第3話 犬猿

「一緒に帰るって、僕と六笠さんが?」


「はい、そうです。……あんな事がありましたが、やっぱりわたしは七瀬くんを諦めることができません。なので、方法を変える事にしました」


「方法というのは……」


「七瀬くんに、わたしの事をもっと知ってほしいんです」



まどかのまっすぐ過ぎる視線が突き刺さる。まるで復習してない箇所がテストに出てきた時のように、悠斗は言葉を失う。


そして、それは姉である穂乃果も同じだった。



「どうですか? もしなにか用事があるなら、終わるまで待っていますが」


「いや、別に用事はないんだけど……」



チラリ、と斜め後ろに視線をやる。


穂乃果に助けを求めるが、どうやら期待はできなさそうだった。口をポカーンと開け、さっきから身じろぎ一つしない。


どう答えるべきか悩んでいると。



「……? ああ、もしかしてお姉さんと一緒に帰るつもりだったんですか?」


「へ? どうして姉弟ってわかったの?」


「さっき、自分でお姉ちゃんと名乗っておられたので」



まどかはそう言って、穂乃果の方を見る。


謎は解けたが、結局はそれだけだ。この事実を知ったうえで、彼女はどういった選択をするのだろう。



「でも、普通の姉弟は一緒に帰ったりしませんもんね。用事がないなら、早くいきましょう七瀬くん」



むしろグイグイ攻めてきた。



「ちょ、ちょっと待って六笠さん。もう少し考える時間を……」


「わたしと帰るかどうか、イエスかはいで答えてください」


「またその二択!? やっぱそれって、こっちに拒否権ないよね!?」


「七瀬くんが本当にイヤだというなら、わたしも無理にとは言いません。もしそうなった時は、黙って後ろからついていくだけにします」


「どちらにしろ、ついてくる気満々だっ」



これはもはや言い合いにもなっていない。完全に逃げ道をふさがれてしまった。


あまりの勢いに、悠斗が場に流されかけた……時だった。



「ちょぉぉ……っと待ったーーーーーー!!!」



近くから大声が聞こえて、イスごとその場にこけそうになる。


声がした方を向くと、そこには片手を突き出す穂乃果の姿。さっきまでの無表情とは打って変わり、今は目に炎でも灯しているかのようで。



「? はい、なんですか?」



それに対して、まどかは至って冷静に反応を返す。



「私は今、もーれつに怒ってます。……どうして怒ってるか、あなたにはわかる?」


「今から急いで帰ってもドラマの再放送には間に合わないから、とかですか?」


「そうそう、録画ができれば一番いいんだけど……って、そうじゃなーい! でも、気持ちはわかるから半分正解!」



穂乃果は自分の方に引き寄せるようにして、悠斗を強く抱きしめる。


胸に顔を押し込まれ、視界が真っ暗になる。穂乃果の腕には力がこもっていて、抜け出すこともできない。


圧縮される布団はきっとこんな気持ちなんだろうなーーと、そんなどうでもいい事を思うくらいには、悠斗は目の前の現実を直視できていなかった。



「さっきから黙って聞いてれば、悠くんと一緒に帰るだのなのだの……そんなのは私が許しません! 悠くんにはまだ早いです!」


「邪魔をしないでください。それに、一緒に帰るというのはあくまで最初の段階です」


「最初の段階?」



まどかは強く意思を宿した瞳で、



「わたしはーー七瀬くんの全てを独占したいんです。そのためには、これから着実に関係を深めていかないとですから」



そう言って、穂乃果をまっすぐに見据える。


そんな宣戦布告をされ、穂乃果が返した言葉は。



「……さないから」


「えっ?」


「悠くんはわたしの弟だから……あなたには渡さないから! 絶対、ぜーったい渡さないもん!!!」



まるで幼稚園児が駄々をこねるように、穂乃果が叫ぶ。


周囲のクラスメイトもそれには驚いたようで、皆一様に呆然としていた。



「なるほど、お姉さんも七瀬くんが好きなんですね。なら、わたしも負けるつもりはないのでそのつもりで」


「す、すすす好きぃ……?」



なぜか動揺しまくる穂乃果。


その時、一瞬だけ穂乃果の力が抜ける。その隙に拘束から逃れると、悠斗は穂乃果の手を取って教室から駆け出した。



「あっ、え? 悠くん? まだ話終わってな……」


「あれ以上会話が続いたら、こっちが耐えられなくなるから! だから、安易に抱きつかないでって常日頃から言ってるのに……」



脇にバッグを抱え、穂乃果を引っ張った状態で廊下を駆ける。とにもかくにも、今は一刻も早くあの場から去りたかった。


だが、時すでに遅し。その出来事は瞬く間に広がりーー次の日には、校内全てがその話で持ちきりになったのだった。







目覚ましを止め、ベッドから起き上がる。


今日は平日。いつものように学校にいくはずが、なぜか調子が乗らない。



「また今日も、色々と追及されるのか……」



先日の一件以来、悠斗の元には休むことなく来客が訪れていた。


大多数の目がある中で、あんな修羅場を実演したのだ。そういった話に飢えた人たちからすれば、今の悠斗は格好の獲物だろう。


だが、どうしてか追及は自分だけに留まっている。この状況を作り出した他の二人は、相も変わらずいつもの調子。


納得のいかない悠斗だったが、それで話がこじれないのは不幸中の幸いだった。



「このまま皆、興味を無くしてくれたらいいんだけど」



今の混沌とした状況も、きっと時間が解決してくれるはずだ。


そう期待した悠斗だったがーーかくも現実は残酷だった。







それは、昼休みがはじまってすぐの事だった。


バッグから弁当を取り出したところで、新たな来客が悠斗の元を訪れる。


顔を上げると、そこには驚きの人物が立っていた。



「おはようございます七瀬くん。今日も良い天気ですね」


「む、六笠さん……」



まどかは挨拶を済ませると、手を後ろに組んだ状態で顔を近づけてくる。一瞬、身構える悠斗。


しかし、まどかはすぐに離れていき、



「……顔色があまり良くないです。もしかして、昨日あまり寝ていなかったりしますか?」



そんな、心配の言葉をかけてくる。



「いや、そんな事はないけど……けど、もしそう見えるなら、これは精神的な疲れの方だと思う」


「えっ? 悩み事でもあるんですか七瀬くん? もしそうなら、わたしでよければ話を聞きますが」


「そうしたいのは山々だけど、これは六笠さんにも関係する事だから」


「わたしに関係する事!?」



物凄い勢いで、まどかがのけぞる。


そして恍惚とした表情をしたかと思うと、はぁはぁと息を荒くし始めた。



「まさか、七瀬くんがわたしの事で悩んでくれてるなんて……。これはますます、運命を感じてなりませんね?」


「あ、別に六笠さんだけじゃなくて、もっと言えば、ここ最近の事で悩んでたというか」


「今は他の女子の話はしないでください」


「いや、1ミリもそんな話はしてないんだけど!?」



一瞬、まどかの目から光がなくなった気がして、悠斗は焦りに駆られた。


穂乃果相手にツッコミを入れる事はよくあるが、こうも大げさには言ったりしない。


これもきっと、彼女に調子を狂わされているからだろう。どことなく、というか間違いなくそんな確信があった。

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