第16話 選択

翌日。夏休みに突入し、さらに強まる陽射しを感じながら、まどかは目的地までの道中を急ぐ。


と、その最中。目端に見知った姿を見つけて、まどかはふと足を止めた。



「ん? あそこにいるのは……」


「……あ?」



向こうもこちらに気づく。


そして肩を左右に振り、名前を呼びながらこちらに近づいてきた。



「六笠か? このクソ暑い中、今からどっかいくのか?」


「はい、約束がありまして。四宮くんこそ、なにか用事だったんですか? 自販機の前で、えらく唸っていたみたいですが」


「あー……」



語尾を伸ばしながら、勝がバツの悪そうな顔をする。


大きく空いた首元からはネックレスが垂れ下がっており、自分とは住む世界が違うとまどかは率直に思った。


しかし、それはキライというのとは少し違った。事実、勝の一挙一動を間近で感じても、まどかの足がすくむ事はない。


それどころか、質問の答えが返ってくるのを、こうして今も律儀に待っている。



「……もしかして、自販機の下にお金でも落としましたか? それで下を覗くかどうか、自らのプライドと相談していたとか」



我慢できずにそう尋ねると、勝はわざとらしくその場でずっこける。



「そんなしょうもない事で悩んだりしねーよっ。これはもっと大きな理由だ、究極の選択と言ってもいい」


「究極の選択?」


「……チェ〇オのサイダーを買うか、ラ〇フガードを買うかで悩んでたんだ」



苦渋の表情を浮かべながら、勝が自販機の方を見る。


その視線を追ったまどかは、真顔のまま言った。



「たしかに、それはすごく重大な選択ですね」


「それにしては言い方が適当だな。本当にそう思ってるのかお前?」


「わたしはいつもこんな感じですよ。お姉さんのテンションと比べたら、淡白に思えるかもしれませんが」


「どうしてそこで七瀬先輩が出てくる?」


「単に比較対象として出しただけです。まぁ、人の気持ちをとやかく言うつもりはありません。詳細を聞いたところで、わたしにはどうする事もできませんから」



それはある種の自虐だった。


なにも知らないから、どうする事もできない。話を聞いたところで、それが”どういった類の気持ち”なのかわからなければ、明確なアドバイスはできない。


好きという気持ちに寄り添うには、同じ好きという気持ちを知っている必要がある。


そして、まどかはその全容を、未だ知れないままでいた。



「なんか微妙に納得いかないが……まぁいいや。で、お前はどっちがいいと思う?」


「どちらのジュースを選ぶか、ですか? そこは普通に四宮くんが飲みたい方でいいと思いますが」


「それが選べないからこうして訊いてんだろーが。サイダーの純粋な甘みも捨てがたいんだが、あのライ〇ガードのSっ気を感じさせる炭酸の強さも捨てがたい。だが、今の手持ち的に選べるのは一つだけ……俺は一体、どうすれば……」



そう言って、勝が熟考する。


今の最優先は悠斗の家にたどり着くことだが、この二者択一はなにか重要な意味を持つ気がした。とはいえ、やはり気のせいかもしれないと思ったりもする。


まどかは考え抜いた末に、



「なら……どちらも選ばないというのはどうでしょう?」



と言って、苦悩する勝の背中を、思いっきり後方へと引っ張った。



「どういう意味だ?」


「選ぶという行動そのものに、四宮くんは苦しんでいる様子です。なら、ここはいっその事、それ以外に目を向けるのも一つの手段かと思いまして」


「それ以外?」



まどかは軽く目を閉じ、



「隣にある、ジャング〇マンのパッケージを見てください。ーーカッコいいですよね? 深く考える必要なんてありません。なにかを求める理由なんて所詮、その程度で十分なんです」



そう言った瞬間、自販機にお金を入れ、勝が機敏な動作でボタンを押す。


ペットボトルが排出された後、周囲がしんと静まり返る。


その静寂とわずかに聴こえてくる虫の声を耳に入れながら、勝は取り出したペットボトルを回すようにしてまじまじと眺めた。



「……この仰々しいパッケージ……どうして俺は、コイツの事を見落としていたのだろう。これぞまさに一生の不覚ってやつだな。悩んでた自分がバカらしく思えてくるぜ」


「無事、解決してなによりです。ではわたしは急いでいるので、これで」



そう言って立ち去ろうとすると、勝の「おい」という声が、再びまどかの足を止めた。



「なんですか? まだなにか用でも?」


「いや、別に大した用はないんだけど……お前、今から七瀬と会ったりするのか?」


「はい、そうですが」


「それってさ、家に七瀬先輩もいるのかな?」


「お姉さんですか? はい、多分いると思いますが……もしかして四宮くん、前にあげたヘアピンを、お姉さんが今どうしているか聞きたいんですか? 使っているのか、はたまた大事にしまったままでいるのか」



その場で跳ねるようにして、勝が狼狽する。図星、あるいは困惑。


その表情を察して、まどかが先立って言葉を補足する。



「? ああ、すみません。実は、四宮くんがお姉さんにヘアピンを渡していたところを偶然目撃してしまいまして。わたしは用事があって教室を出たんですが、その時に二人の声が聞こえたので」


「それで……隠れて様子を伺ってたと?」


「いえ、遠くから普通に眺めてました。わたしは小細工がキライな性質たちなので。攻める時も引く時も、ハッキリキッパリさせたいんです」


「そう言われたら、なにも言えねぇじゃねーか! なんでそんなところだけ律儀なんだよくっそおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」



そう言って、勝が地面に手をつく。


と同時に、「あちぃ!」と叫びながら、さらに大きくその場に飛び上がった。


まるで生気溢れるバッタのようだと、まどかはそんなどうでもいい事を思った。若干、引いている感は否めない。



「というか、事情を知っているからと言って、別にそれでどうこうしたりはしませんが」


「変に気なんて使うんじゃねぇ。どうせ全部聞いてたんだろ? 結局、最後には七瀬に頼った、ヘタレな俺を存分に笑うがいいさ……」


「いえ、笑いません。その後、自分で選んだプレゼントをお姉さんに渡したのですから、むしろ四宮くんはよくやったと思います」


「でも、それで終わりだと意味がないんだ。そのヘアピンを今、七瀬先輩がどうしてるのか……その事が気になって、最近は夜もマトモに眠れやしねぇ」



勝が顔をうつむかせる。


正直なところ、まどかにはその表情の意味が理解できなかった。なぜなら、彼女はその経験をすでに終えているからだ。


気持ちを落として、それを拾い上げてくれる相手。そんな相手に出会う事ができた彼女にとって、その過去はすでに遠いモノと化している。


水底に沈ませていた過去に、まどかは今一度、向き合うようにして、



「ーーならやはり……お姉さんに確認する他ないのではないですか?」



そう告げると、勝は必死の形相で頭を左右に振り乱した。



「いや、やっぱり恥ずかしくて無理だっ。学校ならともかく、それ以外の場所で七瀬先輩と話すなんて、犬小屋を二階建ての豪邸にするくらいムリだろマジでっ」


「その例えはよくわかりませんが……わかりました。なら、ここはわたしが一肌脱ぎましょう。乗りかかった船ですからね」



覚悟を決めたように自らの片腕を抱きながら、まどかはその船の行き先を最後まで見届けることを選んだ。

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