第2話 六笠まどか

翌日。いつも通りの登校を終え、自分の席に座る。


すると、机の中になにかが入っているのに気づいた。



「うん? なんだこれ……手紙?」



それは身に覚えのない便せんだった。


丸いシールで封がしてあり、中央に『七瀬くんへ』と書かれている。間違いなどではなく、どうやら本当に自分に宛てたものらしい。


念のため、体で隠すようにして、悠斗は便せんの中身を取り出すと。



(昼休み、裏庭で待ってます……って、なんだこれ? しかも、名前も書いてないし)



怪しむ悠斗だったが、一つだけ考えられる可能性がある。


それは告白。理想的な青春の在り方であり、誰もが一度は夢に見るシチュエーション。


しかし、これまでそういった経験は一度もない。


おまけに、まだ高校に入学して二ヵ月ほどしか経っていないのだ。それで恋愛感情に発展するなんて、果たしてあり得るのだろうか。



「……とりあえず、いってみるしかないか」







そして昼休みになり、悠斗は指示された場所である裏庭を訪れていた。


しかし、気がかりな事がある。裏庭で待っているとは書いてあったが、それはどこの裏庭を指すのだろう。


とりあえず、適当に選んでみたものの、ここで合っているかはわからない。もしこれで間違っていたりしたら、真意を確認する以前の話だ。


ーーなんて事を考えていた時だった。



「あ……」



開けた裏庭の中央。そこに根を生やしている巨木の傍から、こちらを見る女子生徒の姿があった。



「あ、えっと。僕に手紙くれたのって、君?」


「……」


「おーい?」


「……はっ。あ、そうです、わたしが手紙の犯人です!」



力むようにそう言って、女子生徒は顔を近づけてくる。


その瞬間、悠斗はピンときた。



「君って、たしか同じクラスの六笠むかささんだよね?」


「え? 七瀬くん、わたしの事覚えていてくれたんですか?」


「まぁ、クラスメイトの名前と顔くらいは」



別に努力したわけではないが、同じ教室で過ごす中で、むしろ自然と覚えていったという方が正しかった。



「ちなみに、下の名前はまどかと言います。ひらがなでまどかって、少し子供っぽいと思うんですが……七瀬くんはどう思いますか?」


「へ? そうだなぁ……でも名字がめずらしい分、名前の方が先に覚えちゃいそうだよね」


「だったら、是非『まどか』と呼んでください。わたしはそれを望んでいます」



一度は離した顔を、再び近づけてくる。動揺のあまり、悠斗はその場にこけそうになった。



「あ、ご、ごめんなさいっ。さすがにいきなりすぎました……今のは忘れてください」


「いや、大丈夫。それで……六笠さんが手紙をくれたって事は、僕になにか用があるって事だよね?」


「はい、そうです」



まどかは姿勢を正し、肩あたりで切りそろえられた自身の髪先に触れながら、



「……好き、なんです。七瀬くんの事が」



と言って、恥ずかしそうに視線をそらした。


悠斗はそれに対して、ただ一言。



「……どうして?」


「どうして、とは?」


「僕を好きになった理由というか……これまで、特に六笠さんと接点なかったよね?」



名字は覚えていたが、言ってしまえばそれだけだ。彼女への印象は正直、皆無に等しい。


なぜなら、これまでまともに話した事すらないからだ。



「ハンカチ、です」


「えっ?」


「七瀬くんが、ハンカチを拾ってくれました」



言われて、思い出す。


そういえば昨日の放課後に、廊下で花柄のハンカチを拾った。しかし、あれは最終的に生徒会室に預けにいったはず。


それを彼女が知っているという事はーー。



「もしかして、昨日のハンカチって六笠さんのだったの?」


「はい、そうです。帰ってからハンカチが無いのに気づいて、その後、学校に戻ったんですが……まさかすでに拾われているとは思わなくて」


「それは二度手間になってごめん。でも、見て見ぬフリをするのもどうかと思って」



そう謝罪を述べると、まどかは首を横に振る。


そして夢見る少女のような顔をしながら、淡々と言葉を紡いでいった。



「いえ、それは別にいいんです。大事なのは、それを七瀬くんが拾ってくれたという事実です。これを運命と呼ばずして、一体なんと呼ぶのでしょう」


「……なるほど」



と言いつつも、悠斗は心の奥では納得していなかった。


むしろ、困惑の方が大きい。いきなり運命という単語を出されて、逆にどう反応しろと言うのだろうか。



「どう、ですか?」


「どうって?」


「告白の返事です。……わたしの気持ちを、受け取ってもらえますか?」


「えーっと……ごめん、実はあまり状況を飲み込めてなくて」


「イエスかはい、どっちかで答えるだけでいいんです。なにも難しい事はないです」


「そうなんだけど……えっ? それって、どっちも同じ意味では?」


「ふふっ、どうでしょう」



まどかが蠱惑的な笑みを浮かべる。その反応を受けて、悠斗はさらに困惑した。


そして、なぜか鬼ごっこをしている自分の姿が思い浮かんだ。


鬼に見つかったら最後、相手が諦めるまでその逃走劇は続く。とはいえ、この状況はそこまで大げさなものではないはずだ。なにか重要な事を見落としている気もしたが。


悠斗は悩んだ末に、



「ごめん、やっぱり応えられない」



ありのままの、率直な気持ちをぶつけることにした。



「それはつまり、わたしの気持ちには応えられないという事ですか?」


「だって、あまりに突然すぎるというか……さっきも言ったけど、今まで僕、六笠さんとちゃんと話した事ないから」


「でも、ハンカチを拾ってくれました」


「それも偶然拾っただけだし。気持ちは嬉しいけど、やっぱりそういう関係になるっていうのは想像できないかな」


「……そうですか。わかりました、では今はそれで納得しておきます」



まどかはそう答えると、悠斗の横を通り過ぎるようにして、裏庭を後にする。


風が木枝を揺らし、葉っぱが左右に軌道を描きながら落ちていく。悠斗をそれを最後まで見届けると、怪訝な面持ちで小首をかしげた。



「これは人生初告白にカウントして……いいのか?」







帰りのHRが終わり、教室が喧騒に包まれる。


すると、今朝と同じように声をかけられた。



「七瀬、お前に客だぞ」


「あ、うん」



もはやわかりきったようにそう返すと、次いで見知った影が悠斗の視界を遮った。



「ーーお姉ちゃん、ここに参上! さぁ悠くん、私の胸に飛び込んでおいで!」


「僕の知り合いに口上と共に現れるヒーローはいないよ」



穂乃果がふてくされるように頬を膨らませる。


クラスメイトはその様子を見ながら、「七瀬、許すまじ……」と恨み節を唱えていた。勘弁してほしいにも程がある。



「もー、なんでそんないじわる言うのかな。私はただ、一刻も早く悠くんに会いたかっただけなのに」


「だとしても、わざわざ教室まで来る必要ないでしょ。周りの視線考えてよ、一応、有名人なんだし」


「へ? 有名人って誰が?」



どうやら、全く自覚がないらしい。


たたでさえ目立つのに、それを気にしていないのが余計タチが悪い。悠斗は呆れながら、幾度目かわからないため息をついた。


そして、立ち上がろうとしたところで。



「ーーあの、七瀬くん。少しいいですか?」



声をかけられ、背後を振り向く。


そこにはクラスメイトで、昼休みに告白を受けた相手ーー六笠まどかが、両手を前に置いた状態で遠慮がちに佇んでいた。



「あ、うん。なにかな?」


「えっと、実はお願いと言いますか、提案がありまして……」


「提案?」


「……よければ、一緒に帰りませんか?」



それは突然の誘いだった。

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