第19話 吐露 その1

ーーそして、瞬く間に夏休みは過ぎていく。


最初に家にいった日から一週間。その間、まどかの訪問は連日にわたって行われていた。


だが悠斗もどこか諦めがついたようで、それ自体に異を唱える事はなかった。その証拠として、今日も夏休みの宿題を片付けるため、こうして朝から二人して部屋にこもっている。


が、そのせいで今度は、別の問題を抱えてしまう事となり。



「……あのさ、特に深い意味はないって前提で訊いてほしいんだけど」


「どうしました?」


「実は六笠さんの事、彼女と思われてるっぽい。うちの家族から」


「それはお姉さんも含めてですか?」


「いや、お姉ちゃん以外」



「そうですか」と、まどかが残念そうに息を吐く。



「まぁ、それも仕方ないけどね。二人とも毎回、顔を合わせるたびに火花散らしてるし。傍から見たら、完全に年季の入ったライバル同士だよ」


「求める物が被ってしまった以上、そうなるのは避けられない事です。ライバルというよりも、さしずめ血で血を洗う子供同士のお菓子の取り合いですね」


「どうして血で血を洗っちゃったの? 普通にお菓子の取り合いでいいと思うんだけど」



いつもの調子でまどかに振り回される悠斗だったが、その口調は前以上に穏やかだった。


もちろん、慣れというのもある。だがそれ以上に、まどかと過ごす時間を、悠斗自身も楽しみにしている節があったからだ。



「ところで、これは言おうかずっと悩んでいたのですが……いい機会なのでこの際、訊いておきます。もし言いにくいなら、無理して答える必要はありません」


「うん、どうしたの?」


「ーー七瀬くんは……一体いつから、『今の人達』と暮らすようになったのですか?」



おそるおそると言った様子で、悠斗の顔色を伺う。


しかし、悠斗は穏やかな口調を崩さずに、その問いに答えた。



「一緒に住み始めたのは、お姉ちゃんが小学校に上がったくらいの頃かな。あれ、六笠さんにはまだ言ってなかったっけ?」


「そもそも、こんな話は安易にこちらから訊ける事ではないですから」


「ああ、そういう事か。でも気なんて遣わなくていいよ。これは僕の中ではもう、とっくに清算し終えた事だから」



悠斗の表情に強がりは見られない。


それを確認すると、まどかは指先ですくうようにして自らの髪を右耳にかける。続く言葉を聞き取るための前準備。


その後、悠斗はさらに話を続けた。



「……叔父さんが母方の弟でさ。当時、身寄りのなくなった僕たちを引き取ってくれたんだ。事故で身内を亡くしたのは向こうも同じなのに、優しい笑顔を見せてくれたのを今でも覚えてる」


「なるほど。それを聞いて尚更、合点がいきました」


「どういう意味?」


「七瀬くんがこんなにも優しく育ったのは、今の環境があるからなのだと。今こうした話ができるのは、その引き取ってくださった方の力が大きいのでしょうね」


「それを言ったら、お姉ちゃんだって同じだよ」


「同じ?」


「お姉ちゃんがああなったのは、今の環境もあるんだよ。本当の家族はもう自分しかいない……そう思って強くあろうとしたけど、周りが皆、優しい大人ばかりだった。それで一気に気が緩んで、あんな破天荒な性格になったのかなって」



穂乃果の天真爛漫さもとい、あの常識破りな性格は後付で出来上がったものだ。


幼少の記憶がなにもかもあるわけではない。しかし、それだけは悠斗にもなんとなくわかった。姉弟としての確信。



「……もちろん、そうした理由も少なからずあるのかもしれません。しかし、あれは状況がすでに揃っていただけとも思いますが」



しかし、まどかはそれを、部分的にやんわり否定した。



「状況って?」


「どんな人だろうが、生きていれば誰かとの繋がりを自然と求めてしまうものです。生きて死ぬという、そんな誰もが歩む過程の上で人の関係性は成り立っている。お姉さんの場合、それが弟という存在に行き着いただけかと」


「僕がいたからブラコンになったって事か。……でも、それって当たり前の事では?」


「だから、お二人が姉弟だった時点でそうなるのは必然だったんです。ある意味、七瀬くんとお姉さんは二人で一つの存在とも言えますね」


「そう言われると、なんか微妙に納得……できるのかな。うん、自分でもよくわかんないや」



悠斗が手にしていたペンを机の上に置く。


言っている事は理解できる。だが、どうにも釈然としない。


素直になれない自分の性格が、それを認めるのを邪魔しているのだとーーまどかは、悠斗の表情から考えを予想した。



「……別にブラコンでもわたしはいいと思います。ただ、それが高い壁となって立ちはだかるのは、わたしとしても厄介だなと思うだけで」


「六笠さん的にはそうだろうね。最近はますますひどくなってるし」


「どうしてそんなに必死になるんだろうと、ふとそう思う時もありますが」


「それこそ、二人が出会った時点でそうなるのは必然だったんじゃないかな。でも、なにもかも悪いってわけじゃないよ。それがあったから、こうして僕もまどかさんと話せてるわけだし」



それが一番が理由。どんなに苦手意識を持とうが、最後にはその当たり前の事実が邪魔をする。


だからこそ、まどかは穂乃果を拒絶しきれない。


かぎりなく同じだからこそーー自分たちは、こうも真正面からぶつかり合っている。甘く、べっこうのような火花を散らしている。


まどかがそんな事実に向き合っていると、なんの予兆もなく部屋のドアが開いた。



「ドーーーーーーン! 颯爽登場、お姉ちゃん! 今、私の話してなかった!?」


「……部屋に入る時はノックくらいしてください。もし、わたし達が良い雰囲気だったらどうするつもりですか?」



まどかが苦言を呈すると、穂乃果が大きく胸を張る。


こちらに非はないとでも言いたげだったが、その主張は先に部屋にいた二人から向けられるジト目によってかき消える事となった。



「いや、ノックしようと思ったんだけど、私の名前が聞こえたからガマンできなくなっちゃって。というか、良い雰囲気って?」


「そのままの意味です。逆に訊きますが、もし突然部屋に入ってきて、わたし達がキスでもしてたらお姉さんも普通ではいられないですよね?」


「普通でいられないどころの話じゃないよっ。もしそんな事になったら私、叫びながら町内一周する自信あるもん!」


「お姉さんのその姿は見たいので、是非とも今度実践してみたいと思います」



「ぐぬぬ……」と歯噛みする穂乃果。過剰に燃え盛ったりはしないが、このまま放置しておくと思わぬやけどを負ってしまうかもしれない。


そう考えた悠斗は、おそるおそる二人の会話に入っていく。



「……そもそも、別にキスなんてしないから。今だって、ただ普通に話をしてただけだよ」


「でも、私の話をしてたのは間違いないよね? どんな内容だったの? お姉ちゃんが好きで好きで仕方ないとかそういう話?」


「六笠さんもそうだけど、そのポジティブさは一体どこからやって来るの?」



途中から参加したとは思えない傍若無人っぷりに、悠斗の口からため息が漏れる。



「大体、名前が聞こえたと言っていますが、お姉さんは自分の部屋にいたんじゃないんですか? すぐ隣というわけでもないですし、会話がそっちまで届く事はないと思いますが」


「私の『お姉ちゃんイヤー』を駆使すれば、そんなの造作もない事だよ」


「そのアニメに出てくる名称みたいなのはともかく、ようするにお姉さんはなにがしたかったんですか?」


「あーーーもう! ここ最近、ずっと二人で部屋にいるから私も参加したくなったの! はいはいまどかちゃん、もう少しそっち寄って!」

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