第9話 プレゼント

「見たところ、かなり重症だね」



昼休みが始まったと同時。前の席に座る彩から、容赦ない言葉が飛んできた。



「それって、私の弟好きが出過ぎてるって事?」


「それだけならよかったんだけどね。さすがにあんな事を言うとは思わなくて、しかも授業中に。正直、皆かなり動揺してたし」


「え、本当?」


「気づいてないの穂乃果くらいだと思うよ。いや、それを言ったら先生もか。あれじゃとんだ被害者だよ、『なに言ってんだ』って返したくもなるって」



近くにいたクラスメイトが、彩の言葉に同意するようにうんうんと頷く。


授業中はなんとも思わなかったが、実際はかなり動揺が広がっていたらしい。



「でも、全然そんな感じなかったのに……。というか、私が弟を大好きなのは皆もう知ってる事なんじゃないの?」


「そうだけど、今回は事情が違うでしょ。その弟くんを好きって言ってる相手が現れて、穂乃果はそれを邪魔しようとしているわけで」


「うん」


「つまりそれって、しゅうとめの暴走みたいなものじゃん」


「私は姑じゃなくてお姉ちゃんだから!!!」


「うん、それはわかってる」



彩がさも冷静に言い切る。



「でも実際、同じようなモノじゃない? 弟の恋愛を応援こそすれ、邪魔しようとするなんてあたしの周りだと穂乃果くらいしかいないよ」


「もう認めちゃったから」


「なにを」


「自分の好きを諦めたくないって。だから、私はあの子と好きをぶつけ合うの。たとえそれが、どんな結末を迎える事になったとしても」



穂乃果が真顔で答える。そのあまりの直球さに、その場にいた誰もが呆気に取られた。


ーーしかし。その中で唯一、彩だけは表情を崩さなかった。



「……ならさ、やっぱり頑張る以外にないんじゃない?」


「だよね。とりあえず、今から悠くんの教室いってくる」


「兵は神速を尊ぶ、だね。まぁ、せいぜい無理だけはしないようにね」



彩からの見送りを受けて、穂乃果は教室を飛び出す。


まさしく彩の言った通りだった。何事も早いに越したことはない。状況を変えるには、とにかく行動を起こすしかないのだ。


弁当の入った巾着を片手にぶら下げ、廊下を力強い足取りで進んでいく。自らを自信という殻で覆った穂乃果に、もはや敵はどこにもいない。


そうして、一年の教室にたどり着くと。



「あ、いた。おーい、悠く……」



言おうとして、言葉が止まった。


あわてて扉の影に隠れる。まるで教室を覗き見るような格好に、廊下を歩く一年生が不審な目を向けてくる。


しかし。教室の中で繰り広げられている、見知った顔同士の会話に、穂乃果の意識は完全に囚われていた。



「ーー少しいいですか七瀬くん?」


「どうしたの六笠さん?」


「実は、今から職員室に用がありまして。なので、先に裏庭に行っててください。わたしも用事が終わり次第、そちらに向かいます」


「用事ってどんな?」


「女の子にそれを聞くのはデリカシーがなっていませんよ。そんな七瀬くんを受け入れられるのは、わたし以外いません。いい加減、諦めて楽になった方がいいのではないですか?」


「楽になるかはともかく、それを考えるのはまだ早いかな。とりあえず、先に裏庭向かってるね」


「はい、お願いします」


(いつの間にかめちゃくちゃ進展してるーーーっ!!?)



実際、進展具合はそこまでだったが、その会話は穂乃果の心情を揺さぶるには十分だった。


先を越されたという思いと、次にどうすればいいのかという焦り。このままでは、せっかくの決意が空を切ったままで終わってしまう。


そんな心中に苛まれているとーー



「……七瀬先輩? そんなとこでなにやってるんすか」


「えっ!? あ、勝くん!? ど、どうしてそんなところにいるの? もしかして昼食後のお散歩とか??」



背後を振り返ると、そこには勝が立っていた。


穂乃果は盛大に目を泳がせながら、いつも通りの会話を取り繕う。


だが全く取り繕えていなかったので、勝は怪訝そうな顔つきで、穂乃果の思考を先読みした。



「いや、俺は普通にトイレっすけど……また七瀬に用ですか? 多分、今ならまだ教室にいると思いますけど」


「あ、え~っと……ううん、違うの。悠くんに用があったわけじゃなくて……そう! ただ顔が見たくなっただけというか」


「……そうですか」



どこか悔しそうな面持ち。勝のそんな表情に気づく事もなく、穂乃果は教室をチラ見する。


教室内に、すでにまどかの姿はない。教室の後ろの扉から出ていったのだと予想したが、今の穂乃果にとってそこはどうでもよかった。


重要なのは今、悠斗が一人だという事。邪魔をする者は誰もいない。そして、自分は今まさにここに立っている。


ゆえに、行動を起こすのは今を置いて他にない。



「……ごめんね勝くん。私、やっぱり悠くんに用があったからこの辺で……」


「あのっ、七瀬先輩」


「へ?」



教室に入ろうとしたところで、後ろから呼び止められてしまう。


穂乃果が不思議そうな目を向けると、勝は恥ずかしそうに目を背けた。



「あ、そのっ。これ……七瀬先輩にもらってほしくて」



そう言って渡してきたのは、小さな紙製の袋。


手のひらに収まるほどのそれは、ピンク色のリボンで装飾されており、明らかにプレゼントと言える代物だった。



「どうしたのこれ? 私、今日誕生日じゃないよ?」


「そうじゃなくて……最近、七瀬先輩、あまり教室来なかったから。これで少しでも元気出してほしくて、それで」



勝に断ってから、封を空ける。


中から出てきたのは、ピンク色のヘアピンだった。その中央には、キラキラした透明の石が取りつけられていて。



「実は昨日、七瀬のやつに先輩の趣味聞こうとしたんですけど……やっぱり自分で動かないとダメだなって思って。それでその日の帰りに、自分で選んで買ったんです」


(そういえば悠くん、昨日私に好きな物訊いてきたっけ……あれってこういう事だったんだ。こんな事なら、もっとマジメに答えてあげるべきだったかも)



だが、仮にちゃんと答えていたとしても、勝がその日のうちにヘアピンを買っていたのは変わらない。


穂乃果は笑みを浮かべながら、勝に感謝の言葉を返した。



「ありがとう勝くん。すごくうれしいけど、本当にもらってよかったの?」


「どういう意味ですか?」


「だって私、いつも勝くんにしてもらってばかりだから。悠くんを呼び出す時とか」


「あれは先輩じゃなくて、気づかないアイツが悪いので」


「そ、そうなのかなぁ……? 私、いつも突然来るから、悠くんが気づかないのも仕方ないんじゃない?」


「俺なら先輩が来た瞬間、気配でわかります」


「本当に? すごいなぁ、もしかして勝くんって忍者の末裔かなにか?」



マトモじゃない事をマトモな顔で言う勝に、思わず聞き返してしまう。


そんな風に会話を弾ませていると、穂乃果は不意に我に返った。


教室を覗くと、すでにそこに悠斗の姿はなく。



「……ていうか、どうして皆、教室の後ろから出ていくの!? 反発してる磁力的なアレ!?」


「どうしたんすか急に叫んだりして。また七瀬のやつが迷惑かけたんですか? 今度、俺が一発殴っときますよ」



そう言う勝の瞳は、純粋な厚意の色で染まっていた。

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