第5話 開戦ののろし

日は進んで休日。


先の約束の通り、悠斗と穂乃果は街に繰り出していた。



「ねえ悠くん、今日すごくいい天気じゃない?」


「うん、雲一つない快晴だね」


「もしかして、これって神様が私たちを祝福してくれてるのかな? 末永く仲の良い姉弟でありますようにー、って」


「もしそうなら、神様どんだけヒマなんだって話になるよ」



悠斗の腕にくっつきながら終始、ご機嫌な様子の穂乃果。


一方で、悠斗は最初から疲れきっていた。



「ていうか、ずっと腕掴まれたままだと動きにくいんだけど。服だって伸びちゃうし」


「なら、もっと体を密着させないとね。これなら服が伸びる事もないでしょ?」


(自分から墓穴を掘ってしまった)



朝からずっと、穂乃果はこんな調子だった。


家を出る時も、電車に乗る時も決して離れようとせず、街についてからはさらに甘えに拍車がかかっている。


しかし、無理やり引きはがす事もできず、ただただ今は疲れが蓄積していた。



「うーん、でも久しぶりに電車に乗ったからかなー……私も少し疲れちゃったかも。とりあえず、休憩がてらどっかお店入ろっか?」


「うん、そうしてくれるとありがたいかな」


「行きたい店とかある? 私は別にス〇バでもいいよ、こういう時のためにレジで呪文言えるようにしといたから」


「あそこってそんなファンタジー色の強い店だったっけ?」



ただ注文するだけなのに、かなり大げさだった。







店にたどり着き、注文のためにレジ前に並ぶ。


そうしていると、周囲からいくつもの視線を感じた。そして、それは穂乃果個人に向けられたものだと、悠斗はすぐに気づく。


白のワンピース姿という、一見すると背伸びしているようにも思える装い。だが、穂乃果はそれを見事に着こなしている。


元々の容姿もあるが、それは彼女のかもし出す雰囲気も理由の一つだった。



「こんだけ種類多いと迷っちゃうなぁ~……。ねぇ、悠くんはどれにする?」


「僕は普通にアイスコーヒーでいいかな」



注目されているとは露知らず、メニュー表とにらめっこする穂乃果。


年相応の天真爛漫さと、時折見せる大人っぽい表情。そういった要素から、穂乃果が人の目を惹きつけるのは当たり前と言える。


だが、悠斗にはその気持ちがわからない。いつも近くにいて、近くにやってくる姉弟という関係性。


それがクラスメイトに告白されたくらいで、揺らぐなんて事あるはずがない。


だから、こうして街に出かけたのも、あくまで穂乃果の気まぐれに過ぎないのだ。



「じゃあ、先に席取ってくるから」


「うん、私もあとでいくねー」



店内をさ迷った後、空いていた窓際の席に座る。


ガラス越しに見える外の人の波は、街の賑やかさを演出するのに十分な役目を果たしていた。一階から見えるこうした景色は、見下ろすのとはまた違った趣がある。


しばらくそんな時間を過ごしていると、やがてこっちに近づいてくる足音が聴こえてきた。



「お待たせしました」


「うん、おかえり……って、なぜに敬語?」



そう言って、対面の席を見る。


そこにいたのは穂乃果……ではなく。



「偶然ですね。七瀬くんも、わたしと同じで今日はお出かけですか?」


「……なんで六笠さんがここにいるの?」


「完全に、これ以上ないくらい偶然です」


「でも、さっき『お待たせしました』って言ったよね?」


「口が勝手に動いてしまいまして。まさか、普段から七瀬くんとのデートを妄想していたのがこんなところでバレてしまうとは」


「いや、別にそこまで詳しくは訊いてないんだけど」



まどかは平然とした顔で、悠斗のツッコミを受け止める。


紺のカーディガンを羽織り、水色のスカートで足元を隠すそのファッションは、まるで本当に待ち合わせでもしていたかのような気合の入れようで。



「そんなに怖がらないでください。わたしはただ、七瀬くんに伝えたい事があってこうして来ただけですから」


「伝えたい事?」


「……わたしは可及的速やかに、七瀬くんとお付き合いしたいと考えてます」


「それって具体的にはどのくらい?」


「できれば今すぐにでも」


「早いにもほどがあるっ。それって、僕がこの場で返事を受け入れる事前提じゃない?」



思わず声がうわずる。要求が強すぎて、無表情を保っていられない。


やがて、まどかは「いえ」と前置きした後、達観した顔で悠斗の目をまっすぐに見据えた。



「あくまでこれは希望です。実際、それは無理だとわかっています。まして、わたしは一度フラれた身ですから」


「それはそうだけど……。じゃあ、実際はどれくらいの期間を見込んでるの?」


「一週間です」


「それでも十分、早さ突き抜けてない?」


「フラれた日から一週間なので、正しくは次の月曜までですが」


「それ完全に無理なやつ!」



休日を挟むと、すでに一日を切っていた。


しかし、だからこそ。彼女はこうして、自分に会いに来たのだろうか。


自らに課した一週間というリミット。その可能性を少しでも高くするために偶然を装った。


それなら、この行動にも納得がいく……のだが。



「しかし、それもやっぱり無理だとギリギリになって気づきました。ーーなので、一学期中という結論にひとまず落ち着きました。もちろん、夏休みもその中に入っています」


「六笠さんって案外、自分に対して甘くない?」


「いえ、甘くありません。むしろストイックすぎるくらいです。今日だって、わざわざ七瀬くんを駅から尾行してきたんですから」


「どっからツッコめばいいのかわかんないけど、とりあえずそれはストーカーって言うんじゃないかな」



まどかは姿勢を正すと、まるで恋愛漫画のヒロインのように、恥ずかしげな表情を浮かべた。



「……こんな気持ちになったのは初めてなんです。本当はもっと力押しで行こうかなとも思ったんですが、七瀬くんを困らせるわけにいきませんから」


「もし本当にそう思ってるなら、すでに手遅れな気もするけど」


「七瀬くんは冗談がお上手ですね。ラスボスである、お姉さんに愛されるのも納得です」


「別に冗談ではないんだけど……えっ? ていうか、ラスボスって?」


「言葉通りの意味ですよ」



そう言って、まどかは目をつむる。


ーー刹那。いつもよりわずかに低い、聞き慣れた声。


再び起ころうとしている目の前の修羅場に、全身がチリチリと粟立つ。



「どうして……あなたがここにいるの?」



のっけから臨戦態勢に入る穂乃果。ついさっきまでの笑顔は消え去り、いつの間にか台風の目のような静けさと激しさが表情に浮かび出ていた。



「あ、お姉ちゃん。ずいぶん遅かったね、なにかトラブルでもあったの?」


「ううん、少し注文に手間取ってただけだよ。いざレジにいったら、やっぱり色々と目移りしちゃって」


「そっか。まぁ、コーヒー以外にも色々あるもんねここ」


「でも結局、悠くんと同じやつにしちゃった。おそろいだねー、ふふっ」


「コーヒーでおそろいとか言われても」



悠斗にくっつくようにして腰を落ち着け、穂乃果がコーヒーをすする。


そして一息ついたかと思うと、ハッと目を見開き、



「……いや、だからどうしてあなたが座ってるの!? 席取っちゃってるから、私も仕方なく悠くんの隣に来ちゃったじゃない!」



そう言いながら、机の上に身を乗り出した。



「お姉ちゃん、声デカい」


「普通に怒られた!? ここは悠くんが『そう言いつつも自然と隣来たけど』とか言って呆れる場面なのに!?」


「僕の思考読み取れるなら、そもそもツッコミどころ作んないでほしい」



そんな二人の応酬を見ながら、まどかは噴き出すようにして小さく笑う。



「あなたもなに笑ってるのっ。こうなったのは元々、あなたがそこにいるせいなんだからね?」



穂乃果はすねるように言って、わずかに頬をふくらませる。



「いえ、すみません。……やはり、お二人は仲が良いなと思いまして。さすが姉弟ですね、そして同時に越えなければならない試練でもあります」


「試練? なに、あなたもしかして私達の家族になりたいの?」


「大体合っています。しかし、その前にまずお姉さんをどうにかしないとですから」


「どうして? 家族になるならお姉ちゃんがいないとでしょ? 妹はいいけど、姉のポジションは絶対ゆずらないからね?」


(なんだろう、話がかみ合ってるようで微妙にズレてる気がする)



このまま二人だけに会話させてたら、間違いなく面倒な事になる。


お互いを深く知っているならまだしも、今のままではどんな発言が飛び出すかわからない。それこそ、急に爆弾が投げ込まれてもおかしくないのだ。

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