると、さすがに照れちゃうんだけど……」


「別に見つめたくて見つめているわけじゃありません。ただ……お姉さんとわたしは、根本から考えが違うという事にあらためて気づかされただけです。これはその事に対する、再三の宣戦布告ですよ」


「そうなの? でも、私の中のまどかちゃん像は、もう揺るがないくらい完成されちゃってるし……。今更、考えが違うくらいで驚いたりはしないかな。まどかちゃん、元からキャラ濃いし」


「それは挑発と受け取っていいんですか?」


「ううん、単純にいいなって思うだけ。人間、記憶に残らない凡個性より、簡単に相容れないくらいの個性を持ってた方がいいよ。花火だって、大きければ大きいほど消えた後も内容思い出せるでしょ?」



意図せず真意を言い当てたようなその言葉に、まどかが苦い顔を見せる。



「それにまどかちゃん、女の子らしくてかわいいし。もし妹がいたら、こんなんだろうな~って毎回、そんな事考えながら接してるよ。最近は一周回って、楽しくなってきたくらい」


「でも、そんなに悠長で大丈夫ですか? お姉さん以外からは、すでにわたしは七瀬くんの彼女と思われているらしいですが」


「私が認めてない以上、それはあり得ない事実なの。姉っていうのは、そういう無理やりが許される生き物なんだよ」



花の咲いたような笑顔で、無理やりすぎる理屈を語る穂乃果だった。







ーーそして。その日をきっかけに、また三人で過ごす事が多くなった。


学校で昼を共にしていた時と同じ。だがあの時と違うのは、穂乃果とまどかの距離感が(物理的に)縮まり、悠斗がそれを眺めるような構図が基本となった事。


傍から見ると、まるで仲の良い姉妹のようにも見えるが、そこには一筋縄ではいかない関係性が渦巻いている。


仲は良いが、本心なかまでは見せていない。それを明かすためには、ある程度の時間を要する。


しかしーーそれを悠長に待つだけの余裕が、彼女にはもう無かった。



(まさか、外に出るとこんなに暑いなんて……天気予報どうだったかな。雲も出てるし、あとで軽く夕立でも降ればいいけど)



心の中でぼやきながら、かぶっていたハットを上げ、澄みきった空を眺める。


日焼け止めを塗っているとはいえ、その効果は直接的な暑さには作用しない。


汗が顔を伝い、色白の肌に水気を生み出していく。なるべく日陰を選んで歩くも、まどかは内心、どこかで一休みしたい気持ちでいっぱいだった。


そしてコンビニを見つけ、そっちに行き先を変えたその時。



「ん? あそこにいるのは……」



コンビニのガレージで棒付きアイスをかじる見知った姿。


いつかの時のように向こうがこちらに気づく事はなく、相手はどこか生気のない顔で、ひたすらアイスを食べ進めていた。


それをスルーして、まどかはコンビニの中に入る。クーラーが体に溜まっていた熱を冷やし、一周回って寒いとすら感じさせる。


と、ひと心地ついたように深く息を吐いていると、



「おい、お前六笠だよな!? 声かけろよ、なんで無視するんだよ!?」


「いえ、なんだか考え事をしているように見えたので、邪魔をしてはいけないのかと」



声を荒げながら店内に入ってくる勝に、淡々とそう返事をする。


店員や他の客から怪訝な目が向けられる。それから逃れるようにして、二人はそそくさと雑誌コーナーに移動した。

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