第18話 高鳴る鼓動

その後、悠斗とは特になにもなかった。


既成事実、というのもあながち間違いではない。しかし、まどかの主たる目的は、悠斗の家に来た時点ですでに達せられていたからだ。


どんな状況であろうと、悠斗と一緒にいられればそれでいい。それだけを願い、しかしそれ以外のモノは徹底的に排除する。


そして、たまたま会ったクラスメイトを抑止力にしたことで見事、その目的は果たされた。


だが、なにも思うところがないと言われれば、それは間違いであり。



「……そういえば四宮くん、全然戻ってきませんね」



無意識から出たその言葉に、悠斗は至って冷静な面持ちで自らの携帯を開く。



「部屋には無事、入ったみたいだから今頃、目的を果たしてる最中じゃないかな。まぁ、状況報告としてこうしてメッセージも届いてるから、それを待つしかないね」


「メッセージというのは、四宮くんからですか?」


「ううん、彩さんから」


「……彩さんというのは、彩先輩の事ですか? どうして、彩先輩が七瀬くんにメッセージを送るんです?」


「お姉ちゃんが応対したから気づかなかったんだけど、さっき家に来たらしいんだよね。まぁ、二人きりだと心配だったから、ありがたいっちゃありがたいんだけど」


「なるほど。では、あとは彩先輩に任せるとして、その連絡先は消してしまいしょう。この際、わたし以外の連絡先は全部消す勢いでもいいかもしれません」


「それしたら僕の携帯、ネットサーフィンするくらいしか役割残らなくなるんだけど」



まどかの物騒な提案に、悠斗が控えめに異を唱える。



「……まぁ、今のは軽い冗談ですが。連絡先を持っているくらいなら、わたしもなにも言いません」


「えっ、そうなの?」


「でも、過密に連絡を取り合ったりしたら、それは浮気確定です。その時は実力行使に出る他ありません」


「それって、携帯取り上げて連絡先消す的な?」


「いえ、七瀬くんの部屋に妨害電波を流そうかと」


「僕のところだけピンポイントに流すのは無理じゃないかな。いや、その辺よく知らないからアレだけど」



技術的にものすごく高度そうだと、悠斗はそんな小学生みたいな事を思った。


ーーと、その刹那。



『ふわぁーーーーーーん!!!』


「!? えっ、なに今の声?」



いきなりの気の抜けるような叫び声に、悠斗の背筋がビクッと跳ねる。


次いで、階段を勢いよく駆け降りる音と、玄関のドアが開く音。状況を掴みきれず、悠斗とまどかはお互いの顔を見合わせる。


それに答えを出すように、携帯がメッセージの受信を告げる音を鳴らした。



「また彩先輩ですか? なんて送られてきたんです?」


「……人が本気で失恋する様を、初めて目の当たりにしたって」



悠斗がそう言うと、まどかは同情を宿した目で中空を見つめた。



「……状況を作ったのはわたしなだけに、実際こうなると言葉が出てきませんね。今度、わたしと七瀬くんのツーショットを四宮くんに見せてあげましょう。そうすれば、彼も少しは気持ちが和らぐはずです」


「フォローの仕方が完全に病んでる! どう考えても、神経逆なでする未来しか見えないよそれ!」


「ーーふふっ。病んでいる、なんて今さらですよ。今も昔も、わたしはずっと変わらないわたしのままですから」



どこか自虐的とも取れる物言い。一見すると冗談っぽさが出ていたが、それはまどかの本質をこれ以上ないくらいに突いていた。


と、そこで悠斗が、今まであえて訊かなかった事を口にする。



「……そういえばさ……六笠さんって、僕や四宮くん以外に喋る相手とかいたりするの?」


「いません」



キッパリとそう言い切る。



「そもそも、そんな相手がいたとしても、わたしが今の姿勢を変える事はないと思います。今だからこそできる事を、わたしは実行しているに過ぎないのですから」


「だから、こうやって家に来たり、委員長になったりしたの?」


「そうです。そして、そういった行動の一つ一つが、わたしがここにいた証明になると信じています。七瀬くんは、こんな事を考えるわたしをおかしいと思いますか?」


「思わない……けど、悩んだりはする。それに対して、僕はどんなアプローチをすればいいのかって。付き合うのは別にしてさ」



悠斗は困ったように、人差し指で頬をかく。そんなマジメすぎる悠斗を愛しく感じながら、まどかは過去の情景を思い返していた。


真っ白な天井を、飽きるくらい眺めていたあの頃。当たり前だった空虚な毎日に、明確な終わりが見えたあの頃。学校でハンカチを落とし、それを悠斗に拾われてから、今に至るまでの日々。


そしてーーその中でひときわ大きな存在感を放つ、穂乃果という越えるべき壁。



「……やっぱり七瀬くんは優しいですね。そんな優しくてお人好しな七瀬くんに、わたしからお願いがあります。聞いてもらっていいですか?」


「うん、別にいいけど……」



心臓の鼓動を手のひらで感じ、これから先の未来に思いを馳せる。


そして、意を決したようにーー



「わたしを、どうか一人の女の子として見てください。せめて、夏休みが終わりを迎えるまでは。好きな相手にそうしてもらえるなら、あとは喜びを感じられるこの鼓動さえあれば、他はなにもいりません」



そう言って、まどかが小さく笑う。


悠斗は呆気に取られた後、咄嗟に顔を背ける。少しだけ朱に染まった顔は、年相応の男子そのもので。


その今までした事のない表情に、悠斗自身も驚きを隠せないでいた。



「七瀬くん、もしかして照れてます?」


「へ? う、ううん、なんでもない。ただ、部屋の中暑いなって」


「実はわたしもそう思っていたところです。ではお互い、薄着になりましょう。ついでに部屋の電気も消せば、下準備としてはベストですが」


「こっちが蒔いた種とはいえ、最後の最後にとんでもないストレートぶち込んできたね」



すっかり色の引いた顔で、悠斗は冷静にツッコんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る