第11話 テイク2
「……さっきはいきなり固まってごめんなさい。気を取り直して、テイク2といきましょう」
「本当に仕切り直したんですね」
縮こまる穂乃果を見て、まどかが冷静に言ってのける。
まさか本当に戻ってくるとは思わず、他のクラスメイト達も皆一様に動揺している様子だった。
「……こうして見ると、穂乃果ってやっぱりメンタル強いんじゃない? 絶対耐えられないよ、あたしならこんな状況」
「そうですね。僕も一刻も早く、この場から立ち去りたいですし」
そんな光景を眺めながら、彩と悠斗が各々の感想を述べる。
初対面にも近い二人だったが、その心はすでに旧知の仲のように通じ合っていた。
「というか、どうしてこのタイミングなんですか? お姉さん、一週間なにも行動起こさなかったのに」
「それは、ほら……私って一応、年上でしょ? だから、まどかちゃんに花を持たせてあげたというか」
「でも、わたしはすでに何度も七瀬くんとお昼を共にしました。もし花を持たせてもらったというなら、それはお祝いの花という事になりますね」
「……」
口を開けたまま、またもやフリーズを起こす穂乃果。
「いや、やっぱりメンタル強くないかも。おーい、穂乃果? さすがにまたビンタするのは勘弁だよー?」
「……はっ」
彩の言葉に、穂乃果が我に返る。
そして強い意思を瞳に宿すと、まどかの元に一歩、大きく足を踏み出した。
「大丈夫ですかお姉さん? さっきから情緒不安定ですが」
「ううん、大丈夫……またパーフェクトお姉ちゃんに戻ったから。そういうまどかちゃんこそ、さっきからチラチラどこを見てるの?」
「七瀬くんを見ています。わたしの興味の対象は、いつだって七瀬くんだけなので」
「それを言うなら、私も同じだよ。なんたって、悠くんが生まれた時から一緒にいるんだから。興味あるどころか、悠くんがわたしの存在意義だよ」
「それならわたしも同じです。七瀬くんはわたしの全てであり、その逆もまた然りですから」
お互いの気持ちをぶつけ合う二人。そのやり取りは、まるでガード無用の試合のようで。
その雰囲気に当てられたのか、教室内はさっきから異様な熱気に包まれていた。
「……あのさ、当事者から見てどうなの? この状況って」
「すごく平和だなと思います」
「なるほど、いつも苦労してるんだね」
諦めを見せる悠斗に、彩は憐みの目を向けた。
「大体、悠くんがそんな事思うわけないよ。私がなにも知らないからって、適当な事言わないでっ」
「それはお姉さんが知らないだけではないですか? 七瀬くんはわたしの無茶なお願いを、イヤな顔せず聞き入れてくれました。それはつまり、わたし達の気持ちが通じ合っている証拠です」
「そうなの悠くん!?」
そう言って、穂乃果が悠斗の方を見る。
「……あー、うん。たしかに間違ってはないけど……」
「だって彩ちゃん! 私、やっぱりもうダメかもしれない!」
「あ、ごめん。あたしはここにいるだけだから、助けとか求めないで」
彩の冷たい一言に、穂乃果はショックを受けた。膝から崩れ落ち、今にも地面に倒れそうな様相を呈している。
そんな一方的な試合の最中、不意にまどかが穂乃果を見下ろすようにして言った。
「……すみません、少しいじわるを言いました。実際のところ、まだ真にわかり合っているわけではないんです」
「へ? そうなの?」
「はい。わたしが七瀬くんのことで知ってるのはせいぜい、身長は169cmで、体重は55kg。血液型はA型で、好きな色はオレンジ、使っている歯磨き粉は家族共用のペーストタイプで、シャンプーは弱酸性でノンシリコンの物を使っているくらいなものですから」
「なんだ、それなら全然じゃない。もー、危うく心が折れちゃうところだったよ」
そう言って立ち上がると、穂乃果は安心したように息を吐く。
プライベートを明かされた悠斗は、まるで地蔵のように動かなかった。表情からは、感情というものがすっかり抜け落ちている。
「……まぁ、そんなわけで。わたしは七瀬くんに好意を持っていますが、最近になってようやく進展が見えたんです。それを邪魔されるのは、たとえお姉さんであっても許すことはできません」
「許せないなら……どうするの?」
「三人で一緒にお昼を食べます」
えっ? という教室中からの声。
そこにさらに「えっ?」と付け加えながら、穂乃果は首を大きく横に傾けた。
「他の相手ならなんとしてでも阻止するところですが、お姉さんは特別なので。それにわたしも、こんな事で変な軋轢を生みたくないですから」
「でも、さっきはお姉さんであっても許せないって……」
「それは二人きりの場合です。三人なら、七瀬くんを観察しながらお姉さんを監視する事ができますし」
「私は監視なの?」
「それがわたしのできる最大限の譲歩です」
穂乃果はうーん、と腕を組んだ後。
「……まぁ、それで悠くんとお昼が食べられるなら……アリかも?」
「全くもってナシでしょ」
彩が淡々とツッコむ。
だが、そのツッコミはまどかのまくしたてるような言葉によって無残にもかき消された。
「ーーでは早速、裏庭に向かいましょう。もう時間もだいぶ過ぎていますし、もしかすると途中でチャイムが鳴ってしまうかもしれませんが」
「そうだね。けど、もしそんな事になったら悠くんがお腹を空かせたままになっちゃうよね。それはお姉ちゃんとして、さすがに見過ごせないかなぁ」
「その時は授業を休めばいいんです。お腹を空かせたままの七瀬くんを見るのは、わたしもツラいですから」
二人はやいやいと語りながら、教室を出る。
開けっぱなしにされた教室後ろの扉。悠斗は椅子から立ち上がると、見えない導線に沿うようにしてその後を追った。
「あー、弟くん? あたしにできる事はなにも無いけど……最後に一つだけ言わせて?」
彩の言葉に返事しながら、悠斗は後ろを振り返り。
「なんですか?」
「今度、なにかおごってあげる」
「ありがとうございます」
その顔はまるで悟りを知った成年者のように、ひどく落ち着いていた。
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