第3話 違和感と直感
前回の京子さんとのデートから3週間が経った。月は変わり3月。例年よりも温かく、近所の神社にある桜の木のてっぺんに花がつき、また季節が巡ってきたことを実感する。
今日を迎えるまで毎日連絡をとっていたから、久しぶりという感覚はない。それでも、わくわくと胸が高まるこの感情は特別だ。京子さんはそうではないのかもしれないけども。じゃあ、僕と会うときはどんな感情なのだろうか?多少は楽しみにしてくれているのか、何も思わないのか、ちょっと面倒くさいのか。
いままでいくらでも縁を切る手段はあったはずだけど、今日も会えるということに意味を感じている。とはいえ、突然京子さんにとって運命の人が現れてしまうとか、そういう可能性がいつだって転がっているのだから、恐ろしい。もしそのときは失恋をしばらく引きずってしまいそうだけれど、あの京子さんが心惹かれる人なのだから良い人なのだろう、と思うことで消化したい。
待ち合わせの20分前に横浜駅に到着した。改札を出る人で左右前後込み合うのが嫌で、邪魔にならないよう隅に寄りスマホを意味もなくいじる。天気予報アプリを開いて、本日何回目かの晴れ予報を確認する。最高気温は18℃。長かった駅構内の改修工事が終わり、近代的になった横浜駅は今日も人で満ち溢れている。
改札を出て真ん中に見える、赤い靴をモチーフにしたオブジェとガス灯の前で待ち合わせだ。人の流れが落ち着いたタイミングで改札を出ると、遠目からでも京子さんがもう来ていることがわかった。僕は小走りに駆け寄った。
「京子さん、お待たせ…!ごめんね、待った?」
「大丈夫、いまきたところだよ」
京子さんは二つ年上だったが、敬語だと職場の後輩みたいと前回打ち明けられ、くだけた口調で話すことにしている。職場の後輩という恋愛対象外まっしぐらな路線へ進まなくて良かった。いや、半分は進んでいたのだけれど。
京子さんはふふっと笑って、「人の流れから抜けていくところ、後ろから見えてたよ。流れに身を任せないで逆らっていくの、雪くんは鯉みたいだね」と言った。
別の電車だけど到着が同じくらいだったらしい。「鯉…?」僕は理解しきれず聞き返すと、京子さんは「鯉の滝登り。頑張ると竜になれるってやつ」と付け加えた。
そこでピンときた。ポケモンにいるなあ。「ドラゴンタイプに昇格する熱い展開じゃんね」「うん、熱い展開だね」京子さんがにこっと笑う。僕もつられて笑顔になる。京子さんは不思議というか、ちょっと変わったところもあるな、とも思った。そこも面白くて楽しいのだけれど。
そんな他愛もないような会話に心が弾み、最近はどうだったとか何してたとか話していたとき。外に出る扉が開いた瞬間、京子さんの髪がさらさらと風に揺れ、長いまつげが光に照らされて細い影が落ち、その美しさに心を奪われた。熱い展開。拝みたくもなる。
映画が始まる時間より少し早かったので、映画館のある商業施設の中をぶらぶらとする。店内の雑貨や調理器具をみながらこれがあると便利だよね、という話をしながら過ごした。この先もこの時間が続いてほしいと、切に願う。
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二人で観た映画は最近話題のアニメが実写化した映画だった。一昔前までは実写映画といえば原作との乖離やキャラクターの再現度の低さが酷評されていた記憶だったが、特に違和感を覚えず楽しく観ることができた。
映画のレビューは★3.7だったけれど、その分母数が多かったので、一定数の高評価がある。低評価もあるわけだけれど全員から100点をもらうことは不可能だ。100点を目指せるのは答えが確実にあるものだけ。人間の感情に絶対的な正解はないのだから、ましてや映画という受取り手の多様な想像力によって変動する評価ともなれば、★3.7が丁度良いんだろうな、と思った。
あれなんか違うなという違和感は、恋愛にも言えることだと思う。アプリで知り合った人の中には性格が良い人もいたけれど、言葉に表せない「違うな」という感覚があった。多分相手も同じことを思ったかもしれないし、思わなかったかもしれない。見た目も嫌いなわけじゃないはずなのに。もはや直感というべきか、理由をはっきり言えるようなものでもなく、自分という人間への理解がまだまだな気がした。
それは京子さんが見ているお前にも言えることだぞ、と自分に言い聞かせている。「なんかいいな」であればいいけれど、今はそれすら分からない。無理をさせているんじゃないか。それでも、「なんか違うな」と思っていたら、こう何回もデートを重ねないんじゃないか。
僕の心は、京子さんでいっぱいになっている。悔しいほどに、貴方に恋をしてしまっている。
恋、鯉、こい。春よ、来い。
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