第1話 絵美ちゃんの勇気


 ―――闇は、人の恐怖をあおる。


 室内が暗闇に包まれていくにつれて、桜の恐怖はふくれ上がっていった。


 先程まで障子向しょうじむこうから届いていた夕刻の赤い光も、どこか血の色を連想させて桜を不安にさせたが、暗くなるのはもっと怖い。それははるか昔から、人の遺伝子に刻み込まれた生物としての本能的な恐れなのだろうか?


 無論むろん、まだ小学二年生の桜がそんな事を考えている筈もないのだが、無意識にカクカクと震え始めた両足が無言でそれを教えていた。


「お、おねえちゃん、こわい……」


 桜の腕の中にいる絵美ちゃんにも、それは伝わってしまったのだろう。先程から震えとすすり泣く声は、止むことは無かった。


「だ、大丈夫だよ。私が守ってあげるからね……」


 桜は、絵美を怖がらせない様に笑ってみせた。だが、その笑顔に元気がないのは隠しようがなかった。何故なら桜自身もいっぱいいっぱいだったからだ。



 ―――どうか神様、お願いします。


 私達を、無事に家まで帰して下さい。


 どうか、私達にこんなに怖い思いをさせるを、やっつけて下さい。



 そんなことをこの神社にまつられている神様に祈りながら、山崎桜やまざきさくらはギュッと目蓋を閉じた。


 桜と三つ年下の絵美ちゃんが、二人きりで山の中にひっそりと建っているこの神社の御宮おみやの中で夜を迎えてしまったのには、ある理由があったのだ。




 その日もいつもみたいに、桜は幼馴染のケンタと二人で学校から下校している途中だった。近所に住む絵美ちゃんの姿を桜が見かけたのが事の始まりだ。




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「―――あれ、絵美ちゃんじゃない?」


「―――あん?だから何だよ?」


 桜が絵美の姿を見かけたのは、お互いの家まであと五分もすれば着くだろう場所まで歩いてきた時だった。桜が指さした先には、ピンクのリュックサックを背負った絵美ちゃんが一人で田んぼ道を歩いている。


 絵美ちゃんは、桜とケンタの家の近所に住んでいる女の子だ。一人娘の絵美ちゃんと若い夫婦の三人家族が、近所に家を建てて引っ越してきたのは一年前の事だったと記憶している。


 田んぼや畑ばかりの田舎の集落なので新しく越してくる人達は珍しかったが、絵美ちゃんのお母さんは気さくな人柄だったこともあり、近所の人達とも直ぐに馴染なじんだ。


 何でもお父さんは生まれも育ちも東京なのだが、お母さんの出身はこの辺りなのだそうだ。結婚してしばくは東京に住んでいたが、お父さんの仕事が在宅で出来る仕事だという事もあり、絵美ちゃんを育てるなら田舎の方がいいだろうと引っ越してきたらしい。


 桜は絵美ちゃんとは年も少し離れている事もあり遊んだことはなかったが、見かけると声を掛けるようにしていた。引っ越してきたばかりでこの地域にまだ慣れていないだろう絵美ちゃんに、桜なりに気を回していたつもりだ。



「だから何って……絵美ちゃんまだ保育園生なんだよ?一人でお出かけなんて、危なくなあい?」


「初めてのお使いゴッコでもしてるんじゃないのか?―――放っとけよ」


 いつもの事とはいえ、このケンタのつっけんどんな言い方に桜はムッときた。しかし一方のケンタは、そんな桜の様子を気にする様子も無く先程拾った木の枝を剣に見立てて振り回しながらヒーローごっこに勤しんでいる。


「すげえ!俺は遂に伝説のエクスカリバーを拾っちまったぜ!」


 などと訳の分からないことを言いながら、道のはしに落ちていた只の汚い木の枝を大事そうに小脇に抱えているケンタ。そのケンタに桜が向けるのは、冷めた視線だ。



 ……バカじゃないの?

 ヒーロー戦隊の見すぎだよ。あんなのどこが面白いの?



 そうなのだ。最近のケンタは日曜日の朝に放送しているヒーロー戦隊ものに夢中で、すっかりハマっていた。話し方まで赤い服を着た主人公に似てきたケンタが、桜は正直ウザくて仕方がなかったのだ。


 最近のケンタは、桜の知らない人達とつるんでヒーローごっこに勤しんでいるようだ。放課後になると直ぐに何処かに出掛けてしまって、桜が遊びたいと思っても、いつもケンタは留守だった。そのことも、桜は気に入らなかった。


「―――分かったから、早くその棒を捨ててよ。危ないでしょ?そんなことより絵美ちゃんが……」


「捨てるわけないじゃん!この剣はエクスカリバーなんだぞ!桜には、この剣の凄さが分からないのかよ!?」


 どうやら、すっかりヒーローけしてしまったこのには、話が通じないらしい。早く絵美ちゃんの話に戻りたい桜だったが、ケンタは顔を真っ赤にして怒りだしてしまった。


 これ以上、このアンポンタンと話していても仕方がないと判断した桜は、ケンタを無視して絵美ちゃんの後を追うことにした。駆け出した桜に、後ろからケンタのヤーヤーわめく声が聞えたが、アホに構っている暇はないのだ。


「―――絵美ちゃん!どうしたの?一人でお出掛け?」


 幸いな事に、この辺りには建物があまりないので見失うことは無く、直ぐに追い付いて声を掛けることが出来た。だが、桜の姿を見つけた絵美ちゃんはうつむいてしまう。


 ―――どうやら絵美ちゃんは、私を警戒しているらしい。


 その様子を見た桜は、そう感じた。今までは桜が話しかけても絵美ちゃんにそんな様子は無かったのに、今日はどうしたんだろう?と思った。


 なので桜は、腰を落として出来るだけ優しく話し掛けることにした。こういう時は目線が同じ高さになるだけでも、気持ちを近くに感じるものだ。桜は日頃から自分自身が大人に対して感じている距離感を、この子には感じさせたくなかったのだ。


 その態度がこうそうしたのか分からないが、絵美ちゃんが小さくコクリとうなずいてくれた。


「そっか、一人でお出掛けなんてえらいね。何処に行くのか、私も知りたいな~」


 気をよくした桜は、絵美ちゃんから色々聞き出そうと話し掛けてみた。だが、そこから先は教えたくないらしく、黙り込んでしまった。その様子に桜は、もしかしたら絵美ちゃんは何か人に言いづらい事をしようとしているのかもしれないと思った。


 桜は困ってしまった。小さな女の子がこれから危険な事をしようとしているかもしれないのに、みすみす見逃してしまう訳にはいかない。こうなったら使いたくはないが、奥の手を使うしかない。


「そっか、教えてくれないなら仕方ないね。小さい子が一人でお出掛けするのはいけないってお母さんが言っていたし、大人の人に教えるしかないかな」


 ました顔でそう言うと、絵美ちゃんの顔がみるみるうちに曇っていった。


 好きなやり方ではなかったが、この場面で大人という言葉を出すのはこの年頃の子供にとってはおどしに近い。もしやましい気持ちがあるのなら、必ず大人に話すのを止めてくる筈だ。


「だ――だめっ!おしえちゃだめだよ!おでかけ、できなくなっちゃうもん!」


 やっぱりだ。このお出掛けには、大人に知られたくない事情があるのだ。後は簡単な話だった。逆に子供である桜が絵美ちゃんと秘密を共にする仲間になれば、きっと行き先を話してくれるに違いない。


「じゃあ―――私にだけお話してくれる?大丈夫だよ、そしたら絶対に誰にも言わないし、私が一緒に行けば二人でお出掛けするってことだから、大人の人に言わなくてもいいんだよ?」


「ほんとう?おねえちゃん、いっしょにきてくれるの?おとなのひとには、はなさない?」


「うん、約束する!私と絵美ちゃん、二人だけの秘密ね」


 桜が優しく語り掛けると、絵美ちゃんは安心したのかポツリポツリと何処に行こうとしているのか、何をしようとしているのかを話してくれた。


 絵美ちゃんの話をまとめると、こうだった―――


 絵美ちゃんが行こうとしているのは、此処ここから歩いて20分ほどの山の中にある神社だった。そして、その神社でお参りをしたいらしい。


 その神社は確かきつねの神様をおまつりしている神社で、桜もケンタと一緒に何度か訪れたことがある場所だった。その時は虫取りが目的で、神社の周りに広がる山林にケンタがお目当てのカブトムシやクワガタなどが沢山いるとのことで、二人で出向いたのだ。


 山の中にポツンと赤い鳥居とりいと古びた御宮おみやがあるだけの小さな神社は、昼間でも薄暗く桜も怖いと感じる場所だった。一人では絶対に行きたくはないし、とても保育園生が一人で行く場所ではない。そんな場所にどうして行きたいのか詳しく尋ねると、理由はこうだった。


 ―――今、絵美ちゃんのお母さんは病気で入院しているらしい。直ぐに戻って来ると言って病院に行ったのに、いつまでも戻って来ないお母さんが心配なのだという。


 だから絵美ちゃんは、前にお母さんとおばあちゃんが話していた山の神社にお参りに行くことにした。何でもお母さんが子供の頃に病気になった時も、おばあちゃんがその神社にお参りして、お母さんの病気が治ったことがあったのだという。


「そのかみさまにおねがいすれば、きっとママをげんきにしてくれるの。

 パパにつれていってってたのんだのに、おしごといそがしいから、こんどのおやすみのひにしようっていわれたの。だから絵美、きょういくことにしたの。だってママが、そのあいだにしんじゃったらいやだもん!」


 つぶらな瞳に涙をいっぱい溜めて、一生懸命に話してくれた絵美ちゃんの姿は桜の胸をいっぱいにした。


 あの神社でお参りすれば、絵美ちゃんのお母さんの病気が治るかどうかは分からないけれど、大事なのはだけじゃない。お母さんの為に、あの神社まで行こうとしている絵美ちゃんの気持ちこそが大事なのだ。


 まだ小さな絵美ちゃんにとって、あの神社までの道のりはどれだけ大変で怖いものなのか、ちょっと想像するだけで分かった。それでも絵美ちゃんは、病気のお母さんの為に行こうと決めて歩き出したのだ。


 ―――それだけ絵美ちゃんは、お母さんが大好きで仕方がないんだ。


 だから桜は、そんな絵美ちゃんの気持ちをんでやりたいと思った。その勇気と優しさ、そしてお母さんを想う気持ちは、桜の心を動かすには十分な理由だった。



「うん、分かった!その神社なら私も何度か行ったことがあるから大丈夫だよ!でも神社に行くってパパには話しておいた方がよくない?突然、絵美ちゃんがいなくなったらパパも心配するんじゃないかな?パパはお家にいるの?」


 桜がそう言うと、少し安心したのか緊張していた顔を緩めた絵美ちゃんだったが、お父さんに話すことには難色なんしょくを示した。


「うん……パパは、おうちにいるよ。でも、おしごとでいそがしいからパパには、はなさなくてもだいじょうぶだよ。だって―――はなしたらきっと、いっちゃだめっていうもん」


「そ、そうかな?私がパパに話してあげよっか?そしたらきっとパパも、いいよって言ってくれると思うけど……」


「はなしちゃだめ!おとなには、いわないってやくそくしたのにひどいよ!わたしだって、なんかいもたのんだのに、パパはこんどのおやすみのひにしようってしか、いわないんだもん!」



 でも、さすがに黙って行くのはマズいよね……?


 そう思った桜は、絵美ちゃんを説得してみた。しかし、絵美ちゃんはお父さんに話すのはどうしても嫌みたいだ。


 桜は迷ったが、このまま二人で神社に行くことに決めた。


 神社までは片道20分もあれば着くし、お参りするだけなら往復で一時間もあれば足りるだろう。今の季節は日も長く、暗くなり始めるまでにあと数時間はあった。暗くなり始める前には十分に家まで戻って来れる筈だ。


「―――よし!それじゃあ、パパに話すのは止めよう。お姉ちゃんが一緒に行ってあげるから、今回は特別だよ。お母さんの病気が早く治る様に、一緒にお参りしようね」


 桜がそう言って笑顔を向けると、絵美ちゃんは飛び上がる程に喜んでいる。そんな彼女の姿を見ていると、これでよかったんだと思った。



 だけどその選択が後に、大きな間違いだったんだと桜は気が付くことになる。



 まさか、この後にあんな予想外の恐ろしい目にうなんて……



 その時の桜は―――

 

 想像もしていなかった。









        ☆あとがき☆


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2024年12月28日 20:08

そのヒーロー達【☆!?激カワ&激強?!☆】女子小学生ヒーロー達が異能力を駆使して神様とガチバトル!『お狐様?――関係ないよ!大切な人を傷付ける神様なんて、ぶっ飛ばしてやるんだからっ!』 虹うた🌈 @hosino-sk567

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