第10話 テイク1

「……ねぇ彩ちゃん。私って、やっぱりヘタレなのかな?」


「またずいぶんとネガティブになってんね。頑張るって、そう決めたんじゃないの?」


「そうだよ。だから、こうして今も自分の不甲斐なさに頭を悩ませてるんだから」


「でも、そういう時もあるんじゃない? うまくいくものもうまくいかなくなると思うよ、変に焦るとさ」


「けど、かれこれ一週間ほどこの調子だけど!?」



そう言って机を叩きながら、穂乃果は彩に勢い詰め寄る。



「でも、行動しようとはしたんでしょ。なら単にタイミングが悪かっただけだって」


「だとしても、さすがに状況変わらなすぎじゃない? やっぱり、磁力的なアレが私と悠くんを反発させてるのかな?」


「それはわかんないけど、多分違うんじゃない」



曖昧な言葉を重ねながら、彩がやんわりと否定する。



「大体、家が一緒なんだから反発するもなにもないでしょ。この一週間で、話をする機会はいくらでもあったんじゃないの」


「……なかった」


「えっ?」


「いざ気持ちを固めたら、なんか変に意識しちゃって」


「……ヘタレ」



めちゃくちゃ直球な感想だった。



「でも、寝てる間にほっぺにキスはしたよ」


「いきなり物理で攻めたね」


「だってしたかったから。悠くんの肌は剥きたてのタマゴみたいにつるつるで、味の方は……」


「そんなリアルな感想はいらない。……はぁ、これは前途多難どころの話じゃないね。夏休みが終わるどころか、言ってる間に相手の子に取られちゃうんじゃないの?」


「彩ちゃんは私を赤ちゃんにさせたいの?」


「どういう意味それ」


「ギャン泣きする」


「ごめん、あたしが悪かった」



謝罪する彩。


それを見た穂乃果は小さく息を吐き、物憂げな表情で虚空を見つめた。



「……そもそも、前の教室での会話を見るかぎり、悠くんもまんざらじゃなさそうだったし。でも、あんな子に言い寄られたら誰だってそうなるよね」


「あたしはまだ見れてないんだけど、相手の……まどかちゃんだっけ。その子、見た目はどうなの?」


「すごくかわいいと思う。体型も華奢だし、おまけにすごく色白だし。特に短めの髪から覗く耳とか、思わずハムッてしたくなるくらい」


「後半、性癖の話になってない?」


「かわいいと、そう考えちゃうのは仕方ないよ」



気持ちを固めてから一週間。ここまでなにも成果を上げられていない穂乃果だったがその実、口にする以上に焦りを感じていた。


家でも軽く会話をするくらいで、悠斗の本心がどこにあるのか未だつかめていない。


そんな状態で熱烈なアピールを受けては、年頃の男子なら気持ちが揺らいでしまうのは当然と言える。


そんな事実無根の思い込みをしていると、彩が耐えかねたように穂乃果に言った。



「じゃーわかった。あたしもついていくから、ここは穂乃果も覚悟決めなよ」


「え、今から? でも、もうすぐ授業はじまっちゃうよ?」


「さすがに今からだと、話切り出す前に終わっちゃいそうだし。昼休みにいくと考えて、その間は心の準備に当てよう」


「さすがの彩ちゃんも、いきなり一年生の教室にいく勇気はないんだね。そういう緊張とは無縁の人だと思ってたから、なんだかビックリだよ」


「いや、あたしじゃなくてそっちの心の準備ね」







昼休みのチャイムが校舎内に鳴り響く。


悠斗のいる教室は、他と同じく昼休みの喧騒に包まれていた。



「……あたし達にも、あんな若かりし頃があったんだね」



ドア越しに教室を覗きながら、昔を懐かしむようにして彩がボソッと呟く。



「あんな頃って、わりと最近の話じゃない? 彩ちゃんって留年してたりしたっけ?」


「穂乃果のそういう正直なところ、あたしは好きだよ」



そう言いながら、視線を左右に動かす。


そして悠斗の姿を見つけると再度、彩は穂乃果に言葉を投げかけた。



「あえてアドバイスするなら……穂乃果はいつも通りの穂乃果でいいんだと思う。変に考えたりするより、その方がうまくいくと思うよ」


「うん、わかった。じゃあ、彩ちゃんのアドバイスを受けて……七瀬穂乃果、今から当たって砕けてまいります!」


「砕けないようにほどほどに頑張っておいで」



勢いよく扉を開け、足早に悠斗の席まで向かう。


久方ぶりの堂々たる来訪に、周囲から幾つもの視線が集中する。穂乃果はそれを気にしないようにしながら、ただ足を前へと動かした。


自らの思いを。好きという気持ちを今一度、成就させるために。



「あ、七瀬先輩だ」


「最近、教室来てなかったよね。でも元気な姿見れて、少し安心したかも」


「ブラコン精神万歳! がんばれ、七瀬先輩っ! あたしは先輩を応援してます!」


(~~~~~~~。今の私は悠くんに会いに来たの、それ以外の事なんて気にしちゃダメ!)



心の中で頭を振る穂乃果だったが、実際は安心と応援が半々と言った感じだった。


人の噂は七十五日どころか、数週間ともたない。その事実を知ることもなく、穂乃果は机の間をまるであみだのように進んでいく。


そして、悠斗の席にたどり着きーー



「……悠くん。今少しいい?」


「え? お姉ちゃん? どうしたの、そんな真剣な顔して」



戸惑うような表情で、悠斗がこちらを覗き込む。


その反応を見て、穂乃果はわずかに冷静になった。次いで彩のアドバイスを思い出し、自らの両頬をパンパンと叩く。



「うわ、ビックリしたっ。え、本当にどうしたの。変な趣味に目覚めでもした?」


「ううん、蚊がほっぺに止まってたの。でも大丈夫。蚊も倒して、今の私はパーフェクトお姉ちゃんになったから!」


「? よくわかんないけど……なにか用事だった? もしそうなら、なるべく早くしてもらえると助かるんだけど」


「あ、えっとね。それなんだけど、悠くんさえよければーー」



『私とお昼を食べない?』


だが、その言葉は最後まで続かなかった。



「ーーなるほど。お姉さんも、いよいよ本格的に行動を起こし始めたんですね」


「……ま、まどかちゃん……」



穂乃果は苦虫を噛みつぶしたような顔で、いつの間にか隣に立っていたまどかからゆっくりと距離を取る。



「別になにもしませんよ。だから、そんなに警戒しないでください」


「警戒するに決まってるけど!? だってあなたの顔、敵意しか感じられないもん!」


「それを言うなら、お姉さんも同じだと思いますが」



まどかは至って冷静に答えた。



「同じじゃないよっ。私は敵とかどうでもよくて、ただ悠くんとお昼が食べたいだけだからっ」


「そうでしたか。でも残念ですが、それは無理だと思います。七瀬くんは、すでにわたしとお昼の約束をしているので」


「……ふっふっふ。それで私が諦めると思ってるんでしょ? けど残念! 私はもう、そんな事はどうだっていいの!」


「どういう意味ですか?」



穂乃果は意味ありげに微笑むと、ピンと張った人差し指をまどかに突きつける。



「私は……なにがなんでも、悠くんとお昼を過ごす! それが私の気持ちで、悠くんとずっと一緒にいるための第一歩だから! だから、あなたとの約束は今日でまるっと全部おしまいだよ!」



教室内の空気がザワッと大きく揺れ動く。


まるで真犯人を追い詰めているかのような雰囲気の中、悠斗はと言うと。



「……いや、ごめん。先に約束したのは六笠さんとだから……全部おしまいにはできないかな……」



そう言って、申し訳なさそうに顔を背ける。



「……」



穂乃果は硬直したまま動かない。


やがて、彩が教室に入ってきて、騒ぎの中心へと足を進めていき。



「あー……うちの子が迷惑かけてゴメン。すぐ元に戻すから、とりあえず仕切り直しってことでいい?」



穂乃果を肩に乗せると、そのままクールな表情で彩は教室を出ていった。

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