第4話 君と桜
映画が終わり、ポップコーンで沈めていた腹の虫が鳴り出した。時刻は14時半。ちょうどいい時間で映画チケットを取れなかったこともあり、お昼時からすっかり過ぎていた。
「京子さん、ご飯どこいこうか?いまの気分は?」完全に相手に丸投げするのはご法度なのは周知の事実。ほどよく手札を控えたまま聞くのが礼儀とすら思う。とはいえ、何でもと言われたら強制的に中華料理屋に行く気でいる。
「そうだね、この時間ならどこも空いていてゆっくりできそうだし…。あそこの和カフェランチ良さそうかな」
「おお、いいチョイス。そこにしよう!」
相手が主張してくれるのは嬉しい。また一つ、京子さんの好きなものを知ることができた。
訪れた店内は落ち着いた雰囲気で、映画の余韻に浸るにはぴったりだった。席につくと京子さんはまず抹茶のデザートメニューを眺め、「ご飯よりこっちが気になるかも。いや、空腹を満たすにはカロリーは足りているけど量が足らない」と言ってデザートメニューを元に戻し、ランチメニューをめくった。
「ご飯食べたあとにデザート頼む?」と僕が聞くと、京子さんは「検討する」とキリッとした顔で返事をした。
結果、抹茶のパフェを美味しそうに頬張る京子さんを見ることができたから、僕はパフェを食べていないけれど甘い気持ちになった。映画のここが良かったとか、あのシーンがぐっときたとか、共有できる喜びと甘い気持ちを楽しむように、珈琲に口をつける。ああ、とっても美味しい。
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すっかり辺りは赤紫色に染まって、鳥の集団が空を駆ける。夕方になるとまだ寒く、薄着で過ごせる時期はもう少し先だと実感する。
帰り道、京子さんが「うちでご飯食べる?」と聞いてくれるから、僕は「やったあ!」と無邪気に喜んでお邪魔することにした。反面、複雑な気持ちもあったけれど、いまはその好意に甘えようと思った。
京子さん、僕は期待していいのだろうか?僕の「好き」を受け止めてくれているけれど、その先はどこまで干渉していいのだろうか?いつまで待ってもいいのだろうか?
本人に聞けばいいことを、口に出せずにいる。踏み込みすぎて嫌われたくない。だからといって、僕を知ってもらわなければ、いざ恋人になったとしてもすぐ返品されてしまうんじゃないかという不安もある。僕はいつからこんなに臆病になったのだろうね。過去の自分が見たら、驚くと思う。
話を切り出したのは京子さんだった。
「今日もとっても楽しかった」
うん、僕も。
駅から13分ほどで京子さんの家につく。人通りの少ない道に二人だけがいる。
「雪くん、ありがとう」
こちらこそ、ありがとう。
辺りが暗くなってきて、目の前のマンションやお店の看板に明かりが灯り始めた。
ああ、何を話すのだろう。聞きたいけれど、聞きたくないと思ってしまう。
「ごめんね。私。雪くんのことは、嫌いじゃないの。好きな方だと思っている」
…うん。
「…でもね、まだ分からない。この先もずっと一緒にいてほしいのか、一緒にいたいのか。楽しい時間を一緒に過ごせてるだけで、十分に好きと思えればいいのにね。面倒くさくてごめんね。自分でも、わからないんだ。ごめん」
京子さんが途中涙声になって話すから、僕の鼻の奥までツンときた。大丈夫。大丈夫だよ。僕はずっと待っているよ。ここで手をつなぐのは間違っているかな。もう分からないや。僕も。
静かに、大きく息を吸った。ああ、好きになるってなんだろう。
どんな状態だったら「好き」であると確信できるのだろう。
様々な価値観を持った人と、どうすれば分かり合えるのだろう。
分かり合えなくていい、尊重しあえればいい。
否定しないで、寄り添えればいい。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいよ。僕は、待っているよ」
僕がいまできる最大限の回答だったと思う。それ以上でも、以下でもない。
隣を歩く京子さんの表情は見えなかったけれど、静かな声で、「ありがとう」と聞こえた。
ふと、視界に入った神社にある桜の木が、朝見た地元の桜の木よりも多く開花していることに気がついた。ソメイヨシノ。諸説あれど、花言葉は「精神の美」。
繊細で、儚くて、美しい。
休眠していた芽が覚醒・成長し、やがて開花していく。
―満開に花開く日を、心より願う。
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