第13話 昼の囲い その1

「どういう経緯って?」


「だって、弟くんはあの子と付き合うつもりはないんでしょ。それなのに、どうしてそこは受け入れたのかなって。本人もそれは認めてたみたいだし」


「うーん、そこはわかんないけど……多分、まどかちゃんと話すきっかけがほしかったんじゃないかな?」


「それって相手のことを知りたかった的な?」


「悠くん、その辺かなり律儀だから。たとえ断るにしても、きちんとまどかちゃんと向き合ってからじゃないと納得できなかったんじゃないかな。うん、きっとそう」


「穂乃果って、たまにポジティブかそうじゃないのかわからなくなる時あるよね」



彩が軽くツッコミを入れる。


今まで通りなら、それでもよかった。穂乃果のノロケを聞き、それに対して助言を投げかけ、最後には呆れた表情を向ける。


だが、明確に競う相手ができた以上、これまでのように適当なアドバイスはできない。


たとえそうしたとしても一歩、せめて半歩ほどの進展がなければ、この関係でいる意味がないのだ。



「でも実際、悠くんがどう考えてるかは本人にしかわからないよね。ーー彩ちゃんはどうすればいいと思う?」



穂乃果が彩に尋ねる。まるで、彼女の懸念を先読みするかのように。


一瞬、言葉に詰まる彩だったが、やがて自らの役割を思い出すと、



「……そりゃあ……本人に直接聞く他にないんじゃない?」



いつもの淡々とした調子で、穂乃果に最短ルートを指し示した。



「だよね。じゃあ次学校にいったら、そうしてみるよ」


「気持ち決まってるなら、別にこっちに確認取らなくていいのに。本当、変なとこで律儀だよね」


「それって、私と悠くんが似てるって意味? 当たり前だよ、なんたって私は悠くんのお姉ちゃんなんだから」



そう言って、胸を張ってみせる。


彩は呆れたように息を吐くと、再びジュースに口をつけた。それに続く形で、穂乃果もコップを傾け、二人して喋り通しだった喉を潤す。



「……ちなみにだけど、あたしの付き添いはいる?」


「ううん、なんとか頑張ってみる。彩ちゃんにこれ以上、迷惑かけるわけにはいかないしね……じゃあ、話も済んだところで、一緒にお菓子食べよ? 私だけカロリーたくさん取るのは不公平だし」


「完全に道連れにする気満々じゃん。なんだコイツ」



水分補給を経てよく回るようになった舌で、彩は苦言を呈した。







「……というわけで。私、もっと積極的になろうと思うの」



週明け、昼休みの裏庭。


弁当を広げるなり、穂乃果がそう宣言する。



「わたしの認識が正しければ、お姉さんはわりといつも積極的な気がしますが」


「まどかちゃんも何回か見てるから知ってるでしょ。私はメンタルがあまり強くないの。だから、これまではあえて力をセーブしてた。相手から、強烈なカウンターを受けないようにね」



穂乃果が自信ありげに胸を張る。


校舎の外周に沿う形で点在する、決して広くはない石囲い。それらは昔に使われていた花壇の名残であり、そこに腰かけながら、三人は昼休みのひとときを過ごしていた。


悠斗を挟むような形で、両端に二人。座る位置に関して、最初は大いに議論が交わされたが、最終的には双方が折れる形となった。


話し合いに参加しなかった悠斗に関しては、ただ巻き込まれただけと言っても相違ない。なにも意見を与えず、最初からなにもかもを受け入れる。


そんな悠斗の性格を、しかし悠斗自身はあまりよく思っていなかった。



「つまり、これからはダメージ覚悟で行動を起こすという事ですか?」


「そう、もうカウンターなんか気にしてられない。私の気持ちは、もはや数値〈カウンター〉を振り切っちゃってるから。……あれ、今のって言い方的にウマくない??」


「それはそうと、具体的にどう積極的になるんです? 三人で昼を囲んでいる現状、わたしもお姉さんもそれほど大きな行動は取れないと思いますが」


「普通にスルーされちゃったなぁ……まぁいいや。その話をする前に、まず見てほしい物があるの」



そう言って、穂乃果が悠斗の方を見る。


すると、弁当箱を開けようとしていた悠斗の動きが止まった。



「? どうしましたか七瀬くん?」


「……いや、なんかイヤな予感がして」



弁当箱に手をかけたまま、悠斗は微動だにしない。


辛抱が効かなくなった穂乃果は、手を伸ばすと、悠斗の弁当箱を無理やり開けた。


そこにあったのはーー。



「じゃじゃ~ん! 特製、お姉ちゃんの愛情弁当~! すごいでしょ、朝早くに起きて作ったんだよ?」



弁当箱の半分を占領する肉じゃがに、あとはご飯だけという一見すると地味な組み合わせ。


だが、ご飯の上にはハートマークを描くようにそぼろがふりかけてあり、それはまさに愛情弁当と形容するに相応しい出来栄えだった。



「なになに、二人とも? もしかして、お弁当の出来があまりにすごくて言葉を無くしちゃった?」


「……うん。あながち間違ってないかもしれない……けど」


「あの、お姉さん。一つ訊いてもいいですか?」



悠斗が放心する中、弁当をのぞき込みながら、まどかが穂乃果にそう問いかける。



「なに?」


「なんでハートマークを作るのに、茶色のそぼろを使ったんですか?」


「そぼろが茶色だから」


「そんなとんちみたいな回答は求めていません。ハートマークを作るなら桜でんぶでも使えばよかったのに、どうしてそうしなかったのかと」


「でも、着色しちゃってるでしょ? それよりかは、たとえいびつでもこっちの方が素直な気持ちが伝わるかと思って」



得意げに言う穂乃果だったが、場は異様な空気に包まれていた。


弁当の端から垂れた肉じゃがの汁で手がベタベタするのは、特に問題ではない。


それよりもハートマークの弁当をクラスメイトに見られたという事の方が、悠斗の中でダメージが大きかった。



「なるほど、それは一理あるかもしれません。見たところ、これは鶏肉のそぼろのようですし、少しでも多くお肉を食べてほしいというお姉さんの気持ちが伝わってきます」


「素直な気持ちってそういう事なの? 僕が思ってたのと違うんだけど」


「真実は時に二面性を持つものです。……ところで話は変わりますが、実はわたしも七瀬くんにお弁当を作ってきていまして」



まどかはそう言って、自分のとは別の弁当箱を袋から取り出す。


包みを開き、銀一色の弁当箱を見せつけると、誇らしげに説明を始めた。



「お姉さんに先手を取られるとは予想外でしたが、わたしの方も負けてはいません。アルミの弁当箱というのは愛情弁当の基本形でもありますし、これは私が一歩先をいったと言ってもいいのではないでしょうか」


「ああ、昔のドラマとかでよく見るよねそれ。でも、大事なのはやっぱり中身だよ。まどかちゃんはどんなの作ってきたの?」


「なんらおかしいところはない、普通のお弁当です。別にハートマークもつけていませんし、髪の毛が入っているとかでもありません」



説明通り、まどかの弁当は至ってシンプルなものだった。


玉子焼きに焼いたウインナー、あとはふりかけのかかったご飯。弁当、と聞いて誰もが思い浮かべる絵面。


”あまりに完璧すぎる“その出来に、悠斗と穂乃果は驚きの表情を浮かべた。



「……実際、かなりおいしそうだけど……これって、僕が二人分食べる流れになってない?」


「少し厳しいかもだよね。悠くん、そんなに食太い方じゃないし」



穂乃果の指摘に、まどかは『問題ない』と暗にそう伝えるかのように首を横に振る。



「お弁当というのは、食べきれないくらいがちょうどいいんです。ーーだから、七瀬くんならきっと食べられるはずです。いえ、食べないといけないんです」


「理由が力押しすぎるうえに、後半気合論みたいになってたけど」


「ちなみに、これは朝四時に起きて作ったものなので、その点でもお姉さんに勝っているはずです。七瀬くんの事を考えて、一品一品気持ちを込めて作りましたから」


「そっか、なら仕方ないね」



悠斗がそう答えたと同時、ようやく弁当に手をつけ始める三人。食べる前から騒がしくしていたのもあってか、その間、三人の間に会話らしい会話はなかった。


と、ふと思い出したかのように。



「……って、普通にお弁当食べてる場合じゃなかった! さっきの話の続きどこいっちゃったの!?」


「さっきの話というのは、積極的云々の事ですか?」


「うん、そう。いつの間にかお弁当自慢になっちゃってたけど、その上で私、悠くんに訊きたい事あったんだよね」

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