ブラコンでデレデレな姉と病んでるクラスメイトが最後にお互いを認め合うだけの話

ロリじゃない

第1話 七瀬穂乃果

七瀬穂乃果ななせほのかは、あまりに完璧な人間だった。


文武両道、容姿端麗。腰まで届く長い髪は大和撫子を思わせ、おおよそ女子の望む理想的な体型を持ち、誰にでも笑顔を見せるその振る舞いは実際、彼女を聖女と崇める者がいるほどだった。


だが、そんな穂乃果にも唯一、欠点と言えるものがある。それは弟の存在だった。



「七瀬、お前に客だぞ」


「客?」



七瀬悠斗ななせゆうとは、クラスメイトの言葉に首をかしげた。


今は一時限目が終わってすぐの休憩時間。


こんなタイミングで自分を訪ねてくる相手を、悠斗は一人しか知らない。だが違う可能性もあるので、ひとまずそんな反応を返す。


と、同時に。



「ゆう……く~~~~~~~~ん!!!!」


「がはっ」



突然、質量のある衝撃。


質量と言っても硬さはなどはなく、感じるのはやわらかさと鼻腔をくすぐる良い匂いだけ。



「……お姉ちゃん、苦しいんだけど。あと毎度毎度、挨拶代わりみたいに抱きついてこないでくれる?」


「うん? ああ、ごめんごめん。悠くんの顔見たら、ガマンできなくて勢い余っちゃった」


「エサを前に、待てを解除された犬かなにか?」



そう言って呆れ顔を向けるが、穂乃果が拘束を緩める気配はない。


むしろ、抱きしめる強さはどんどん増していき、悠斗はリアルな意味で溺れそうになった。


その後、無理やり押しのける形で、ようやく拘束から解放されると。



「ったく、もう……前から言ってるけど、そんな頻繁に教室来ないでってば。一応、学年違うんだから」


「学年が違っても来るに決まってるじゃない。だって、そこに悠くんがいるんだから」



悠斗はため息をつく。


こんな事は日常茶飯事だった。ただでさえ一歳差なうえに、通っている高校も同じという顔を合わせざるを得ない状況。


そのため、家では当たり前の事でも、人前ではより一層、気を使う必要があった。


……が、穂乃果の方はそんなのは関係ないとばかりに、こうしてスキンシップを取ってくる。


それは悠斗にとって嬉しくもあり、同じくらい恥ずかしい事でもあった。



「まぁ、そんな事はひとまず置いておきましょう。はい、これ」


「これは?」


「体操服。今日、授業で体育あるでしょ? 机の上に出しといたのに、悠くん持っていくの忘れちゃうんだもん」


「……今言われて初めて気づいたよ。これ届けに来てくれたんだ、ありがとうお姉ちゃん」



穂乃果から紙袋を受け取ると、また全身がやわらかい感触に包まれた。穂乃果は悶えるような声を上げながら、さらに強く悠斗を抱きしめる。


だが、チャイムが鳴ると、穂乃果はハッとした顔でドタバタと教室を出ていこうとする。



「あれ、もうこんな時間なの!? じゃあね、悠くん。また昼休みにね!」


「うん、走って転ばないようにね」



穂乃果を見送った後、ふと視線を感じて周りを見渡す。



「……七瀬。俺は今……殴りたい衝動が喉元まで出かかっている」



伝言役をつとめたクラスメイトからの一言は、あまりに直球だった。







放課後。


悠斗が廊下を歩いていると、窓の外に見知った姿を見つけた。


カバンを持ち直しながら、窓越しに外を見下ろす。その向こうでは、穂乃果が友達と思しき相手と談笑していた。


だが、それとは別の事が気になった。穂乃果の近くを通り過ぎる生徒が、例外なく彼女に向けて挨拶をしていたからだ。



「やっぱり、学校では人気あるんだな……普段はあんななのに」



高校に入学してはや二ヵ月。いまだ新入生の悠斗にとって、穂乃果の存在はあまりに大きすぎた。


成績はいつもトップクラス。運動も難なくこなし、おまけに交友関係も広いときている。


そんな姉を持つ弟というのは、最も難しい立場にいると言ってもいい。実際、『あの』七瀬穂乃果の弟というだけで、あらぬ期待をかけられることも少なくない。


しかし、悠斗自身はあまりその事を気にしていなかった。


むしろ、誇らしいという気持ちが強い。ただ、人目も気にせず会いに来るのは少し、というか結構、物申したい部分でもあったが。


そんな風に呆れ顔を浮かべていると、ふと足元に布のようなものが落ちてるのに気づく。



「ん? これは……ハンカチ? 誰かの落とし物かな」



かわいらしい花柄のハンカチ。


悠斗はそれを拾い上げると、落とした人がいないか周囲を確認する。


だが、それらしき人物はいない。それ以前に、自分以外誰もいなかったのでどうしようもなかった。



「とりあえず、落とし物として届けとこう。生徒会室に持っていけばいいんだっけ、でも場所わかんないや……」



そう呟きつつ、生徒会室を探すために、悠斗は歩みを進めた。







「えらい! えらいわ悠くん!」



夕飯の最中。穂乃果が目をキラキラさせながら、隣に座る悠斗に向けて両手を広げる。



「いや、今ご飯食べてる最中だから」


「えー……」



悠斗の素っ気ない返しに、穂乃果は落ち込むようにして露骨に肩を落とす。



「ふふっ、あなた達は本当に仲が良いわね。学校でもいつもこんな感じなの?」



対面上に座る、由美と呼ばれた大人の女性は、二人のやり取りを見て優しい笑みを浮かべる。



「ええ、もちろんです! 今は由美ゆみさんとしげるさんもいるので少し恥ずかしがってますが、学校では自分から積極的に抱きついてくるくらいなんですよ。も~、悠くんったらダ・イ・タ・ン」


「内容に捏造しかないんだけど」



これはいつもの事ではあったが、黙っているわけにもいかないので反論してみる。


だが気にする様子もなく、穂乃果はテンション高く話を続けた。



「しかし、仲が良いのはいい事だ。そんな悠斗と穂乃果を見てると、こっちまで幸せな気持ちになってしまうな」


「仲が良いのは確かですが、これはお姉ちゃんの方がただ暴走してるだけですよ」


「そうか? わしからすれば、二人は本当に理想的な姉弟だと思うが」



由美の隣に座る茂が、正直な本心を口にする。


年嵩としかさを表す、シワの刻まれた顔。だが険しさなどは無く、そこには歳を重ねた順当な落ち着きだけが宿っていた。



「でも、本当に悠くんは自慢の弟なんだもの。落とし物を届けるなんて普通、しようと思っても中々できないよ」


「そんな事ないと思うけど……それに結局、誰が落としたかはわからずじまいだし」


「まぁ、明日もう一度、生徒会室に確認にいけばいいんじゃない? それより、もっと肉じゃが食べて? これ私が作ったんだよ」


「そう言って、自然とあーんに持っていくのやめてくれない?」



文句を言いつつも、差し出されたじゃがいもにかぶりつく。


咀嚼すると、ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。悔しいが、おいしいと認めざるを得ない。



「そういえば、穂乃果ちゃんはそろそろ進路とか考えてるの?」


「いえ、まだ具体的には決めてません。ただ大学に行くにしても、悠くんが来れないと意味ないのでそこは迷い中です」


「そうね。それは一番、重要な事だものね」



異論を挟むつもりもないといった感じに、由美は納得顔を浮かべる。



「でも、僕に合わせてたら、本当にいきたい大学いけないと思うよ」


「大丈夫、そこは悠くん優先だから」


「だから、それがおかしいんだってば」



強めの語調で、そう反論する。


しかし、すぐに「ノー!」と返されてしまった。まるで異論は認めないと言わんばかりに。



「まぁ、いいじゃないか。穂乃果も譲れない部分があるのだろう、わしはその気持ちを尊重するぞ」



そんな様子を見かねて、茂が二人をなだめにかかる。



「だってさ。悠くんも勉強頑張ってね?」


「否定派が僕一人だけになってしまった……」



弟を溺愛する姉と、まるで自分の子供のように愛情を注いでくれる叔父と叔母。


そんな世界がずっと続くと思っていた。しかし、時に物事は些細なきっかけで、大きく変化を見せる。


そして、そのきっかけはーー気づかないうちに、すでの悠斗のそばを通り過ぎていた。

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