第17話 訪問

「……というわけで、四宮くんも一緒に連れてきました。すみません、遅れた上に勝手な真似をして」



開口一番、まどかが謝罪の言葉を述べる。


それを受け取った悠斗は、どうしてか意外という表情だった。



「それは事前に連絡あったからかまわないけど……それより、本当に家来たんだね?」



玄関扉を開けながら確認を取る悠斗に、まどかはわけがわからないといった顔をする。



「家にいってもいいと、最終的にそう決めたのは七瀬くんじゃないですか。それとも……なにか隠しているわけじゃないですよね?」


「隠してるって?」


「誰か別の相手を部屋に連れ込んでるとかです」


「仮にそうだとしても結局、六笠さんにはバレちゃうから意味ないと思うよ」


「それもそうですね。さすが七瀬くんです、わたしと運命的な血潮の糸で結ばれているだけありますね」


「どうして赤の表現にそれ使ったの? 普通にめちゃくちゃ怖いよ」



呆れる悠斗だったが、彼がまどかを門前払いすることはなかった。


彼女の気持ちを一蹴しなかった時点で、こうなるのは最初から決まっていた。そんな確信が、まるで心のどこかにあったかのように。



「……俺が言うのも変だが……お前、結構六笠にやられてきてるな」


「まぁ、こういうのは慣れだから」


「そうか……」



勝はそう言って、悠斗に同情の視線を送った。


家の中に入り、悠斗を先頭にリビング横の階段を上がっていく。


そして二階へとたどり着き、その途中にある扉を開けると、悠斗は二人をその中に招き入れる。



「すー……はー……」


「入った途端、いきなり深呼吸なんかしてどうしたの六笠さん」


「七瀬くんの事は信じていますが一応、確認しておこうかと思いまして。でも、どうやら敵の匂いはしないみたいですね。安心しました」


「ここ戦場じゃなくて、ただの男子高校生の部屋なんだけど。それなら普通に、匂いを取り込んでたとか言われた方がマシだったよ」



二人が微妙にズレた会話をしている中。勝はと言うと、携帯のバイブレーションのように立ったまま小さく痙攣していた。



「四宮くん。お手洗いなら、階段を下りてすぐ横の扉ですよ」


「どうして六笠さんが我が家のトイレの場所を知ってるの?」


「好きな相手の家にいくなら、予習復習は必須ですから」


「うん、やっぱり詳しくは聞かないでおこう。でも四宮くん、本当にトイレ我慢してるなら早くいった方がいいよ。仮に漏らしでもしたら大変だし」



悠斗の余計な気遣いに、勝は顔をこわばらせながら、扇風機を間に通したような声を発した。



「だ、だだ、誰が漏らすかぼボケェ……べ、別にトイレ我慢してるわけじゃねーよよ……」


「ならどうしてそんなに震えてるの」


「……お、同じ家に七瀬先輩がいるって考えたら……し、ししし、自然とこうなっただけじゃボケカスゥ……」


「ああ、そういう事。でも四宮くんが家について来たのって、お姉ちゃんと話がしたかったからだよね?」


「!? どうしてお前がそれを……!?」


「六笠さんと電話した時にそれとなく聞いたから。でも、行動起こすなら早い方がいいんじゃないかな。まぁ、僕が言える立場じゃないけど」



勝は頭を抱えた。


目的を知られてしまっていた事と、緊張から来る妙なテンション。家に来たはいいものの、ここからどうすればいいのか見当がつかない。


それを悟ったまどかは、



「……全く、ここまで来てなにを躊躇しているんですか。人生は後悔がないように動いてナンボですよ」



攻めの姿勢を言葉に変換し、勝の背中を力ずくで押しにかかる。



「で、でも……やっぱり、いきなり会うのは先輩にも失礼だし……。それに……」


「それに?」


「……今、先輩と会ったら、きっと気絶すると思う」


「なら、さっさと気絶してきてください」



勝を部屋の外に追い出し、内側から鍵をかける。


ふぅ、と小さく息を吐くと、まどかは丁寧な動作で座布団の上に正座した。



「ーーさて、これで七瀬くんと二人きりです。ではこれから思う存分、甘い時間を過ごすとしましょう」


「その思い切りの良さは見習うべきなのかなって、最近になってそう思えてきたよ」



悠斗が諦めたように、まどかの対面に座る。半ば無理やり二人きりにさせられた事よりも、今はとにかく勝が心配だった。


と、その時。



「ところで七瀬くん。いきなり変な事を訊くようですが……正直なところ、七瀬くんはわたしをどう思っていますか?」



まどかはそう言って、伺うような視線を悠斗に送る。



「本当にいきなりだね。今しがた、甘い時間を過ごすって言ったばかりなのに」


「二人きりの今だからこそ、訊いておこうかと思いまして。それに当初、指定したタイムリミットも残り半分を過ぎたことですし」


「それって、僕と付き合うって話だよね?」


「そうです。しかし、いつまで経っても、七瀬くんがそれを認める気配がないので」


「認めるもなにも、そもそも付き合う段階までいってないんだけど……。あの時から、僕の気持ちは変わってないよ。変わるかどうかさえ、自分でもまだわからないんだ」


「……それはーー七瀬くんなりの優しさというやつですか?」



ゆるんでいた雰囲気が、その一言で本来の形を取り戻す。


お互いの妥協できない部分。妥協できず、引く事のできない本心のぶつけ合い。


噛み合わないその気持ちは、綿毛のように二人の間をいつまでも漂っていた。



「そうかもしれない。でも、だからって勘違いしないでほしいんだ」


「勘違い、ですか?」


「僕は六笠さんとは付き合えないけど、向き合いたいとは思ってる。なにより、そうしたいんだ。僕ができるのは、せいぜいそれくらいだから」



本心から出たその言葉に、まどかは困ったように頭を抱えた。



「……ズルいです七瀬くん。そんな事を言われたら、わたしの方がなにも言えなくなってしまいます」


「ごめん、こんな事しか言えなくて。でも、僕だって言う時は言うんだってところを見せておきたくて」


「それが単純な肯定なら尚、よかったんですが……そういうところも七瀬くんらしさだと思います。ただし、その口の巧さを浮気の言い訳とかに使わないでくださいね?」


「あくまで付き合ってるていでいくんだね。別にいいけど」



お互いの妥協点を見つけ、話がひと段落する。そのタイミングで、悠斗は飲み物を持ってくるために一度、部屋を出た。


意図せず訪れる、独りの時間。だが、それを好機とばかりにまどかは目を光らせると、手始めに部屋をざっと一望した。


余計な物が置かれておらず、キレイに整頓された机。棚に並べられた参考書と、漫画の単行本。


男子高校生の部屋というには少し殺風景なその内装……を無視して、まどかの視線はある一点に向けられていた。



「七瀬くんのベッド。七瀬くんが毎日使っている……ああ、見ているだけで体が勝手に……」



上半身をベッドに近づけ、匂いを嗅いでみる。


清潔なお日様の香り。男子特有の匂いを期待していた部分もあったが、実際はただ普通にイイ匂いがするだけだった。


ーーと同時に。自分の嗅ぎ慣れた匂いがない事に、まどかは違和感を覚えた。


ただ清潔なだけじゃない、人肌が触れた温かみのある匂い。、その証のようなもの。


それを初めて目の当たりにし、自らの想いを再確認するようにしてベッドに額を押しつける。



「……うん。やっぱりーーわたしは、この気持ちを大切にしたい。ハンカチを拾われたあの日から、七瀬くんはわたしの運命の人だから」



ベッドから離れ、左胸に手を当てる。


いつもより早くなった鼓動は、どうあっても落ち着いてはくれなくて。しかし表情は変えないまま、まどかは悠斗の帰りを座して待ち続けた。

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